第十一部
魔王の城から東へ向かい、五日目。
ライトリーク、フレイア、メリアの三人には(夜はしっかりと睡眠と取りつつ)五日間歩いているというのに、疲労の色が見られなかった。
ライトリークは旅慣れしているから問題ない。
メリアは未知の能力を秘めている(と、ライトリークは思っている)から良し。
だが、魔王の城から出ず、中でもまともに歩いたことの無い貧弱なフレイアが、どうしてここまで歩けるのだろうか。
自分でも体力はないといっていたのに対し、この状況。
もしかしたらフレイアよりもライトリークのほうが疲れているかもしれない。
なぜこんな貧弱な魔王が、汗水たらさず初めての旅を継続できるのか。
ライトリークは納得ができなかった。
「おい、フレイア」
「ん?」
声をかけるが、余裕そうな表情で返してくるフレイア。
それにライトリークはまゆを動かす。
「なんでお前はくたばっていないんだ?」
「何が言いたい? 貴様は私がそこら辺でのたれ死ぬような魔王に見えるのか?」
失笑気味にフレイアが言うと、間髪いれずにライトリークは答えた。
「見える」
「ほう……。死にたいか?」
「やれるものなら」
ライトリークは剣に手をかけ、フレイアは殺気を放つ。
一瞬で空気は一変し、ジリジリと痛い雰囲気が流れ出した。
それは、常人ならば足がすくみ、動けなくなるほど。
ただ、今、ここに常人という部類に属される生物は存在していない。
彼らの周囲に、大きな風が吹いた。
「と、言いたいところだが」
フっと殺気を消すと、フレイアは足元を指差した。
ライトリークは殺気が消えたことを確認すると、剣から手を離し、指に沿って視線を下に向ける。
と、どうだろうか。
彼女の足は地面についておらず、浮遊しているではないか。
彼女はその人並みはずれている魔力で自分の体を地面から浮かし、体の『体力』というものを使わずに旅をしていたのだ。
もちろん使わないのは体力であって、普通ならばずっと浮遊している方が疲れるのだ。
魔術を使うにはそれ相応の『魔力』と『精神力』が必要になる。
彼女がいま使っている魔術は浮遊の魔術だが、これまた高度な技術がないとできない芸当だ。
魔力を一定の量、一定の場所から放出し続けることで浮き、さらに行進と逆の方向に魔力を放出し、地面を押すことで前方に動く。
それをするには強力な、安定した精神力と、多大な魔力。それを使いこなす技術が必要になる。
だが、魔術に関してあまり知識を持たない彼は、叫ぶように言った。
「おまっ! それはずるいぞ! 俺が旅し始めたときはどれだけ苦労したと思っている!?」
「そんなこと知るか。いったであろう? 私は弱い、と。
か弱いフレイアちゃんが一時間も歩き続けられると思うか?」
「…………」
「………………なぜ黙る」
一時間も歩く前に倒れていそうだから―――とは、口が裂けても言ってはいけない気がした。
すると二人の会話に割り込むようにメリアは、
「ソレイン村が見えてきましたよ。あそこにフェラル様がいらっしゃると思います」
綺麗な声で、頬を赤らめながらフレイアに言った。
その視線にただならぬ熱のこもった気配を感じたが、ライトリークは見なかったことにする。
否、気にしては負けだと言い聞かせる。
しかしフレイアはさも当然と言ったような振る舞いで、そうか、と答えた。
目の先には、ソレイン村。
一ヶ月ほど前、フェラルと別れた村だ。
この村では少しの間だったが、良くしてもらっていた。
領主とはあまり関わらなかったが、少なくとも村の人たちは皆親切だった。
元気にしているだろうか―――と思ったとき、信じられない光景が目に入ってくる。
見間違いではないか。
これは夢だ。夢であってほしい。
そう願うが、五感に現実味のある特徴的な感覚が吸い込まれるようにして入ってくる。
人の叫び声と、唸り声。
硬い『もの』と『もの』がぶつかり合う音。
大きなものが崩され、焼かれる音。
鼻にツーンとくる、異臭。
ライトリークはすぐさまに走り出した。
目の前で起こっているこの出来事が幻覚であるようにと願って。
フェラル・リルチルドという男の姿を探し、村に足を踏み入れる。
村に入ると一度目をこすり、辺りを見渡す。
だが、ライトリークの目の前に突きつけられたのは、酷い現実だった。
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