第二十四部
クロイスは相手の心臓を狙い、《紅魔・ドラベル》との間合いをつめた。
《紅魔・ドラベル》は嬉しそうな笑みを浮かべ、こちらに手を伸ばしてくる。
奴は、化物だ。
戦場を楽しいとさえ思っているのだろう。
人を殺すことに快感を得ているのだ。
伸びてくる腕には、藍色の魔方陣のようなものが描かれていた。
おそらく、この腕につかまれれば、クロイスの体は沸騰したお湯のようにブクブクと腫れ、破裂するだろう。
触られたら死ぬ。
その思いが、クロイスの剣を鈍らせた。
今、何人もの敵兵を殺したというのに、いざ自分が死ぬとなると怖い。
――――私は、臆病だな。
クロイスは心の中で自嘲した。
そして、伸びてくる腕をギリギリのタイミングでかわすと、クロイスは意を決したように、《紅魔・ドラベル》の心臓を一突きする!
――だが、クロイスの剣は、《紅魔・ドラベル》の心臓に届くことはなかった。
剣先は奴の左手によって止められていた。
刃の部分を、奴は素手で握っているのだ。下手に動かしたら切れるはず。だが、奴の手から剣を抜こうとしても、びくともしなかった。
もとから、クロイスは力技タイプではない。
どちらかと言うと、テクニックで相手を翻弄し、隙を突く。それがクロイスの戦闘の仕方だ。
そのためにクロイスは剣の中でも細い、軽い剣を相棒として選んだ。
動けなくなったクロイスの目の前に、ゴツイ手が伸びてくる。
(私は、ここで死ぬのか? なにもやりとげられないまま、死ぬのか? 好きな人の期待にも答えられず、その人に思いも告げられず、死んでしまうの?)
足はガクガクと震える。
殺す気で奴に挑んだ。
獲物を狩る猟師のように。
だが、駆られる側の人間はクロイスだったということか。
手との距離は、あと数ミリ。
体は恐怖で震え、動かない。
「―――嫌。死にたくない。ベレイクッ!」
愛する人の名を呼び、目を瞑った。
だが、いくらたっても、奴の手が己に触れることはなかった。
そっと目を開ける。
目の前にはやはり、あの《紅魔・ドラベル》が立っている。
だが、その前には、一人の少年がいた。
寝癖のついた茶色い短髪。
長期間歩いていたため、靴は泥で汚れている。腰には剣を収めるための鞘が携えられ、彼の右手にはそこから抜いたであろう剣が、しっかりと握られていた。
クロイスよりもいくらか若い、ライトリークという名の剣士。
いつの間にか、《紅魔・ドラベル》は、つかんでいたクロイスの剣を手放した。
自由になる、体。
つまり、《紅魔・ドラベル》の標的が、ライトリークに代わったということだ。
もちろんクロイスが、ライトリークの強さを知るはずもなく。
「少年! 逃げろ!」
震える口を無理やり動かし、彼に逃げるように言う。
だが、ライトリークは逃げようとはしなかった。
ここにいるということは、先ほどの兵や、クロイスが奴と戦うところを見ていただろう。
普通ならば、脅えて動けなくなるはずだ。しかし彼は物怖じすることなく、自分よりも大きい体の持ち主を見据えた。
「大丈夫か?」
こちらを振り返り、ライトリークはクロイスに問う。
それにクロイスが頷くと、彼はまた《紅魔・ドラベル》に向き直った。
その姿はあまりに堂々として見えた。
その姿が一瞬、シンガータで策略を練っているであろう陛下と重なってしまったように見えたのは、クロイスの幻覚だろう。
「なあ、女剣士さん」
彼の言う女剣士とは、一人しかいない。クロイスの事だ。
「あとで色々聞かせて欲しいんだけど、いいか?」
「あ……あぁ」
彼はクロイスの返事に満足したように、剣を構えた。
腰を落とし、剣を扱うものが最も良いとする重心の移動を、難なくする。
と、そこで一つ疑問ができた。
なぜ彼は、剣を逆に持っているのか。
これでは峰打ちになってしまう。致命傷は与えられない。
相手に情けをかけられるほど、戦場は甘くない。
情けをかけて勝てるほど、奴は甘くない。
諸事情で、戦場に派遣された兵士の数を変えました。
リアドリル200人から1000人に、シンガータ60人から600人になりました。
ストーリーに関係はしませんが、変更のお知らせをさせて頂きます。
不定期更新ですが、今後も読んでくださると幸いです。
誤字、脱字、感想等ありましたら、宜しくお願いします。