Don't say that word to him
今回どうしようもないわ。
わさわさと洞窟の中に入っていくコウモリたちはまるで悠々と蠢く竜だ。
呆然と立ち尽くすおいらたち。
魔女はいつの間にかおいらのすぐ横に立ち、肩にポンッと手を置いた。
「狼青年がどうするのか、楽しみにしてるにゃ!」
嫌な笑顔を作って去る。
待て。今狼青年と言ったか?あいつ…。
やっぱりあいつにはばれていた。あの時言おうとしていたのもその事だろう。
おいらすげぇ。言おうとしてる事が分かるなんて!
エスパーさんここに誕生!新たな能力が…
って呑気に言ってる場合じゃない。
「うわぁ…朝からいらないプレゼント押し付けていったね、魔女さん。」
赤ずきんは眉を寄せて言った。
どうやらコウモリは好きではないらしい。
おいらだってあの連中は嫌いだ。血を吸うってまじでモンスターじゃん。
「まぁ、行くしかないけど。赤ずきんちゃん大丈夫?」
「どうしてもここを通らなきゃ駄目?」
不安そうな顔でこちらを見る。うん、駄目かな。
素直にキッパリ言うと赤ずきんはため息混じりに言った。
「しょうがないね。行こう、ルーパス。」
こうしておいらは普通に、赤ずきんはおいらにがっしりと捕まって洞窟に入っていった。
そんな様子を空から眺めていた魔女はハプニングを期待しているようだ。
足をパタパタと動かして待ち続ける。
ピチョン…。
水の滴る音がして聞こえた方向に目をやる。
湿っていて暗く、また狭い洞窟は閉所恐怖症の人には大変キツイ。
私はまぁギリギリセーフかな。ルーパスに掴まっていれば大丈夫。
精神的には。
後半分のところで何か嫌な感じが気がした。
見ると天井に無数の黄色い小さな光が見える。
ざわざわと動くその光たちは目にも見える。
一体がバサッと天井からはがれて向かってきた。ヤバイ。
ルーパスをなかば強引に引きずって走った。
彼は「おわっ!」と言った。
出口の光はもう目の前にあった。
暗いところで目がなれて太陽の光がまぶしい。
「ふわぁっ!」
思い切り飛び出した私は地面に膝をついた。
息切れする呼吸をなんとか抑えて後ろを向く。
どうやら洞窟の外には出たくないらしい。
隣を見るとルーパスもハァハァ言いながら膝に手をついていた。
「出たみたいだな。少し休もう。」
彼は木陰に歩いていって腰を下ろした。私も隣にちょこんと座る。
汗をたらして深呼吸する彼の横顔はカッコよく見えた。
フフッと笑って見つめていたら、
「もうすぐだよ、赤ずきんちゃん。目的地まで。だからちょっとここで休みながら語ろうよ。」
彼から話してくるなんて珍しい。いつもは私が話題を出して喋るのに。
「うん。いいよ。じゃあ…」
私が話題を振ろうとするとルーパスはくいぎみに質問してきた。
「狼は…嫌い?」
一瞬固まった。彼女が。
目を皿のようにして首をかしげる。どうしてそんな事聞くの?とでも言いたげだ。
おいらはそんなのどうでもいいはずなんだ。
こいつにどう思われようが腹に入ってしまうのだから関係はない。
しかし、唐突に聞きたくなった。
いや、おいらは多分確かめたかったんだ。
狼は未だに人間から獣だ汚らわしい生き物だと思われているのか。
決してこいつ自身の意見が聞きたかったわけじゃない。
と思う。
「狼?どうして?」
困ったような表情で質問返ししてくる赤ずきん。どうしてと言われるとちょっと困る。
理由なんて言える筈もなく。
えっと…を連発。とても便利な言葉だね。
「えっとぉ…おいらは狼とか狩ってる存在だし…少し気になっただけ。」
そう、今彼女の目の前にいる偽りのおいらは猟師だ。
そんな立場にいた自分が虚しい。
なぜか彼女に自分の本当の姿を見せたいとも思ってきた。
なぜだろうか…こんな人間の女の子に…
しかしそんな気持ちは彼女の次の言葉で記憶のゴミ箱に捨てられた。
「私、狼が一番嫌いよ。」
ドクン
えっ?今なんて言った?嫌い?一番?
なんで?えっ?ちょっと待てよ。嫌いって何だよ。いや何だよって何だよ、おいら。
別にいいじゃないか。どう思われたって。ねぇ。
気にする事じゃない。じゃあなんで聞いたんだよ。
頭の中で言葉と言葉が葛藤する。
いやいやいや、一番っておかしくない?他にいるだろ…。なんで本人の目の前で言うかな。デリカシーなさ過ぎだろ。
あっ。そうか…おいらは猟師だ。狼じゃない。
この子は悪くない。正直に答えただけだ。
しかしその言葉はおいらの存在自身を嫌ってるって事だ。
それはさすがにキツイよ。
さらに彼女は狼を罵る言葉を続けた。
「だってあいつら。心も変われないただの獣よ。」
ドクン
「ずる賢くて冷血で残忍で…」
ドクン ドクン
「世界にいなくても差し支えないわ。」
ドクン!
体中に血液が回るのが分かる。頭にも昇ってきて感情を抑えられない。
体が熱い。拳に自然と力が入る。全身がフルフル震えてどうしようもない。
こんなに誰かに怒りをぶつけたいと思ったのは何年ぶりだろう。
さすがに…言い過ぎだ。
「てめぇぇっっ!!」
気がつくと大声で叫んでいた。
嫌な感触もある。耳や尻尾がピョコンと出てきて爪やキバが伸びてきた感じ。
嗚呼、おいら……
やっちまったかな。
To be continued...
やっぱどうしようもなかったわ。