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「どうかしたのですか?」
落ち着いた神父さんの声が響く。
騒ぎを聞きつけて、様子を見に来たのだろう。
その後ろから、ひとりの年配の女性――サブレさんも、続いて歩み寄ってきた。
「神父さん!」
「モンブランディー神父!」
マカロンくんとともに神父さんの名前を言葉にしたのは、パー子さんに押さえつけられたままの男性――タルトさんだった。
その声で我に返り、パー子さんはタルトさんの体を木の幹から離す。
タルトさんは、ふ~、と息をつく。
「タルトさんではありませんか。……マシュマリオンさん、これはいったい、どうなっているのですか?」
神父さんはタルトさんから視線を逸らすと、パー子さんに一旦目線を移したあと、あたしにそう尋ねた。
「えっと、これは、その……」
「……申し訳ありません! どうやらわたしたちの勘違いで、無礼を働いてしまったようです」
おろおろとしているだけのあたしのすぐ横まで移動したパー子さんは、素早く頭を下げて謝罪した。
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場所を教会の中にあるお客様用の部屋に移したあたしたちは、椅子に腰を落ち着けて状況の説明を始めた。
神父さんがテーブルの奥側に座り、タルトさんとあたしとパー子さんが一列に並ぶように座る。
その正面にはサブレさん、マカロンくん、パルフェちゃんが座った。
まずは、いきなり加わったパー子さんのこともあるし、あたしたちのほうについて説明……というか言い訳をして、正直に頭を下げた。
「マカロンくんとパルフェちゃんを心配して、あたしがパー子さん……えっと、こちらのパルムクーフェさんに頼んで、様子を見ていてもらっていたんです」
「勘違いで、タルトさんには大変失礼なことをしてしまいました。本当にすみませんでした」
「あははは、いやいや、もういいよ。頭を上げてください」
あたしをあいだに挟んで深々と頭を下げるパー子さんに、タルトさんは笑顔で答えてくれた。
続けて、今度は自分のことを話し始めた。
「オレはタルトです。マカロンくんとパルフェちゃんとも知り合いで、この教会にもたびたび顔を出していました」
「ええ、そうですね。実に信心深くお祈りを捧げてくれています」
タルトさんの言葉に、神父さんも頷きを添える。
「ぼくたちとよく遊んでくれるおじさんだよ!」
「うん。前住んでた家の隣に住んでたの」
マカロンくんとパルフェちゃんも笑顔を浮かべながら話してくれた。
ふたりの様子からも、このタルトさんという人が不審な人物ではないことがうかがえる。
「そうだったんですか……。あたしの勘違いで、ほんとにごめんなさい!」
あたしもタルトさんに謝罪の言葉を述べる。
「もういいよ、気にしないで。……だけどね、実はマカロンくんやパルフェちゃんにも話していないことがあったんだ――」
タルトさんはそう前置きをして、さらに語り続けた。
マカロンくんとパルフェちゃんのご両親が亡くなってから、ふたりが教会に身を寄せているというのは、昨日あたしも聞いていたわけだけど。
考えてみたら、生活するために充分なお金があるはずもない。
教会だから寄付金なんかもあるかもしれないけど、失礼ながら教会の内部を見る限り、それほど余裕があるとは思えなかった。
それじゃあ、ふたりはとっても貧しい生活を送っていたのか、というと、そうでもなかった。
実は毎月、タルトさんが神父さんにお金を渡していたからだ。
つまりタルトさんは、いわゆる「足長おじさん」だったということになる。
頻繁に教会に足を運び、マカロンとパルフェちゃんを見守ってはいたけど。
ふたりのそばにまでは近づけなかった。
……罪悪感にさいなまれていたから。
マカロンくんたちのご両親が亡くなったのは、確かに事故だった。それは間違いない。
出かけた先で、崩れてきたガレキに押し潰されて亡くなった。今から三年ほど前のことらしい。
そのときご両親が出かけたのは、結婚記念日の旅行だった。
幼いマカロンくんとパルフェちゃんは、隣に住むタルトさんに任せることになっていた。
でも当日、マカロンくんとパルフェちゃんが、揃って風邪をひいてしまった。
前々から決めていた旅行だったけど、今回は諦めよう。
そう考え始めたご両親に、
「せっかくだから行ってきなよ。少し熱が出ただけだから大丈夫。オレが看病しておくから」
タルトさんはそう言って、出かけるように促した。
じゃあ、お願いします。そう言い残して、両親は出かけ、事故に遭ってしまったのだ。
もちろんそんなの、タルトさんのせいとは言えない。
それでも彼は、ずっと悔やんでいたらしい。
ため息をついたタルトさんの顔は、実際の年齢よりもかなり年老いて見えた。
もしかしたら、悩み続けた心労のためにこんなに痩せ細り、頭も白髪まじりになってしまったのかもしれない。
残されたふたりを心配して、これからもずっと養っていくつもりだと、タルトさんは語った。
ふたりを心配するあまり、頻繁に教会を訪れては、木陰に隠れて見守る毎日だったのだ。
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「そうですか……。隠れて怪しい感じだったから、あたしてっきり、指輪を狙ってるんじゃないかって思ってしまって……」
「指輪……?」
あたしのつぶやきに、サブレさんが反応を示す。
「はい。……マカロンくん、指輪、あるよね? 見せてくれる?」
「うん。ほら、これ」
あたしはマカロンくんに頼んで、指輪をポケットから取り出してもらった。
「あっ、それ! なくなったと思ってた、わたしの指輪だよ!」
マカロンくんの持つ指輪をじっくりと眺めて、サブレさんはそう言った。
ウソをついているような様子はない。
ちょっといいかい? とマカロンくんに断ってから、その指輪をはめるサブレさん。
サイズもピッタリだった。
「これ、どうしたんだい?」
「えっとね、マフィンが死んじゃうちょっと前に、どこかから拾ってきたのか、埋めようとしてたの……」
サブレさんの声に、少々怯えた様子のパルフェちゃんが答える。
「そうかいそうかい。以前、大急ぎでマフィンを焼いたことがあったから、そのときに生地の中に紛れ込んじゃったのかねぇ。それで、マフィンちゃんに食べさせたマフィンの中に入っていたと……」
「あの、おばさん! マフィンを怒らないであげて!」
マカロンくんが叫ぶ。
マフィンちゃんが食べたお菓子の中に入っていた指輪を見つけて、いわば盗んだようなものだったから、叱られるのではないかと考えたのだろう。
必死になってマフィンちゃんを庇おうとするマカロンくん。
その横では、パルフェちゃんも少し怯えたままの目で、必死に擁護を訴えかけている様子だった。
「ああ、もちろんだよ。もう諦めてたからね、見つけてくれて、ありがたいくらいさ。天国のマフィンちゃんにも、お礼を言わないとね」
サブレさんはお母さんのような口調で答えながら、優しくマカロンくんとパルフェちゃんの頭を撫でていた。




