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あたしの声でサブレさんとのやり取りが始まり、中断する形となってしまったタルトさんの話。
温かな雰囲気が落ち着いた頃合いを見計らって、タルトさんは再び話し始めた。
「マカロンくんたちの父親とは、昔からの親友だった。オレたちは、ふたりしてひとりの女性に恋をした。それがマカロンくんたちの母親だった。つまり、彼女を射止めたのはマカロンくんたちの父親で、オレは恋に破れたということになる。
だけどそれで親友関係が崩れたわけではなくて、それどころか、ふたりが結婚してからも、オレはどちらとも仲よく接していた。だからこそ、家を建てるときに、ぜひ隣にと誘ってもらえたんだ。
彼女に対する想いが完全に消えたとは言えなかった。でも、親友のあいつから奪い取ってやろうなんて気持ちは、これっぽっちもなかった。
やがてふたりに子供ができてからも、オレたちの仲は変わらなかった。
ふたりとも、マカロンくんたちのために必死で働き、とても忙しかった。だからオレが代わりにマカロンくんたちの面倒を見ることも、当時はよくあったんだ。オレのほうとしても、それを喜んで引き受けていた。
そんなある日、あの事故ですべてが変わってしまった……」
タルトさんの瞳は、微かに潤んできているようだった。
「マカロンくんたちは、教会でお世話になることになった。当時のオレはまだ稼ぎも少なかったから、ふたりを引き取っても幸せにはできなかった。だからこそ、必死に頑張った。
そして少しずつでもと思い、神父さんに養育費としてお金を渡すことにしたんだ。遠くからでも、元気なマカロンくんたちの姿を見ることができれば、オレはそれで幸せだから……」
今にも涙がこぼれ落ちそうなタルトさんに、マカロンくんが声をかける。
こぼれ落ちそうなほどの笑顔で。
「タルトおじさん! 大丈夫だよ! ぼく、これでも働き始めたんだから! だからさ、神父さんにお金を渡したりなんてしなくてもいいよ!」
「うん……おじさんが自分で稼いだお金なんだから、あたしたちのためじゃなくて、自分のために使って……」
マカロンくんの言葉に、控えめな口調でパルフェちゃんも気持ちを添える。
「自分で働いて稼いだお金を、マカロンくんはわたしに、渡してくれていたんですよ」
神父さんもそう言ってタルトさんの肩に手を乗せる。
この国の法律では、学校を卒業する十五歳を越えていないと、正式な雇用はできないことになっている。
だからきっと、十歳のマカロンくんは、働き始めたとはいっても、お手伝いのお駄賃をもらう程度なのだろう。
神父さんに渡しているお金だって、ほんの小額でしかないはずだ。
だけど神父さんは、そんなことを口にはしなかった。
もちろん、あたしなんかにでもわかることだから、タルトさんにもわかったとは思うけど。
「タルトさんからいただいたお金には、ほとんど手をつけていません。教会もあまり余裕ではありませんので、マカロンくんたちの食事や衣類などのために少しは使ってしまいましたが、それでもかなりの額が残っています。どうぞ持って帰ってください」
「……いえ、そのお金は教会に寄付したものです」
神父さんからの申し出に、タルトさんは首を横に振った。
「今はそれなりに仕事を頑張っています。収入も増えてきていますから、生活に困ることもありません。……この子たちや、他の恵まれない人たちのために、少しでも役立ててください」
そう言って、タルトさんは話を締めくくった。
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話したいことはすべて話し終えたのだろう、椅子から立ち上がり帰ろうとするタルトさんの背中に、神父さんが声をかけた。
「それならば……どうでしょう。そろそろ、お願いしてみてもいいんじゃないですか?」
いったいどういうことなのか、あたしにはわからなかったのだけど。
続けて神父さんは、その優しい視線をマカロンくんとパルフェちゃんに向けると、こんな提案をしてきた。
「ふたりとも、これからタルトさんの家の子供にならないかい?」
「えっ?」
言葉を向けられたマカロンくんたちだけではなく、あたしやパー子さんからも、疑問符つきの声が漏れる。
「でも……やっぱり、悪いよね……? 他人のぼくたちふたりの面倒を見るなんて……」
マカロンくんが遠慮の声を返すと、タルトさんは意を決したように振り向いた。
続けて幼い兄妹に温かい視線を向けると、ゆっくり話し始めた。
「オレのほうから神父さんに、引き取ることはできないかとお願いしていたんだ。今なら、ふたりの生活の面倒も見られる収入がある。……もっとも余裕はないから、つらい思いもさせてしまうかもしれないけどね。
神父さんには、ふたりさえよければと言われていたんだけど、両親への罪悪感もあってずっと言い出せなかった。
だから今回のことは、いい機会だったんだと思う。黙っていたことを、いろいろと話せたからね。
それでも、やっぱりまだ迷っていたんだ。
今日のところは、このまま帰ろうと思っていたんだけど……。神父さんの気遣いを無駄にするのも、失礼だよね」
すっと息を吸い込み、タルトさんは想いのこもった言葉を、ふたりの幼い兄妹に伝える。
「もしキミたちさえよければ、オレの家で一緒に暮らさないかい?」
タルトさんからの申し出に、さすがに驚いて顔を見合わせるマカロンくんとパルフェちゃんではあったけど。
軽く頷き合うと、真摯な目を向け続けていたタルトさんを、純真無垢な瞳で見つめ返した。
「お母さんも言ってたの。タルトおじさんは、もうひとりのお父さんみたいなものだって。……お父さんも、そうだな、って言って笑ってた」
昔を懐かしむように、パルフェちゃんはそっとつぶやく。
そして、お兄ちゃんであるマカロンくんは、今までに見たこともない真面目な顔で、こう続けた。
「えっと……、迷惑かもしれないけど、これからお願いします、タルトおじさん……じゃなかった、お父さん!」
言い終わると、相好を崩すマカロンくん。
「よろしく、お父さん!」
パルフェちゃんもそう言って、同じように笑顔を浮かべていた。
「マカロンくん、パルフェちゃん……! ありがとう……!」
タルトさんはそう震える声を響かせると、感極まって涙を流しながら、ふたりを抱きしめる。
幼い兄妹は、三年ぶりの温もりに包まれながら、溢れんばかりの笑顔を見せていた。
ふたりの瞳からは、温かな雫もしたたり落ちている。
「うう……」
あたしも思わず、もらい泣きしてしまった。
と、不意にあたしの肩に、ぽんと手が置かれる。それは、パー子さんの温かな、ちょっと大きめの手だった。
「なんだか思いも寄らない感じになったけど……。よかったね、マリオン」
「はい……!」
静かな教会の中は、新しい家族の誕生とともに、とっても温かな空気によって包み込まれていた。




