第二部
勇者はその邪悪な欲を振り払うかのように頭を左右に振ると、強く頬を叩いた。
「………っ」
もちろん、鍛え上げた自分の腕力に挟みうちで殴られ、痛くないわけがない。
ジーンと赤くなる頬をさすりながら、少し涙目で魔王のいる部屋を探す。
だが、他のどこを探しても魔王らしきものはいなかった。
いるのは皆雑魚ばかり。
と、そこで。
彼に一つの疑問が浮かぶ。
―――あの美少女は、魔王に囚われた人間の可愛そうな少女ではないのか?
そもそもこの魔王の城と呼ばれる険悪な塔にあんな人間の女性がいるはずもない。
自分が現れたことで頬を赤く染め、嬉しそうに駆け寄ってきた少女。
「……くそっ」
己の浅はかさに反吐が出る。
彼女は自分が来るのをずっと待ち望んでいたのだ。
魔王の手から開放され、一刻も早く親元に帰りたいだろうに。
自分はなんてことをしてしまったのだと、悔やみながら着た道を急ぎ足に引き返す。
寄ってくる魔物たちをことごとく無視し、やっとのことで戻ってきた豪華な扉の前。
ごくり、と生唾を飲み干し、扉を空けた。
そこにはやはり先程の、けしからぬ肉体を持った美少女がいる。
彼女はまたもや勇者を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。
そして、
「やっと戻ってきてくれたのだな、勇者よ!」
初めて交わした言葉と似たり寄ったりの言葉を口にする。
やはり彼女は自分が来るのを待ち望んだ、魔王の被害者なのだ。
元気そうなその姿にほっと一息ついていると、彼女は言った。
「よし、勇者よ。
私と手を組まぬか?」
「もちろん」
勇者は即答する。
自分は勇者だ。困っている人を見捨てておけるはずがない。必ず魔王の手から逃がして見せる、と心で決意した。
「本当か!?
それは嬉しいな。てっきり勇者は魔王である私と手など組まぬと思っておった。
今回の勇者は頭の柔らかい者なのだな」
「そんなにほめられると……って、え?」
魔王は若干小馬鹿にしたような言い草だったが、勇者はそれには気づかずに、意識を彼女の違う言葉へと向けた。
彼女は今、「魔王である私」と言っただろうか?
最近女との縁がなさすぎたのかもしれない。幻聴が聞こえる。
彼女は囚われの姫。勇者が助け出すべき大切な存在であるはずだ。
そのはずなのだが……。
「今、なんて?」
「頭の柔らかい者なのだな」
「その前」
「今回の勇者は」
「もっと前!」
「魔王である私」
「それだ!
『魔王にとらわれた私』ではないのか?」
彼女はそんな当たり前なことを聞くな、とでもいいたそうな表情で勇者を見つめた。
「ああ、正真正銘、私が現在の魔王だ」
それに、勇者は多大な悲鳴をあげることとなる。
「はぁあああああ!?
あんたが魔王だと!? 魔王が女だなんて聞いてないぞっ!
さてはお前、魔王の影武者として操られているんだな?」
ならばすぐにでも開放しなければ。
そう決心する純粋な少年は、右腰に携えている険を少し触る。
それに対して目の前の爆乳美少女は、
「お前は馬鹿か?」
とどめの一言を刺した。
やっと勇者が現れ、己の目的のために手を組むことができると、嬉々としていたのにも関わらず、目の前の魔王に対して現実逃避を働くような男が勇者では、少し頼りない。いや、とても頼りない。
彼女ははぁ、と息を吐くと、真直ぐに勇者を見つめた。
それに勇者も真直ぐに彼女を見つめる。
そこには、とても緊張の含まれた雰囲気がただよっていた。
魔王が目の前の勇者に殺気を放ち、それに瞬時に反応した勇者が鍛錬の賜物とでも言えばいいのだろうか、常人にならばその残像を捉えることも難しいほどの速さで、軽く触れていた剣を抜いた。
それを遅れて確認した魔王は、一人で納得したように頷き、少し微笑んだ。
「ほぅ。この殺気に反応するか」
「……?」
魔王が少し不気味に微笑むと、それに勇者は過剰反応する。
相手は少女とはいえ、魔王。
この世界に住む人間達を苦しめ、高らかにあざ笑っているような魔物の頂点に君臨する者だ。
勇者は決意を固くすると、剣を構える。
「女を手にかけるのは本意ではないが。
魔王となれば話は別だ。お前にはここで死んでもらうぞっ」
それに魔王は、
「あ、ちょっと待て」
駆け出そうとしていた勇者を制止した。
それを聞かずにその首を飛ばしていればあっさりと魔王を討伐できたものを、この勇者は純粋ゆえに、動きを止めてしまう。
「なんだ?」
用が済めばお前を斬る。勇者の目はそう語っていた。
だが魔王は落ち着き払った表情で一言言った。
「私はぶっちゃけ強くない」
「は?」
「確かに殺気を放ったり医療系統の魔術を使ったりするのは得意だが、伝説の魔王等のように『一瞬で国を炎の海に!』とか、そういったことは不可能だ。
あと、体力もない。自慢ではないが物心ついたときからこの塔にいるのだ。走ることはおろか、長距離を歩いたこともない。
この細腕を見ればわかるであろう」
そういって自分の細腕を見せる魔王。と、同時にその胸が揺れ、思春期男子の欲望を強くさせる。
どうにか抑え、確かに自慢にはならないなと、紛らわせるかのように勇者は同意した。
お気に入り登録してくださった方、感想を下さった鍵猫さん、ありがとうございます。
まだ名前が出ていませんが、二話後あたりに出る予定なので、今しばらくお待ち下さい。