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ティアーズマジック  作者: 沙φ亜竜
第6話 「涙は未来をつなぐ架け橋」 依頼人:ティラミスリル 担当:マリオン
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-4-

「やっほ~、キャラちゃん! 今日も来たよ~!」

「マリオンちゃん! いらっしゃ~い!」


 元気よく病室に入っていくあたしに、ベッドの上から元気な声を返してくれるキャラちゃん。

 なんだかいつもにも増して、元気度が高いような気がする。

 今日は体調がいいのかもしれないわね。


「キャラちゃん、今日はね~……、プレゼントがあるのよ~!」

「え? なになに?」


 あたしは背中の後ろに隠していたプレゼントを、彼女の目の前に披露する。


「ジャーン!」

「わぁ~!」


 それは、小さなクマのぬいぐるみ。

 枕もとや棚の上なんかにも、いくつかのぬいぐるみが並べられてあったから、絶対に好きだと確信していたのだ。

 キャラちゃんは案の定、大喜びしてくれる。


 あまり高いものじゃないけど、可愛いのを……あたしも好きな感じのぬいぐるみを選んできた。

 きっと好みも似ているだろうと考えたのだけど、思ったとおりだったみたい。


「マリオンちゃん、ありがと~~~!」


 満面の笑みを惜しげもなく見せてくれるキャラちゃんに、あたしも幸せな気分をプレゼントされたように感じていた。

 だけど、それ以外のプレゼントまで、もらうことになった。


「ふっふっふ、実はね~、あたしからもマリオンちゃんにプレゼントを用意してあるの!」

「え?」


 キャラちゃんから突然そんなことを言われて、驚きながらも期待を込めた表情で彼女に目を向けるあたし。

 ごそごそと枕の下に手を入れ、なにかを取り出すと、キャラちゃんはそれを――。


「それっ!」


 投げつけてきた。


「え? え?」


 プレゼントなのに、投げつけるの?

 驚くあたしだったけど、そのあと、さらに驚くことになる。

 驚くというよりも、叫びおののき泣きわめきながら逃げ回ってしまったわけだけど。


 だって、投げつけられたのって、

 黒くてツヤがあってカサコソと動き回るあの虫と、

 毛がもじゃもじゃ生えた八本足の気持ち悪いあの虫だったんだもん。


「きゃ~~~~! イヤ~~~~~~! ぎゃ~~~~~! ふえぇ~~~~~!」

「あはははははははは!」


 ここが病院だというのも忘れ、半狂乱になって叫び声を上げまくってしまったあたしの様子を見て、キャラちゃんはおなかを抱えて笑っていた。


「マリオンちゃん、おっかし~! よく見なよ~、それおもちゃだよ~? お母さんに頼んで買っておいてもらったの!」

「きゃあぁ~、いや~~~……えっ?」


 キャラちゃんの声で、はたと我に返る。

 確かによく見れば、床に転がってる虫だと思っていた物体は、ゴキブリやクモをかたどったゴム製のおもちゃだった。


「あはははは! だいたい、あたしだって手でつかんで投げたんだよ? 本物なわけないじゃん~! あははははは!」


 大きく声を上げて笑うキャラちゃん。

 完全にしてやられたけど。

 でも、楽しんでくれてるみたいだし、よかった。


「もう~、キャラちゃんってば、意地悪さんなんだから~」


 両手を腰に当てて、頬を膨らませながら文句の言葉をぶつけるあたし。

 もちろん笑顔まじりだけどね。


「あははは……、う、げほっ、げほっ!」


 キャラちゃんも笑ってくれていた、と思ったら、いきなり咳き込んだ。

 あ……またよくある発作かな?

 最初はそう考えたのだけど……。


「げほっ、ごほっ、ぐほっ、ぶふっ、がふっ!」

「ちょ、ちょっと、大丈夫!? キャラちゃん!?」


 今までにない苦しそうな咳に、あたしは慌てて駆け寄る。

 咳は一向に止まる気配がなかった。


 と突然、病室のドアが開け放たれ、勢いよくお医者さんと看護師さんがなだれ込んでくる。

 それに続いて、キャラちゃんのご両親とベティさんたち三人も駆け込んできた。

 いまだに咳き込んだままのキャラちゃんの様子を、お医者さんが診て、看護師さんたちに素早く指示を出している。

 すぐに点滴が用意され、キャスターつきの移動式ベッドまで運び込まれてきた。


「緊急手術を行います! ご両親は、一緒に来てください!」


 お医者さんの声に従って、看護師さんたちが苦しんでいるキャラちゃんを移動式ベッドに移す。

 ベッドを押してキャラちゃんを病室から連れ出していくお医者さんたちに、ご両親も言われたとおりに続く。


「キャラちゃん!」


 あたしもそれを追いかけようとして、


「すみません、ご家族以外はご遠慮願います」


 と看護師さんに止められてしまった。


「キャラちゃん……」


 静かになった病室には、泣き崩れているあたしと、それをなだめるベティさん、ペロちゃん、パー子さんの三人だけが残されていた。


「マリオン……」


 ベティさんがあたしに優しく語りかけてくれる。


「きっと大丈夫よ。こうやってすぐに気づいてお医者さんが手術してくれるんだから」

「でも、あたし……。楽しませようと思って、たくさん笑わせて、それがキャラちゃんの体に負担だったのかな!?」


 涙を流しながら訴えかける言葉を聞いて、ベティさんはあたしをそっと抱きしめ、頭を撫でてくれた。


「それは違うわよ。笑顔になって害があるわけないわ。きっとあなたとの楽しかった時間を思い出して、手術を乗り切ってくれるわよ」

「そうだよ、マリオン。わたしたちは、手術が成功するように祈ってあげよう」

「確かにウチらの仕事は泣くことや。でも、泣いちゃダメな場面もあるんやで。涙は悲しい思いを洗い流してくれるものやねんけど、頑張らなあかんときにはグッと堪えることも必要なんや」


 ベティさんの声に、パー子さんとペロちゃんもあたしを諭すように言葉を添えてくれる。


「……うん、そうだよね。あたしたちは祈りながら待っていればいいんだよね。キャラちゃんがもう一度、あたしたちの前で元気な笑顔を見せてくれるのを信じて……」


 あたしは涙を拭い、さっきまでキャラちゃんが横たわっていたベッドへと歩み寄る。

 そのままゆっくりベッドに腰をかけると、まだ温もりの残ったままのシーツをそっと撫でてみた。

 キャラちゃんの命の温もりが、手のひらを通じて伝わってくる。


 うん、キャラちゃんは大丈夫。

 だからあたしも、頑張らないと。

 一生懸命、祈り続ける。

 緊急手術が終わるまで。

 そして、明るい彼女の笑顔を、もう一度見るんだ。


 黙ったままベッドを撫でているあたしを、ベティさんたち三人も、ただ黙って見つめてくれていた。


 今日はあたしたちも病院に残りたい。

 特別に許可をもらったあたしたちは、手術室の前にある椅子に座って両手を合わせ、キャラちゃんを応援し続けた。



 ☆☆☆☆☆



 お昼過ぎくらいから始まったキャラちゃんの緊急手術は、なかなか終わってくれなかった。

 祈り続けるあたしたち。

 手術はそのまま夜通し続けられ、十六時間以上もの長きに及んだ。


 だけど次の日の早朝、

 長い長い手術のかいも空しく、

 キャラちゃんは十五年の短い生涯に幕を下ろした――。


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