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ティアーズマジック  作者: 沙φ亜竜
第4話 「騙し騙され、ふりふられ?」 依頼人:エクレール 担当:ショコたん、マリオン
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-2-

 われは今、買い物に来ていた。

 ここは数多くの商店が並ぶショッピングモールだ。

 食品や事務用品に加えて、本やら花やら服やら家具やら、ありとあらゆるものを売る店が、広い敷地を使った施設内に集められている。


 われはそこに、お菓子類を買うために足を運んだ。

 個人的なものではなく、会社にお客様が尋ねてきたときに必要だからだ。

 会社関連の買い出しだったら、他の社員に任せておけばいいようなものだが。

 おやつは自分で食べたいお菓子を買いたいため、自ら選ぶようにしているのだった。


 ……ついついつまみ食いしてしまい、主婦さんから怒られたりすることもしばしば。

 われは社長だというのに、どうもうちの社員たちは敬う気持ちが足りない気がする。


 その中でも主婦さんはとくに厳しい。

 われが十八番のお子ちゃま変化を駆使して食べたいと駄々をこねても、頑として首を縦に振らない。

 あんなにのほほんとした雰囲気だから、われとしても扱いやすかろう、などと考えて採用したのだが、その目論見は完全に外れたと言える。


 ともあれ、われは会社の運営だとか経費の管理だとか、そういった方面には明るくない。

 主婦さんのお陰でこの会社は持っているという部分もあるのだから、文句なんて言えないのだが……。

 ブツブツとつぶやきながら、われは次々にお菓子を買い物カゴに投げ入れていく。


 と、そのとき。

 憎っくきあいつが、われに話しかけてきやがった。


「あら、ショコラレットじゃありませんか。相変わらず、ロリ体型をしていますわね~!」

「むっ! ロリ体型言うな!」


 声からそれが誰なのか悟ったわれは、嫌悪感を多分に含めて怒鳴り返す。

 振り返ったわれの目の前に立っていたのは、予想したとおり、憎っくきあいつ――エルクレイリアだった。


 ゆったりとした長いドレス風の衣装を身にまとい、不敵な笑みを浮かべている彼女。

 すらりと背が高いのに細身で、それでいて出るところは出ているその体型を見ているだけでもムカついてくる。

 いや、べつにわれがこいつに嫌悪感を抱いているのは、そういった容姿に関してだけではないのだが。

 それだけで嫌っていたら、単なるひがみでしかないからな。


 ひと言で表せば、こいつはわれの宿命のライバルだ。


 われが立ち上げた会社――ティアーズマジックと対を成すような活動を行っている、スマイルプロジェクトという会社がある。

 その会社の社長が、今目の前にいるこのエルクレイリアなのだ。

 ティアーズマジックは涙を流すことを仕事にしているのに対し、スマイルプロジェクトはその名のとおり、笑顔を仕事にしている。


 ふん。へらへらと笑っていれば幸せになれるなどという、そんな会社の社長と、どうして仲よくできようか。

 われの胸に、怒りの念がムカムカと湧き上がってくる。

 そんなわれの神経を逆撫でするかのように、エルクレイリアはさらに言葉を続けた。


「しかもそんなにお菓子ばっかり買って。相変わらずのお子様ぶりですわね~!」

「お子様言うな!」


 すかさず反論を返すわれだったが、他に三人ほどの視線がこちらへと向けられていることに気づいた。

 ……さっきからずっといたのだろうし、今さらという気もするが。

 その三人は、エルクレイリアの会社、スマイルプロジェクトの社員だった。


「やぁ、ショコたん。いつもどおり、そんな怒った顔もラブリーだねぇ~!」


 そう言いながら長い前髪をかき上げ、歯をキラリと光らせたこの男は、確かウェルハーセスだったか。

 通称ナルシー。普段からこっちの呼び名でしか呼ばれていないから、本名はうろ覚えだったりするのだが。


「うるさい! お前はウザいから話しかけるな! これだから男は嫌いなんだ!」

「……ナルシーだけを見て、他のすべての男性を嫌うのは、さすがにお門違いかと思いますが……」


 われの叫び声に、エルクレイリアがそんなつぶやきをこぼす。

 自分の会社の社員として使っている人間だというのに、どうやらエルクレイリアもナルシーをウザいと思っているようだ。

 こんな奴と意見が合うというのも、ちょっと嫌ではあるのだが。


「え……えっちゃんまで、そんなこと言わないでくれよぉ~!」

「ちょっと、すがりつかないでくださいな! そんなことよりも早く、頼んだ品物を探してきてくださいませ!」


 懇願するナルシーに、エルクレイリアは明らかにたじろぎながら叫んでいた。

 それにしてもこの男、ほんとにウザい奴だな。


 ところで、えっちゃんというのは、エルクレイリアのことだ。

 スマイルプロジェクトも、われの会社と同じく、お互いを愛称で呼び合っているらしい。


 どうでもいいが、どうしてエルクレイリアはこんな男を雇ったんだか。

 以前に訊いてみたところ、性格と実力は別ものですから、との答えが返ってきた。

 ま、他人の会社だ、われが口出しできることでもないな。


「ショコたんは、お菓子をいっぱい買ってるんですね~」


 ナルシーがしぶしぶといった様子で店の奥に走っていったあと、続けて話しかけてきたのは、残るふたりの社員の片方だった。

 おそらく今この場にいる中で一番若いと思われる、ナタデコッコ――通称コッコちゃんだ。


「うむ、まあな」


 短く答えるわれに、コッコちゃんは続けざまにはしゃいだような声を向ける。


「お菓子ばっかり食べてるのに、えっちゃんと違って太らないなんて、おかしいですね! おかし食っておかしくって、転げ回ってしまうくらい! いとおかし!」


 ……はてさて、ツッコむべきか、ツッコまざるべきか。

 われは迷ったあげく、無視を決め込む。

 この子はいつもこんな調子だった。

 見た目としては美人と言えるだろうに、オヤジギャグをこよなく愛する困ったちゃんなのだ。


 もっとも本人は、「オヤジギャグなんかじゃないです! もっと崇高な笑いなんです!」などと言っていたが。

 自称お笑い大好き人間とのことだが、われにはオヤジギャグとしか思えない。


「あ~! 無視しましたね!? 髪の毛むし(丶丶)りますよ!?」

「……コッコちゃん、あなたにも頼んでいた品物があるでしょう?」


 怒涛のごとくわれに食ってかかるコッコちゃんに向けて、エルクレイリアが注意を促す。

 さすがに社長には逆らえないのだろう、コッコちゃんもしぶしぶながらその場を離れて店の奥へと向かった。


「えへへ~、あたちはもう、頼まれてたちなもの(品物)、持ってきてましゅよぉ~」


 そう言って誇らしげに持ってきた事務用品を見せているのは残ったひとり、パンナコッティー――通称パンダちゃんだった。

 最初はパンナちゃんだったのが、会社のみんなで羽根突き大会をしたとき、トロい彼女は負けまくり、お約束として筆で両目の周りに丸を描かれた。

 それがパンダみたいだったこともあって、パンダちゃんになったらしい。


「はいはい、偉いですわね~、パンダちゃんは」

「はい、あたちは偉いでしゅ!」


 心なしか呆れをも含んだ様子で褒めてあげているエルクレイリアに、パンダちゃんはよりいっそう、誇らしげに胸を張った。

 そのせいもあってか、彼女は手を滑らせてしまったのだろう、持っていた品物を落としそうになる。


「あぁ~……」


 パンダちゃんはそれをつかもうとして、そのせいで他の品物が落っこちそうになって、今度はそっちに目を移す。

 そして目を移したほうの品物に集中したことで、足もとがお留守になってしまった彼女は、成すすべもなく思いっきり転んでしまう。

 ドシーンと大きな音を立てて、それはもう、ものの見事に。


 まともに動いてすらいないのに転べるなんて、すごい才能だ。

 しかも、足もとまである長いスカートをはいていながら、パンツ丸見えだったし。


「ふえぇ~ん……。あたちったら、またちっぱい(失敗)ちちゃいまちたぁ~……」


 なんというか、トロいにもほどがあるだろう。

 うちのマリオンのドジっぷりが、まだ可愛く思えるくらいだ。


 パンダちゃんは自慢げに持っている品物を見せていたわけだが、両手に抱えるには明らかに多すぎる量だった。

 それを全部ぶちまけてしまっていた。

 まったく、この子は。せめてカゴを使うくらいのことは考えてほしいものだが。


 ともかく、そのままにしておくわけにもいかない。

 われはエルクレイリアと一緒に、ぶちまけられた品物を拾う。

 ある程度落ち着いたところで、われはエルクレイリアに言った。


「たくさん買うなら、取り寄せにして会社まで運んでもらえばよかったのではないか?」


 それに対する彼女の答えは、こうだった。


「取り寄せですと、品物の詳細がわからないじゃないですか。ですからわたくしは、実際に自分の目で見て決めるようにしているんです」

「ほう。見た目に似合わず、そういうところはしっかりしてるんだな」

「見た目に似合わずは余計ですわ!……ところで」


 ふと、エルクレイリアは声の調子を落とし真面目な顔に切り替えると、微妙にいやらしい笑顔を張りつけながら、こんなことを尋ねてきた。


「なにやら有望な新人が入ったらしいですわねぇ?」


 いったいどこから聞きつけてきたのだろうか?

 確かにわれとしても、有望な新人が入って喜んでいたところではある。

 だが、こいつの笑顔の裏には、なにか不穏なものを感じずにはいられない。


「ふん。お前には関係のないことだ」

「そう……、詳しくは語らないということですか。ティアーズマジックの秘密兵器……といったところかしら?」

「…………」


 われは、だんまりを決め込む。


「……わかりましたわ。いくら訊いても無駄みたいですから、もう訊きません」


 やがて、エルクレイリアは諦めたように息をついていた。

 そんなやり取りのあと、われはお菓子をいっぱい詰め込んだ自分のカゴに目を移す。


「まぁ、今日のところはこれくらいにしておこうか。それじゃ、われは行くぞ。みんなが待っているからな」


 クールに立ち去ろうとするわれの背中に、エルクレイリアの奴はひと言。


「……早く帰ってお菓子が食べたいだけなんでしょう?」


 われの考えはバレバレだった。

 くそっ! こいつのこういうところも、われは嫌いなのだ!


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