-4-
あたしがエクレールさんに連れられて案内されたのは、建物の最上階にある社長室だった。
エクレールさんはためらうことなくドアを開け、中に入っていく。
そんな彼女にあたしも続いて、ちょっと緊張しながら社長室へと足を踏み入れた。
中には……誰もいなかった。
そしてエクレールさんはそのまま部屋の奥まで歩いていき、豪華そうなデスクの向こうに見える、やっぱりふかふかで豪華そうな椅子に、そっと腰かけた。
「というわけで、ようこそいらっしゃいました、マリオンさん」
にこっ。
デスクに両ひじをついてあたしをじっと見据えるエクレールさんの姿は、とても凛々しく見えた。
「……って、エクレールさん、社長さんだったんですか!?」
あたしは驚きの声を上げる。
エクレールさんは肯定するように、よりいっそうの笑顔を輝かせてみせた。
☆☆☆☆☆
「わたくしの会社は、笑顔を大切にしていますの」
エクレールさんはあたしにソファーに腰かけるよう促し、あたしが座るのを見計らって話し始めた。
「はい。エクレールさんの笑顔、素敵ですもんね。とてもいいことだと思います」
あたしが素直に感想を述べると、彼女は嬉しそうに微笑む。
「ふふふ、嬉しいことを言ってくださいますね。そんなあなたなら、わたくしの会社に来ても、すぐに仕事に慣れていただけると思いますわ」
「え?」
言葉の意味が理解できず、疑問を返すあたし。
「つまり、あなたをわたくしの会社に引き抜きたい。そう申し上げておりますのよ?」
エクレールさんは笑いながら、とんでもないことを言い出した。
「ええええ~~~!?」
驚きの声を上げるあたしに、エクレールさんはさらに言葉を続けてくる。
「あなたの会社、泣くのがお仕事らしいですわよね? ですけれど、それはちょっと悲しいことのように、わたくしは思いますの。いくら仕事だといっても、泣かなくてはならないなんて……」
「えっ、いや、あの、その……」
あたしは反論したかったのだけど、いったいどうなっているのかわからなくて、まともに言葉を挟むことができなかった。
そんな様子なんてまったく気にも留めず、エクレールさんは語り続ける。
「うちの会社に来れば、いつでも笑っていられますわ。泣く必要なんて、なくなるんです。どうですか? 素晴らしいでしょう?」
キラキラと瞳を輝かせながら、そう訴えかけてくる。
「ここに書類も用意してありますわ。ちょちょいっとサインしてくれさえすれば、入社手続きは完了です。今の会社のほうには、わたくしのほうから退社のお願いを――」
なんだか不自然なほどに素早く書類とやらと取り出すと、エクレールさんは矢継ぎ早にまくし立ててくる。
いきなりの展開に、戸惑いの境地に立っていたあたしではあったけど。
でもここで反論しないわけにはいかない。
あたしはエクレールさんの言葉を遮るように、思いの丈をぶつけた。
「あのっ! せっかくの申し出ですが、すみませんけどお断りします。確かにあたしは、仕事で泣いています。でも、べつに嫌だなんて思ったことはありません。それに、泣くのも楽しいんですよ?」
「……泣くのが、楽しい……?」
突然あたしが勢いよく喋り始め、エクレールさんも面食らっているようだったけど、オウム返しにあたしの発した言葉をつぶやき、疑問を投げかけてきた。
そんな彼女に、あたしははっきりと素直な思いを伝える。
「はい! なんて言ったらいいかわからないけど、悲しくて涙は出てるんですけど、泣き終わったあとの気分って不思議と悪い気持ちじゃないんです」
エクレールさんは、ただ黙ってあたしの言葉を聞いてくれていた。
「それに、あたしが涙を流すことで、依頼人さんは喜んでくれるんです。そりゃあ、笑顔のほうが幸せになれそうではありますけど……でも、それだけじゃないと思うんです。涙が必要なことも人にはある。そのために、あたしたちはいるんです!」
だから、ごめんなさい。
そう言ってあたしは、エクレールさんに深々と頭を下げた。




