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その日、会社のみなさんはあたしの入社を祝して、歓迎会を開いてくれた。
さっきあたしに「ひざカックン」をしたショコたんを含む三人は、そのための買い出しに行った帰りだったらしい。
社長なのにわざわざ買い出しに? などと思うなかれ。
この会社は規模が小さくて、あたしを含めても全部で七人しかいない。
あたしと出迎えてくれた三人以外の、残りの三人の社員さんは仕事に出ていたため、社長自らも荷物持ちをする羽目になったようだ。
……それにしても、そうすると会社には誰も残っていなかったことになるわよね。
そっちのほうが問題ありなんじゃないだろうか。
なんて考えてしまうところだけど。
この世界には、「万物の精霊さん」がいる。
建物でも木でも街灯でも、ありとあらゆるものに精霊さんが宿っていて、話しかけてくれたりするのだ。
それは単なる気のせいだという学説もあるらしいのだけど。
私にはそんな精霊さんたちの声がしっかりと聞こえている。おそらく他の人たちにも、同じように聞こえていることだろう。
現にこの会社の場合、事務所に誰もいなくなったときには電話の精霊さんが電話番をしてくれているという。だから、その存在を完全に否定することなんてできないだろう。
……もっとも、やっぱりそんな精霊さんなんていなくて、実際には電話がかかってきても誰も出ない状態なだけだったのかも、という不安がなきにしもあらず。
どうやら話を聞いている限り、あまり依頼の電話も多くないみたいだし。
最近はパソコンを使った依頼メールのほうが多いようで、そっちはしっかりデータとして残るから安心とのこと。
とはいえ、全体的な依頼件数が減少傾向にあるのは確かなようで、今日みたいに三人も仕事に出払っている状況でさえ、結構珍しいのだとか。
「どこも不況だからな。なかなかこんな依頼、してこないだろ」
ショコたんはそう言っていた。
……あ、あたし、こんな会社に就職しちゃって、ほんとに大丈夫なのかな?
不安は募るばかりだった。
☆☆☆☆☆
歓迎会の準備中、仕事を終えて帰ってきた三人からも軽く自己紹介を受けた。
「ウチはキャンディロール。通称ペロちゃんや。よろしゅうな!」
大きなペロペロキャンディーを舐めながら挨拶してきたペロちゃんは、綺麗な金髪を可愛らしいピンク色のリボンでツインテールにまとめていた。
顔だけ見たらショコたん同様、とっても子供っぽいのだけど。
背は低いものの、なんというかその……、胸だけはすごく大きくて……。
う~、ちょっと分けてもらいたいくらいだわ……。きっとショコたんにも同意してもらえるはず。
ただ、どうやらペロちゃん、二十五歳らしい。
だとしたら、今後の発展は望めないわよね! だったらあたしが勝てる可能性もあるわ! ……三十二歳のショコたんは無理でしょうけど。ふっふっふ。
現状でつるぺたなところから逆転がありえるのか? なんてツッコミはしないように!
「わたしはパルムクーフェ。ちょっと変わった人たちが多い会社だけど、よろしくね」
「あっ、はい」
続けて声をかけてくれたのは、ショートカットがとっても似合う人だった。
一見男性と見まごう凛々しい印象だけど、彼女はれっきとした女性だ。
主婦さんもあんな感じだったし、今度こそやっとまともな人が現れてくれたかな~、なんて思っていたのだけど。
「通称は、パー子やねん!」
「うが~っ! あえて言わなかったのに~! このこの~!」
バシバシバシバシ!
パー子さんは恥ずかしがりながら、余計なことを言ったペロちゃんの首筋に何度もチョップをお見舞いしている。
わわっ、なんか、音がすっごく痛々しいよ!? 大丈夫っ!?
「うごぁっ! やめ……! 痛っ……! ひぃ~、ギブやギブ! 首が、もげる……!」
「あああああああ、ストップストップ!」
あたしは慌てて止めに入った。どうやらこの人も、まともとはちょっと言いがたいみたい。
「ふふふ、パー子さん、相変わらずです」
最後に控えめに声を挟んできたのは、ミルフィレイユちゃん――通称ミルミルちゃんだった。
長いつややかなロングストレートの黒髪がまぶしくて、見るからにお嬢様って雰囲気を漂わせているのだけど。
ちゃんづけで呼ばれてるというのに、実はこの人、男性らしい。
「ふふふ、マリオンさん、よろしくね」(にこっ)
いや、その、なんというか、どこをどう見ても、男の人とは思えない……。
ともあれ、本人がそう言って、周りの人もそう言ってるんだから、まぁ、そうなんだろうな。
女性に間違われることが多くて嫌だとぼやくミルミルちゃん。
だったら髪を切りなさい! なんて図々しいこと、新入社員のあたしには言えるはずもなかった。
☆☆☆☆☆
ともかく、そんなみなさんのご厚意で、あたしの歓迎会は開かれた。
場所は会社の会議室。
昼間っからお酒を飲んでの宴会騒ぎだ。
……きっと歓迎会というのは口実で、みんな飲みたいだけだよね、これって。
そう勘ぐってしまうけど、まぁ、そこはそれ。
なんだか楽しい職場みたいで、あたしはとっても嬉しかった。
「ちょっとマリオン! あんた、なにひとりでチビチビとオレンジジュースなんて飲んでるのよ! ほら、あんたもお酒を飲みなさい!」
突然ベティさんがあたしの横にドカッとぶつかる勢いで座ってきて、強引にグラスを勧める。
そこには綺麗な赤紫の液体がなみなみと注がれていた。
すでにトロンとした目になっているベティさんが持っているせいで、グラスからソファーにこぼれて赤紫色の染みが広がっていたりするんだけど。
「あ……あの、あたし、お酒は……」
「いいから、飲め!」
「んぐっ!?」
ベティさんはあたしの頭を押さえつけると、問答無用でお酒を口の中に流し込んだ。
成長に悪影響が出るという研究結果もあるとかで、国によってはお酒を飲める年齢に制限があったりするみたいだけど、あたしたちの国では今のところ制限はない。
だからみんな、小さい頃からお酒を飲んでいるのが普通だった。
でもあたしは両親から、子供は飲んじゃダメだと言われ、それをずっと守り続けてきた。そういう教育方針だったのだろう。
家を出て寮生活をしていた学生時代も、両親の言いつけを破ることはなく。卒業式のあとの宴会ですら、みんなが楽しく飲んでいる中、あたしは飲まないでいた。
おそらく生まれて初めてだと思われるお酒が、あたしのノドを通って流れていく。
変化はすぐに表れた。
「なにすんのよう!」
あたしのパンチは、ベティさんのみぞおちに見事にヒットしていた。
「ぐほっ!?」
うめき声を上げるベティさんの前に、ゆら~りと立ち上がるあたし。
「無理矢理そんなことすゆのは、ひっく、いけないんだお? ……おしおきが必要なのね。ひっく!」
「なっ……ちょっと! もう、悪かったわよ、だからやめ……はうっ!?」
かぷっ!
あたしはベティさんに思いっきり抱きつき、そのまま首筋に噛みついた。
ちゅ~ちゅ~ちゅ~。
そんでもって、思いっきり吸い始めた。
それを見たペロちゃんは、それはそれは楽しそうな顔で笑い転げる。
「きゃははは! この子、酔っぱらうと、こうなっちゃうんや! おもろいわぁ~!」
「面白くないわ! 誰か、止めてよ……、う……」
焦り顔のベティさんが言葉に詰まったのは、あたしの虚ろな瞳が、すぐ目の前に迫っていたから。
あたしは首筋から口を離し、ベティさんの綺麗な瞳を見つめていたのだ。
「なによお~。ベティさんさっきから、うるさいわよお~? そんなお口は、こうよ!」
ぶちゅ~~~!
「んんんんんん~~~~~~~っ!?」
あたしの唇で完全に口を塞がれ、会議室にはベティさんの声にならない叫び声が響いていた。
☆☆☆☆☆
……というのを、次の朝、あたしはベッドの中で目覚めて思い出した。
はう……、初日からとんでもないことを、しでかしちゃったかも……。
酔ってわけのわからない状態になってはいたけど、しっかりと記憶に残っていたあたしは、スズメのさえずりが響く朝の清々しい陽気の中、全然清々しくない目覚めを味わうのだった。




