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  作者: 他紀ゆずる
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暁に揺蕩う幻 2

 紫乃ゆかりのが姉と己の違いを悟ったのは、随分遅くなってからだ。


 双子としてこの世に生を受けた彼女達は、纏っていた色からそれぞれ藤乃と紫乃と名付けられた。

 鬼を父に、人を母に持つ生まれは、一族の天敵である人鬼を屠れる混鬼の誕生として、里を上げて歓迎される慶事であったのだが、それに輪をかけたのが双子であったことだ。

 出生率の低さを寿命の長さで補っている鬼にとって、多胎児の誕生はごくごく希なことである。しかし、東の里には彼女達が生まれる数年前に男の双子が生まれており、続いて女児のしかも混鬼の双子の誕生とあって、一族は彼等を幸運そのもののように扱った。


 だが、すぐに大人たちは二人を同等の者とは見なさなくなったのだ。


 物心ついたころには既に『大切な藤乃』と『混鬼』に区別されていたように思う。

 常に誰かに手をかけてもらっている姉と違い、紫乃の傍には母と、世話係を命じられていた鬼の双子の片割れ白夜びゃくやしかいなかった。留守がちな父が家にいるときは里での扱いも幾分ましだったが、それでもあからさまに無視されることは日常で、理不尽な悪意に泣く彼女に母はいつも謝っていた。


 『助けてあげられなくて、ごめんなさい』


 ただの人間である彼女が、鬼に対抗できるはずはなのだから当たり前の事なのに、本当に母は辛そうで、数年もすると紫乃は自分に対することで一切不平を言わなくなった。

 家族にも、唯一傍にいてくれる世話係の白夜にも、本心は決して漏らさない。


 なぜならば、いつも笑顔の彼も、気が付けば視線を藤乃に送っているのだ。


 片割れである黒嶺こくれいは藤乃の番だった。当然、彼女たちが生まれてからずっと、二人はともにある。そして、白夜曰く、自分と紫乃も番で、だから一緒に・・・いなければならない(・・・・・・・・・・)のだと言うのだが、少ない知識からも番というのがどんな行動をとるのか知っていた彼女には、どこか彼の言動が納得できなかった。


 お互いを唯一無二として盲目的な愛を捧げる男女を、鬼の一族は一対とみなす。

 本能で自分の定め相手を知る鬼と違って、混鬼である紫乃たち姉妹には生涯の相手を見出す術はなかったが、藤乃は言っていた。


『なんだかね、くろちゃんといると幸せなの。守られてるな、わたしも守ってあげなくちゃって、思うのよ』


 純血ではないが、混鬼とて鬼だ。薄らとでも、己の番を選び取ることはできるのだろう。

 あの頃、頬を染める姉を羨んだ紫乃は、今、彼女の言ったことを身を以て感じていた。





銀灰ぎんか、起きてください!もう夕方ですよ」

「んー…」


 遮光カーテンで閉ざした部屋の中、朝と変わらずベッドで丸まった男を揺すり起こしながら、紫乃はため息を飲み込んだ。

 ひと月前、里から逃れ都会の裏小路で幾日も過ごしていた彼女を、格好良く救い上げてくれた銀の鬼は、一日のほとんどをくたびれたていでいる。

 あちこち寝癖のついた長めの髪は大抵くしゃくしゃで、無精ひげは伸び放題、たれ気味の瞳は眠そうに細められて、お世辞にも十五の娘が胸をときめかす要素はない。

 それでも生業にしているバーのオーナーになる時は、きっちり後ろになでつけた髪とアンニュイな微笑みが色を添えて少しましに見えるのだが、それだって少しだ。

 どこをどうやっても、目の前の男が『だらしのないおじさん』ではなく『妖しく美しい鬼』だと信じるのが難しい毎日だった。


 特に今日のような休日は。


「銀灰!もう、起きないと怒りますよ!!」

「おー…起きる、起きる…」


 昼過ぎからずっと続くこの攻防、どうやら軍配は寝汚い男に上がったらしい。

 是と返しながらもごろりと転がってベッドの奥に逃げた銀灰は、小柄な紫乃の手が届かないのをいいことに、まだまだ惰眠をむさぼるつもりのようだ。


「もうっ」


 壁にぴたりと寄せられたクイーンサイズのベッドに阻まれては、マットレスに乗り上げねば男の元まで行きつけない。それはとても簡単で、とても難しいことだった。

 銀灰は、紫乃を家には帰さないと言った。自分の元から離さない、お前は俺の番だと格好良く独占欲を発揮してくれたのに、彼女にはめったに触れようとしない。子どものように頭を撫でる仕草すら、数えるほどしか見せてはくれなかった。

 そんな風だから互いに不可侵な領域が自然に出来上がり、ベッドは最たるものに列挙されている。部屋数の都合から同じ寝室を使っているにもかかわらず、パイプベッドとダブルベッド、二人を隔てる小さな面積は銀河の端と端ほどの距離を彼女に感じさせていた。


「………」


 そんな手出しのできない場所に逃げてしまった背中が、現実の銀灰の態度と重なって、紫乃は唇を噛むとくるりと踵を返した。

 生まれて初めて手に入れた心やすらぐ居場所だが、男の対応如何ではすぐにも消えてなくなる不安定な足場でもある。こんな風にされると紫乃は強気に出ることもできず、相手の機嫌を損ねぬようじっと己を殺す外の術を持たないのだ。そうして生きてきたのだ。


「紫」


 寝室を出ようとした彼女を、低くかすれた声が引き留めた。

 びくりと肩を震わせて歩みを止めた背中は、相手の感情を窺うように小さく揺れて。


「紫、来い」


 男の声は、ひどく甘い。蝶を誘う蜘蛛のように、背後の罠を気取らせぬよう、無垢な娘を呼び寄せる。


「紫乃…」


 ほんの僅かな意地を崩すには、充分過ぎる毒だった。

 躊躇いを霧散させた娘は振り返ると、手招く男に易々と引かれて傍らまでふらりと戻る。


「ほら、来いよ」


 目は閉じたまま体だけを紫乃へ向けた銀灰は、片腕で布団を捲りあげて躊躇う少女を腕の中へといざなう。

 これまで必要以上に近づきはしなかったのに、決して己の隣を許しはしなかったのに。


「いい、の?」


 早鐘を打つ胸を押さえても、零れる声は震える。


「いいから、呼んでんだ」


 早くしろと、急かす声は最後まで聞かなかった。

 飛び込む勢いでベッドに上がった紫乃は、焦がれた腕の中へいそいそと潜り込む。


「冷てーな…」

「え、そうかな?」

「そうだよ」


 エアコンのついた室内は真冬でもそれほど寒くはなくて、大して厚着をしなくても過ごしやすいと思うほどだったのに、紫乃を抱き込んだ銀灰は寒い寒いと布団を被る。


「うろうろしてるから冷えるんだよ」

「うろうろって…朝になったら起きません?」

「俺ね、夜型。毎日見てたら、わかるでしょ」

「わかりますけど…わたしは、朝に起きるし」

「んじゃ、夜に起きるようにしなさい。生活リズムが違うと、この先苦労するだろ」

「……はい」


 何気ない会話の何気ないタイミングで、先の人生を共にあるための指針を一つ示されたのだと、気づいた少女は嬉しさに銀灰の胸に顔を擦り付ける。


「…あのね、ついでにそういう行動も謹んで」


 すっかり馴染んだ淡いムスクの薫りを楽しんでいると、呻く様に呟いた男は乱暴に紫乃の髪を掻き雑ぜた。


「?どういう行動ですか?」

「それ、それもダメ。もうとにかく、おじさんの理性吹き飛ばすような真似は全部だめ」


 苦りきった銀灰の顔を見上げる幼い表情に天を仰ぎながら、上目づかい、無邪気にすり寄る、口をとがらすと、男は次々彼女の仕草を禁じていく。


「えー…そんなの、気にしたことないのに」


 いちいち無理だと膨らませた頬を片手でつかんで、銀灰は紫乃に触れるだけの口づけを落とした。


「気にして、お願い。でないとこんな目にあう」


 その瞳は真剣で、とろりとした熱を帯びていたから。


「別に…いいです」


 身の内をずくりと焦がす熱に逆らわず、紫乃は更に身を寄せた。




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