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「お紅茶、お口に合いますか? ちょっと甘すぎたかしら」
「……いえ、美味しいです」
ボクは今、品のよさそうな女性と向かい合わせでテーブルに座り、紅茶をいただいている。
彼女が今回の依頼人、シフォンヌさん。
この大きなお屋敷に住むお嬢様、といった雰囲気だ。
もっとも、すでに結婚済みで旦那さんもいるし、娘さんもいた。
そのシフォンヌさんからの依頼で、ボクはこのお屋敷へと足を運んだ。
ボク、ミルフィレイユは、よく女の子に間違えられたりはするけど、れっきとした男なのだけど。
でも今のボクは、フリルのついた可愛い衣装に身を包み、スカートまではいている。
女の子っぽいと言われるボクではあっても、もちろん、普段から女の子の服を着るなんてことはしていない。
シフォンヌさんの希望で、この衣装を着て、彼女の話し相手となっているのだ。
シフォンヌさんの娘さんは、数年前に病気で亡くなってしまったらしい。
ひとり娘の死に精神を病んでしまい、ふさぎ込んだ日々が続いていた。
だけど、このままではダメ、娘のためにもしっかりと生きなくては、と思い直した。
悲しみが消えたわけではないだろうけど、今では明るい笑みさえこぼせるまでに回復している。
シフォンヌさんを精神的に支えているのは、最愛の旦那さんだ。
とはいえ忙しい身の上で、お屋敷を留守にしがちな旦那さんは、なかなかシフォンヌさんと一緒にいられる時間が取れない。
そんなわけで、うちの会社に依頼してきたのだという。
娘さんの部屋は、いつ戻ってきてもいいようにと、生前のまま残してあるのだという。
ボクが今着ている服も、その娘さんのものだ。
大切な娘さんの形見である服を、ボクが着てしまってもよかったのだろうか?
だいたいボクは男の子なのに……。
そうは思ったものの、シフォンヌさんが是非にと言うので、こうして女の子の格好をするに至った。
それにしても、ショコたんはどうしてこの仕事を、ボクなんかに任せたのだろう?
亡くなった娘さんの代わりに、話し相手になってほしい。
シフォンヌさんはそういった思いで依頼をしてきたはずだし、会社はボク以外みんな女性なのだから、他の誰かのほうがよかったんじゃないだろうか?
娘さんの写真も見せてもらったけど、目の前でたおやかな笑みを浮かべるシフォンヌさんとそっくりで、とても上品そうな女の子だった。
……うちの会社の女性で、娘さんのイメージに会う人なんて、いないのは確かだよね……。
しいて挙げるなら、主婦さんがメガネを外せば、どうにか近い雰囲気にはなるかもしれないけど。
主婦さんは、「メガネはステータスですから、絶対に外したりはしません」なんて言っていたことがあるから、きっと無理だろうな。
……もしかしたら主婦さんって、メガネを外すと、すっごく変な目だったりして……。
「あら? どうかしました?」
ついついおかしな想像をしてしまっていたボクに首をかしげるシフォンヌさん。
「あっ、いえ、なんでもありません! 紅茶、とっても美味しいです」
ボクは焦りをごまかすため、紅茶をひと口すすった。
実はちょっと甘すぎる気はしていたのだけど。
ボク自身甘いものは大好きだし、この甘さがきっと娘さんの好きだった味なんだろうなと考え、指摘はしなかった。
「……亡くなった娘さんって、ボクと同じくらいだったんですよね?」
娘さんの話をするのは悲しませる結果になるかな、とも思ったけど、他に話題も思いつかず、ボクはそう尋ねる。
「ええ。三年ほど前の年齢になりますけれど……」
答えてくれたシフォンヌさんは、笑顔のままではあったけど、微かに陰りが見えたように思えた。
「それにしては、お若いですよね、シフォンヌさん」
「……うふふ、ありがとう。でももう、四十を越えたおばさんよ」
「とてもそうは見えないです」
ボクは素直な感想を述べる。お世辞なんかじゃなく、本心から出た言葉だ。
「嬉しいこと言ってくれちゃって。お世辞なんて言っても、なにも出ないわよ?」
「お世辞なんかじゃないですよ」
「あらあら。うふふ。……ほら、ケーキのほうも食べちゃってね。早めに食べたほうが、柔らかくて美味しいはずだから」
「あ……はい。それじゃあ、遠慮なくいただきます」
フォークを手に取り、小さく切ってケーキを口に運ぶ。
お行儀悪くするわけにもいかないだろうし、慣れてはいなかったけど、口もとを手で隠しながら食べ進めていく。
イチゴのケーキの口当たりはシフォンヌさんの言葉どおり柔らかく、クリームの甘味は強めだったけどイチゴの酸味でそれを抑えていて、ちょうどいい具合にハーモニーを奏でる。
口の中いっぱいに広がる甘さが温かさをも与えてくれるかのようで、とても美味しく感じられた。
「…………(ごくん)。とっても、美味しいです」
ケーキをしっかりと飲み込んでから、ボクは率直に伝える。
「うふふ、ありがとう。わたくしが焼いたケーキなのよ。娘もイチゴのケーキが大好きだったの……」
「そう……ですか……」
目をつぶって娘さんの笑顔を思い起こしているからだろう、シフォンヌさんの声は微かに震えていた
ボクには続ける言葉が見つからず、黙々とケーキを口に運ぶことしかできなくなってしまった。
(娘さんの代わりに、話し相手にならなきゃいけないんだよね、ボク。……もっとこう、楽しくなるようなお話とか、感動的なお話とか、しなくちゃダメなんだよね……)
そう考えながらも、そんなこと、ボクには無理なわけで……。
もともとお話したり意見を述べたりするのが苦手で、小さい頃は女の子みたいな外見もあってか、いじめられることも多かった。
ティアーズマジックで雇ってもらえて、楽しく仕事をしていたから忘ていた――ううん、忘れようとしていた過去……。
だけどボクは、結局あの頃となにも変わっていないんだ……。
思わず、涙が流れてしまう。
「あらまあ、どうなさったの?」
「ボク、なにもできなくて……。まともに話し相手にもなれてないし……。ごめんなさい……」
心配してくれるシフォンヌさんの声が耳に響いて、余計に自分の情けなさが胸を締めつけてくる。
涙とともにこぼれ落ちる弱気な言葉たち。
そんなボクに、シフォンヌさんは優しく語りかけてくれた。
「いいのよ。泣くことなんて、ないわ。……あっ、でも、それがあなたのお仕事でしたわね。けれど、わたくしが望んでいるのはそういう涙ではないの」




