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「マフィン、今日もサブレおばさんが焼いてきてくれたよ。お食べ……」
「ぐすっ……天国でも、美味しく食べてくれるかなぁ……?」
「うん、きっと食べてくれるよ」
あたしはマフィンちゃんのお墓の前で、マカロンくんとパルフェちゃんの横に並んで手を合わせていた。
マフィンちゃんのお墓には、今日はお菓子のマフィンが供えられている。
教会によく足を運んでいるサブレさんという人が、マカロンとパルフェちゃんに焼いて持ってきてくれるらしい。
そしてそれを、犬のマフィンちゃんも大好きだった。
最初にマカロンくんとパルフェちゃんが犬を拾ってきたとき、ちょうどそのサブレさんがいた。
そのときもマフィンを焼いてきていたため、サブレさんはそれを犬にあげた。
マカロンくんたちは、美味しそうに食べる犬の姿を見て、まだ名前のなかったその犬にマフィンという名前をつけ、そのまま教会で飼うことにしたのだという。
サブレさんは今、教会でお祈りをしている。
もちろん神父さんも教会の中だ。
今このお墓の前にいるのは、マカロンくんとパルフェちゃんの他には、あたしだけだった。
昨日パルフェちゃんがはめていた指輪は、今日は外すように言ってある。
だからといって、どこかに置いておくのも危険かもしれない。
というわけで、お兄ちゃんであるマカロンくんがポケットに入れてしっかり守っている。
あたしが預かっておくほうがよかったのかもしれないけど、他人であるあたしに渡すのも不安だろうと思い、そのように指示した。
ふたりのそばから離れなければ、きっと大丈夫なはずだ。
周囲に神経を向けながら、あたしはふたりとともにマフィンちゃんへのお祈りをし、お墓の周りの掃除なんかをしていた。
今日もあたしが来るのは、仕事として。
ふたりにはそう言ってある。
その理由は、お墓の周りをもっと綺麗にして、天国のマフィンちゃんに喜んでもらうため、と伝えた。
怪しい人に狙われているかもなんて、言えるわけがないもんね。
辺りは静寂に包まれていた。
お墓が立ち並ぶ教会の墓地を、生温かい風が吹き抜ける。
敷地内には、お墓だけではなく、まばらにではあるけど木々も生えていた。
木の葉が揺れるさらさらという音だけが、今のあたしたちを包み込んでいた。
と、そのとき。
ふと視界の隅に映っていた木の陰で、なにかが動いたような気がした。
気のせいかな?
いつものあたしなら、そう思っていただろう。
でも今日は、最初から周囲に目を向け、幼い兄妹に危険がないよう注意していたのだ。
――誰か、あそこにいる! きっと昨日も感じた視線の人だ!
ごくり。
あたしはツバを飲み込み、すぐ横にいたマカロンくんとパルフェちゃんを引き寄せると、ぎゅっと抱きしめた。
「え? お姉ちゃん?」
「どうしたの~?」
きょとんとした目で見つめ返すふたりの温もりを感じながら、あたしは顔を伏せ、上目遣いで髪の毛のすき間から目を向け続けていた。
木の陰に身を潜めつつ、じわりじわりと近づいてこようとしている、怪しい人影に――。
あたしが兄妹ふたりを抱きしめたのは、そんな怪しい人影を見せないためでもあった。
人影は明らかに、こちらに近づいてきている。
おそらく、マカロンちゃんとパルフェちゃんを狙っているに違いない。
緊張で額に汗がにじむ。
――早く……、お願い……!
あたしが願うのと同時に、怪しい人影のさらに背後から、もうひとつの人影が飛び出してきた。
すかさず腕を伸ばすと、慌てて逃げようとする人影を押さえつけにかかる。
飛び出してきたのはパー子さんだった。
あたしがマカロンくんやパルフェちゃんとともに、マフィンちゃんに祈りを捧げているあいだ、離れた場所に隠れて辺りを警戒しておいてもらう。
もし怪しい人がいたら、それを確認してもらう。
マカロンくんたちに危害が及びそうだったら、助けに出てきてもらう。
昨日、事務所で話したあと、そういう作戦を練っていたのだ。
パー子さんは学生時代に空手をやっていたらしく、任せといて、と胸を張っていた。
最初から一緒にいてもらわなかったのは、マカロンくんたちに余計な心配をかけたくなかったからだ。
もしかしたら、あたしの気のせいかもしれなかったわけだしね。
「こら、観念しろっ!」
空手で鍛えた身のこなしで上手く立ち回り、押しのけて逃げようとする人影の腕を完全に決め、木の幹に押しつけるパー子さん。
「くっ、痛たたた……」
パー子さんから強く押さえつけられ、うめき声を上げているのは、服装の感じも含めて考えると、三十代の後半くらいの男性だろうか。
かなり痩せた体と、微かに白髪がまじり始めていることから判断すると、もっと上なのかもしれない。
その男性にも、自分を押さえつけている相手が女性だというのはわかっただろう。
だけど力の差は歴然、とうてい敵わないことも、どうやらすでに悟っているようだ。
完全に観念した男性は、もう抵抗する様子はなくなっていた。
あたしは、大丈夫そうだとは思っていたけど、人任せにばかりもしていられないと、男性を押さえつけているパー子さんのもとへと駆け寄った。
さすがに近くでこんなことが起これば、マカロンくんとパルフェちゃんもそちらに目を向けてしまうのは避けられない。
あたしに続いて幼い兄妹もパタパタと走ってくる結果となった。
☆☆☆☆☆
木の幹に押さえつけられた男性を目にして、マカロンくんとパルフェちゃんは驚いている様子だった。
そうだよね、変なおじさんに狙われてたってことだもんね、そりゃあ、びっくりするのも当然だよね。
なんて考えていたあたしをよそに、マカロンくんが放ったひと言。
「あれ? タルトおじさん?」
その言葉に、今度はあたしとパー子さんがびっくりする番となってしまった。




