第十七部
馬鹿、と三度も言われたライトリークは、頭にきているようだ。
しかしフレイアが真剣に話している以上、話に入ってこようとはしない。
自分が口を出して話をややこしい方向へと持っては行くまいとしていることが、フェラルには手に取るようにわかった。
ライトリークの性格が変わっていないことに、少し口角が上がる。
一呼吸おいてから彼は口角をなおし、発言した。
「じゃあ、最後だ。
ライトリークはそういう男だからまぁ、いいとして」
「どういうことだ」
すかさず反論したライトリークの言葉はまたもや無視される。
「フレイアちゃんはなんで、世界を変えようと思ったんだい?
見たところ普通の農民とかではではなさそうだけど…………」
そこまで言うと、フレイアは大きな瞳を細め、とても悲しそうな表情をした。
なにかを見て、
何かを諦め、
何かを知り、
何かを求めている。
そんな表情だった。
誰にも計り知れない、闇を抱えた‘可哀想な少女’という印象をフェラルは受けた。
それは、ライトリークも同じである。
それにメリアも目を細めるが、この場に気がつく者は誰一人としていなかった。
「聞きたいのか?」
フレイアが小声で呟くように問うが、それに対してフェラルは首を横に振る。
すると突然、
「そうです!」
カリナが立ち上がった。
彼女は何かひらめいたかのような笑みを浮かべ、どうしたのか問うフェラルを無視しながら歩き出し、台所と思わしき場所へ行くと湯のみのお茶を注ぎだした。
注がれた湯のみの中のお茶は湯気が立ち、熱そうだ。
少しはなれていてもいい香りがふわりと感じ取ることができ、少し落ち着く。
カリナは五つの湯のみを皆に配り、
「悩みすぎても良くありませんし、お茶でも飲んで落ち着きましょう!」
最上級の笑みを浮かべ、にこやかに言った。
「そうだな。私も治癒魔術を大勢に使ったせいか、少々疲れた」
「そう思ってジャスミン茶にしてみました!
疲れも少しは取れるといいのですが……、どうぞ?」
「ありがとう」
受取った茶を、ゆっくりと口に含むフレイア。
その動作はとても上品で、美しい。
その行動を見てフェラルは、やっぱりフレイアちゃんは一般人じゃないよね、と思う。
行動の一つ一つがどこか気品と威厳に溢れ、人の目をひきつける。
可愛らしいという印象をうける童顔も、そのスタイルと雰囲気の前では役にたたず『可愛らしい』よりも『美しい』『綺麗』『上品』そんな言葉が先に浮かび上がるような女性だ。
この上品さはどこか貴族や王族を思い出させ、彼女の発する威厳はなぜか頂点に立つものの姿と重なる。
まだ16歳の、若い少女には重すぎる何かが見えるのだ。
ライトリークたちと行動を共にすれば、カリナが幸せに暮らせる世界を作れるかもしれない。
しかし、それと同時に彼女を危険にあわせ、悲しい思いをさせるかもしれない。
対なる現実と感情が、フェラルの頭に渦を巻く。
どちらを優先させるべきか。
今の時間を大切にし、彼女に危険を背負わせないようにするか。
果てしない未来を求め、多少の危険を背負うか。
今にすがるか、明日を見るか。
フェラルがカリナに目を向けると、彼女は優しく微笑んだ。
まるで、
『私はフェラルさんにずっとついて行きますよ』
とでも言っているかのような笑顔。
十年前と同じ、あの笑顔で彼女は自分に微笑むのだ。
その笑顔に救われた自分は、彼女の笑顔を守り続けなければいけない。
たとえその過程がとても辛いことになろうとも。
それでも最後に彼女が笑ってくれるのなら――――。
「わかった。
僕も君達に協力しよう」
この日、「遊び人」だと呼ばれてきた弓の名手、フェラル・リルチルドは初めての最愛の女性のため、人生最大の決断を下した。