第二十五部
だが、この男はこちらへ手を伸ばしてくる《紅魔・ドラベル》のわき腹へ、人間とは思えないほどの恐ろしい速さで突っ込んだ!
何年も剣の鍛錬と、指導をしてきたクロイスが、唖然とするほどの身のこなし。
そこで一突きすれば、相手に致命傷を与えることができただろう。
だが彼はわざと、わき腹に峰をえぐるように叩きつける。
ゴリッ、と、骨の何本か折れる音が、クロイスまで届いた。
下手したら、内臓にその骨が突き刺さっているかもしれない。
普通の人間ならばもう、軽々と動くことは不可能だろう。
そう思わせるほど、彼の剣は強く入ったのだ。
しかし《紅魔・ドラベル》は、びくとも、顔をしかめることもせずに、彼の頭を掴むことを続行した。
まるで、痛みを感じていないかのように。
それに驚いたのか、彼は一瞬攻撃を止めた。
そして、構えを変える。
右足を引くと同時に剣を右脇に取り、体を右斜めに向ける。
更に、右脇に取った剣先を後ろに下げた。
先ほどの彼とは、威圧感が違う。
「…………厄介だな」
と、そこで《紅魔・ドラベル》がはじめて、言葉を口にした。
そして彼を見つめたかと思うと、背を向け、歩き去った。
それを見たリアドリルの兵たちも、次々と戦場に背を向け去っていく。
彼のこの構えに、何があるのか。
脅威が去って、ほっとする反面、一人の剣士として、この構えについて知りたいという好奇心が胸に渦巻いた。
だが、クロイス一人のことよりも、先に兵達を労わなければならない。
クロイスは腹から声を出してこの場にいる兵を収集し、点呼する。
生存兵は、二分の一にも満たなかった。
兵には一時間の休憩を与えた。
その間に、あの剣術に長けた男は旅の仲間と合流していたようだ。
クロイスが彼等のもとへ駆け、なぜここにいたのか、問おうとする。
ここは数日前から、戦場となるから民間人は近寄らないようにと、命令を出していたのだ。
それを知らないとすると、シンガータの国のものではないことになる。
三つ巴状態であるシンガータとリアドリルの国境を渡るのだから、戦場に巻き込まれるのを覚悟で何かを為すために来たという可能性もあるのだが。
実際のところ、クロイスには聞いてみないとわからない。
彼等が、ここに仲間を探しにきていることなど、彼女は微塵も知る由はないのだから。
「私はクロイス。君たちは?」
クロイスが自己紹介を切り出す。
それに答えたのは、漆黒のドレスを身にまとった、妖艶な少女。
「私はフレイアだ。右から順に、フェラル、カリナ、メリア。そしてこの馬鹿がライトリークだ」
「おまっ、開口一番失礼な紹介の仕方をするなよ!」
「気にすることもないだろう?」
「気にするっつの!」
「まぁ、こんな感じの集団だ」
「無視するなって! しかもこんな感じって言われてもさほど紹介してないし!」
ライトリークと、フレイアの茶番。
クロイスには、愉快なコンビと認識された。
「まぁ、宜しく。…………ところで、なぜ君たちはここに? ここは数日前から、近寄ることを禁止にしていたはずなのだが」
「俺たちは、ここら辺に住んでいる仲間を探しにきたんだ」
「仲間?」
「ああ。でも来てみたら、戦場になってるじゃないか。仲間の姿も見えないし……っ」
ライトリークは言葉を続けると同時に、焦ったように目を泳がした。
クロイスから見ても、今の一言で仲間を探しに来たことは一目瞭然だった。
「仲間……ここら辺の人間というと…………少女と、お婆さんのことかな?」
その意外な言葉に、ライトリークが食いつく。
これでもか、というほどクロイスに顔を近づけた。
もう少し近づけば、キスができる程の至近距離。
「そうだ! 知っているのか!?」
そんなことも気にせず、ライトリークは問いかける。
「あ……あぁ、知っているには知ってるけど……」
「教えてくげぇあぉえッ!」
途端に、彼は人間とは思えないような奇声を発した。
フレイアに首根っこつかまれ、後ろに引っ張られたのだ。
突然のことにクロイスは目を見開き、ライトリークは首を押さえる。
「は、離れろ! 顔が近いぞッ!」
焦ったような、イライラしてるような、怒っているようなその表情。普段のフレイアからは想像できないくらいに、頬は赤く染まり、動揺をかくしきれていない。
乙女チックな表情のフレイアによって、ライトリークは三途の川を渡りかけた。
先日、この作品の挿絵を追加させて頂きました。
友人からの頂き物を、自分がスキャンした形になっています。
よろしければ是非、ご覧になってください!
自分はいつでも、自分の作品の挿絵やイラストを募集中です!
宜しくお願いします!