第十九部
王視点です。
「陛下」
深夜。
電灯をつけていない暗がりで、一人の男の声が小さく響いた。
陛下と呼ばれた男、レイフォント・アルデリア・ジューリオは深くローブをかぶったまま、自分を呼んだ臣下と目をあわさずに言う。
「話せ」
「はっ。我がレイフォント大国より西に位置する国、シンガータ、レディナルス、リアドリルが敵対視しはじめ、三つ巴状態にあります」
「シンガータ……。我々とよく取引を行なう国だな。シンガータ国では栄養価の高い作物が多く取れている。王も気さくな男だったな……少々、変わっていたが。
しかし、戦争となると我々と取引するのは難しいか……。彼等は我々に対して何か言っていたか?」
「いえ、特には」
「そうか。ならば国の問題だ。我々が手を出すことではないな。シンガータまではかなり距離もある。何カ国か国も挟んでいることから、こちらに多大な被害は及ばないだろう。特に気にするような事柄でもない。だが、後も情報は仕入れてくれ」
「はっ、御心のままに」
用件がすむと、臣下はすぐに部屋から下がった。
その後も、ジューリオ国王陛下は深く考え込むように、ローブのかかった頭を抱える。
明後日……いや、もう十二時をまわっているから、明日と言うべきか。
昼間から夕方にかけて、三ヶ月に一回行なわれる十貴族会議がある。
その時に多少、このシンガータ国等の話題はでるだろうが、これはさして問題視されないだろう。
本当の問題は、レイフォント国十貴族である八神家の息子が、我が国に刃を向ける可能性が出てきたという情報を小耳にしたことだ。
今現在、八神・ライトリークは数人の仲間とソレイン村を出て、他国へ移動しようとしているらしい。
それを、まだ八神家の当主は知らないだろう。
これをどう説明するか……。
率直に伝えても良いが、それではその場にいる十貴族の間に亀裂が走り、国の政治が上手く回らなくなってくる可能性が出てくる。
十貴族は国への忠誠心が高い分、融通が利かない輩も多い。
特に現在の十貴族の当主は、歴代でも若い者が多いことから、さらに話がややこしくなる可能性までありえる。
それに、八神ライトリークがつい先日までいたソレイン村での、領主である豪族ヴィレイスが民に殺されたという問題も解決していない。
だが、このことに関しては、ジューリオはもう少し保留にするつもりだった。
ヴィレイスが数年前からなにやら怪しげな動きをしていたのは知っていたにも関わらず、何も手を出さなかった自分の責任でもあるし、なにより、民の意思も尊重したい。
ソレイン村の領主、ヴィレイスが今までしてきた事柄を全て洗い出し、ソレイン村への対処を決定する。
しっかりと現状把握したうえで、ソレイン村の件はまとめていこうと、ジューリオは思っていた。
「大変なことになりそうだ……」
王は、小さく呟いた。
▼▼▼
王は、小さく呟いた。
「これは……まずいなぁ……」
華やかに着飾られた服を着こなす美貌。
銀色の短髪に、漆黒の瞳。
それらはどこか気品を感じさせるが、威厳とは程遠い、おおらかで優しげな雰囲気を出している。
ただ、頬は少し痩せこけ、目の下にはうっすらとクマができているためか、美貌が損なわれているようにも感じる。
彼は机に置かれた書類の山の前に座ると、ここぞとばかりに盛大なため息を吐き出す。
「はぁああああ~っ」
しかし、そのため息も今入室してきた臣下に邪魔されることになった。
「陛下。レディナルス国とリアドリル国の情報を入手してきました」
「うん、そうだね、そうだけどさぁ、仮にも王の部屋なんだし、ノックか声くらいかけようよ? この国は僕への敬いが少なすぎるとおもうんだよね」
「はっ、申し訳ありません。つい」
「つい、って何? 僕いつも言ってたよね? なんで忘れちゃうの? もしこれなんか取り込み中だったらどうするのよ?」
「申し訳ありません、以後気をつけます」
と、言いつつ、黄土色のふわりとしたカールのかかった髪の男は腕に抱えていた、厚さおよそ十センチの書類の束を、王の目の前にドサっと置いた。
「君さぁ、言葉と表情としぐさが全て比例してないの。わかる? 今時口だけじゃ生きていけないんだよ?」
「では申し上げます。現在レディナルス国とリアドリル国の―――」
「ねぇ、聞いてる?
って、聞いてるわけないよね。
…………なんでこの国の民はこう…………人の話を聞かないんだろう」
「それは貴方がいつも、てきとうな行動をなさるからではないでしょうか?」
「なんでこういう時だけ反応するかなぁ?」
あきれた声で、面倒くさいといわんばかりの表情をすると、黄土色の髪の男は言った。
「勘違いなされない方がよろしいかと思いましたので言わせて頂きますが、民等は決して貴方を見下しているとか、そういうのではありませんよ。むしろ、貴方をとても好いています」
それに王は首をかしげる。
「好かれてるんなら、戦争とか起きないはずなんだけどなぁ」
「少なくとも、この国の民は貴方のことを好いていますよ。
貴方はとても親しみやすい、民との心の距離が一番近い王ですから」
「見下してるっていうか、全然王としてみてもらってない気がするんだけど」
「まぁ、友達感覚ですかね?」
「…………ねぇ、民に友達と思われてる王ってなんだろうね、ベレイク」
ベレイクと呼ばれた、黄土色の髪の男は答える。
「そうですね。貴方が心変わりしない限り、民は絶対に貴方について行きますよ、フィルセシル陛下」
「それ、全然答えになってないんだけど」
王――――フィルセシルは、もう一度小さくため息をついた。
遅くなってすみませんでした。
王視点は次話に続きます。
今後もよろしくお願いします!