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ティアーズマジック  作者: 沙φ亜竜
第2話 「あんたなんかのために、泣いたりしないんだからねっ!?」 依頼人:クラッカード 担当:ベティ
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-3-

 あたいらをメイドにして、この依頼人はなにをやらせるつもりなんだか、なんて考えていたのだけど。

 基本的には雑用を押しつけられるだけという感じだった。

 本人は仕事場にこもってなにやらペンを走らせているようだ。どうやらあの男、小説家らしい。

 いったいどんな話を書いてるんだか。……べつに興味なんてないけどさ。


 ともかくあたいらは、そのあいだに広いお屋敷の掃除と洗濯を済ませ、食事や飲み物なんかを用意する。

 それこそほんとに、専門のメイド業者にでも頼むべきだったのでは、と思うようなことばかり。

 とはいえ、納得した上でうちの会社に依頼してきたはずだし、ここは黙って自分の仕事をしていればいいのだろう。

 あたいとしては、そう考えてテキパキと家事をこなしていた。


 でも……。


 予想どおりといえば予想どおりだけど。

 マリオンは当然のごとく、ヘマばっかりやらかしていた。


 コーヒーを淹れて運ばせたら、持っていく途中で転んで全部ぶちまけてしまうし。

 じゃあ、持っていくのはあたいがやるからコーヒーの淹れ直しをお願い、と頼んだら、なんだか香りがおかしい。確認してみたら砂糖の代わりに塩がたっぷり入っていたし。

 ……こんなの持っていったら、ひと口飲んだ瞬間に吹き出して、クラッカードさんが書いてる原稿だかなんだかを汚してしまうわよ。


 他にも、掃除を任せたら任せたで、高そうなツボを落っことしそうになったりするし。

 あたいが飛び出して両手で見事キャッチしたからよかったけど、そうじゃなかったら粉々に割れて弁償ものだったわ。

 ……ツボを見事キャッチしたときのあたいの姿は、人様には見せられないような状態だったけど。この衣装、スカート短すぎ……。


 さらには、洗濯でもなかなかやってくれた。

 洗濯そのものを任せたら大変そうだと思い、あたいが洗った服とかを干してもらうことにしたのだけど……。


 つまずいて思いっきり転びそうになったマリオンは、事もあろうに干してある衣類をつかんで、物干し台ごと盛大に倒しかける始末。

 これも、嫌な予感がしていたあたいが、倒れてきた物干し台をどうにか支えて事なきを得たけど。

 ……もちろんこのときも、あたしは人様には見せられないような格好だったに違いない。室内じゃなくて庭だったし、誰かに見られてなかったか心配だわ……。


 そんなマリオンに料理なんてさせようものなら、爆発騒ぎを引き起こしかねない。

 あたいがそう考えたのも当然と言えるだろう。

 といったわけで、簡単な手伝いと盛りつけだけ手伝ってもらっていたのだけど……。


 なんなのよ、この子は! 美的感覚とかないの?

 ま、あまり美しく盛りつけられないってのは、大目に見てあげるとしても。


 お皿から溢れた野菜がテーブルにまで垂れ下がっているサラダ。

 一ヶ所程度ならまだしも、ほぼ全面にこぼれた跡があるスープ。

 持っていく途中で指が入ってしまったんだろうけど、ソースに指紋が見えるほど思いっきり指の跡がついているハンバーグ。

 盛りつけるときに使っちゃったんだろうなとは思うけど、揃えて置いてあるナイフとフォークにくっついたご飯つぶ。


 プロのメイドじゃないわけだし、完璧にこなせとまでは言わないけど、あまりにもひどくない?

 もしかしたら甘やかされて育ったお嬢様なのかもしれないけど、それでも仕事の依頼人に食べてもらう料理を作っているという意識が足りなすぎるわ。


「マリオン! なにやってるのよ、あんたは! ここは、もっとこう……、そんで、こっちは……!」


 あたいは怒鳴り声をまき散らしながら、悪い部分を指摘する。


「あっはっはっは、そんなにガミガミ言わなくてもいいじゃないか! 一生懸命やってくれてるし、可愛いじゃん!」


 仕事が一段落したのか、食卓に入ってきたクラッカードさんはそう言って笑っていたけど。

 それでも、ここはマリオンに教える立場でもあるあたいが、ビシッと言ってやらなくてはいけない。


 そりゃあ、マリオンが必死になって一生懸命仕事をしているのは、あたいにだってよくわかっている。

 依頼人であるクラッカードさんも、べつに構わないと言ってくれている。

 だけど……それに甘えていてはいけない。


 あたいらの会社は、泣くのが仕事だけど。

 それは決して、泣き言をこぼしていいということではない。

 マリオンはまだ入社したばかりだから、しっかりと教育していくことが重要なのだ。


 なんて考えていたのは確かだけど、正直に言えば、やっぱりマリオンに対する八つ当たりもあったのだろう。

 ついつい強めの口調で怒鳴りつけてしまう。


 にもかかわらず、マリオンは、


「はい、わかりました! ご指導、ありがとうございます、先輩!」


 と素直に答えながら、じっとあたいの瞳を見つめ返してくる。

 思わずこっちが恥ずかしくなってしまうくらいの、キラキラと輝いた真摯な瞳で。


 それにしても……。


(先輩……か。ま、悪くない響きね)


 考えてみたら、あたいが入社して二年ほど。

 去年は新入社員もいなかったし、今まではずっとあたいが下っ端だった。

 だからこうして先輩なんて呼ばれることに、少なからず嬉しさを感じてしまうのも、当然の心理と言えるのかもしれない。


「??? ベティさん、どうしたんですか?」


 叱責の言葉を向けたあと、いきなり黙り込んでしまったあたいに、マリオンは首をかしげていた。


「い……いえ、べつに、なんでもないわ。……ほら、クラッカードさんも待ってるんだから、早くご飯にするわよ!」


 照れ隠しに彼女の頭をコツンと軽く叩いたあたいは、クラッカードさんとマリオンに席を勧め、最後に自分も席に着いた。

 そこで、マリオンが目を丸くして声を上げる。


「あ……ベティさんの分のナイフとフォークがありません!」


 どうやらぼーっとして、自分の分をすっかり忘れていたらしい。

 あたいは自分の料理は自分で運ぶからと、マリオンに言ってあった。ナイフやフォークも自分で準備すると。


 マリオンを叱るような資格なんて、あたいにはなかったのかもしれない。

 もっとしっかりしないとダメね……。

 沈んだ気持ちに包まれていると、マリオンが素早く立ち上がり、キッチンからナイフとフォークを持ってきてくれた。


「はい、どうぞ」

「……ありがとう」


 きっとこの子、自分をあんなに叱ったのにあんただってヘマしたじゃん、なんて思ってるわよね。

 そんなふうに考えながら、マリオンからナイフとフォークを受け取った。


 その瞬間、彼女はふふっと、微かに笑った。


「……さぁ、せっかくベティさんが作ってくれた手料理ですから、冷めないうちに美味しくいただきましょう! あたしもう、おなかペッコペコです!」


 マリオンの顔に浮かんでいるのは、一点の曇りもない温かな笑顔だった。

 その言葉が皮肉なんかではなく、心からそう思って飛び出したものだということは、あたいにもしっかりと感じられた。


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