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「あ、あのっ、ショコたんは……?」
あたしは事務所に戻るなり、優しい笑顔を向けて迎えてくれる主婦さんに尋ねた。
「あらあら、社長はついさっき、出てしまいましたわ」
「マリオン、どうしたの? 仕事を終わらせて帰ってきたんじゃないの?」
事務所には主婦さんの他に、パー子さんもいた。
主婦さんはいつもどおり、のほほんとした声を返すだけだったけど。
パー子さんはあたしの様子を見て、心配そうに声をかけてきてくれた。
その他のみんなは、まだ仕事から戻ってきていないようだ。
それにしても、もう暗くなった時間だというのに、ついさっき出かけたなんて。
実年齢はともかく、あの幼い容姿じゃあ、とても危ないような気がする。
なんて言ったら、ショコたんから怒鳴りつけられるだろうな。
お団子クラッシュをお見舞いされちゃうかも。
と、そんなことを考えてる場合じゃないんだっけ。
「その仕事なんですけど……。勝手なことをして申し訳ないとは思うんですけど、ショコたんに一日延長をお願いしたかったんです。でも、いないのかぁ……」
あたしはため息をついて肩を落とす。
「あら、そうだったんですか。でも、困りましたわね。社長、今日はお得意先からお呼ばれで、戻らない予定なんですよ」
「ふえぇ~、泊りがけでお仕事なんですか? ショコたんも大変なんですねぇ~」
「うふふふ、お仕事と言えなくもないですけれど。実際には夜通し飲み明かす宴会に呼ばれただけですわ」
「なんかさ、ショコたんが酔っ払うと、場が盛り上がって楽しくなるっていうんだよね」
主婦さんはやっぱりのほほんとした声のまま、あたしに説明を加えてくれたのだけど。
一方のパー子さんのほうは、呆れたように肩をすくめていた。
「ともかくマリオンさん、紅茶を淹れますから、落ち着いて話してみてください。お仕事なんですからあまり勝手なことは許されませんが、場合によっては臨機応変な対応も必要だと思います。わたくしたちでも、なにかお役に立てるかもしれませんわ」
「主婦さん……」
優しく諭してくれる彼女の声を受けて、あたしは椅子に腰かける。
そんなあたしに微笑みを残し、主婦さんは紅茶を準備するために席を立った。
「さすがですよね、主婦さん……。大人っぽくて素敵です……」
「ははは! でもあの子、結構気にしてるから。ババくさいってこと。だから、大人っぽいって言い方も、避けておいたほうが無難だよ」
あたしのつぶやきが聞こえていたようで、パー子さんが声を潜めてそう言った。
「ええっ? くさくなんてないですよ、主婦さん。とってもいい匂いです」
「いや、実際の匂いとかじゃなくて……。マリオンあんた、どこまで天然なのさ」
「や……やだなぁ、パー子さん! 冗談に決まってるじゃないですかぁ~!」
……もちろんあたしは、冗談というわけじゃなく本気でそう思ってたんだけど……。
はう、あたしって天然……なの……?
……って、そんなことで沈んでる場合じゃないんだってば!
紅茶を用意してきてくれた主婦さんが席に着くと、あたしは今日の依頼のことと、そして妙な視線を感じたことをふたりに話した。
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「確かに、心配ですわね……。もしその指輪が高価なものだとしたら、それに目をつけた人が狙っている可能性もありますわ」
「だけどさ、マリオンを疑うわけじゃないけど、視線を感じたってだけじゃ、たまたま通りかかった人が見ていただけってこともありえるんじゃない?」
「そ……それは、そうですけど……でも……」
あたしは、認めてもらいたくて、だけどどう言ったらいいかわからなくて、自然と涙がこぼれそうになっていた。
「マリオン……。わたしはべつに、あなたを責めてるわけじゃ……」
「わかってます……。でも……心配だから明日も行くって、マカロンくんとパルフェちゃんに約束してきちゃったんです……」
そう、あたしは許可も受けずに、約束してしまったのだ。
ふたりのことが、どうしても心配だったから……。
できれば教会に泊まり込んででも、ふたりのそばにいてあげたい。そこまで思っていたくらい。
それを話したら、パー子さんからすかさず否定された。
「ダメだよ。さすがに迷惑になる。神父さんにも変な視線のことを話してきたって言ったよね? だったら大丈夫。神父さんがいる教会で幼い子供を狙うなんてこと、誰もしないよ」
「……そう、ですよね……」
内心では、神様なんて信じない人たちだっているはずだし、絶対安全とは言いきれないっていう思いもあったけど。
それでも、パー子さんが意地悪で言っているわけじゃないのは、あたしにだってわかっている。
そんなあたしたちの様子を、主婦さんは紅茶をすすりながら見つめていた。
「うふふ、でも心配なんですわよね?」
きっと、あたしの気持ちなんて手に取るようにわかっているのだろう、彼女は優しく問いかけてきた。
あたしは黙って頷く。
「わかりました。今日はもう遅いですから神父さんにお任せするとして、明日は行ってあげてくださいな。社長にはわたくしから伝えておきますわ」
「……主婦さん……!」
主婦さんの言葉に、あたしは喜びで震える声をしぼり出す。
「うん、それがいいね」
パー子さんも賛成の言葉を重ねてくれた。
「主婦さんは受付と事務の仕事があるけど、わたしは明日、仕事がなくて待機しておくように言われてる。だからマリオン、明日は一緒に行こう。あなただけじゃ、心配だからね」
「パー子さん……!」
信じてくれただけじゃなく、一緒に来てくれるとまで言ってくれるパー子さん。
椅子から立ち上がったあたしはそのまま彼女の胸に飛び込んで喜んだ。
「わっ、ちょっとマリオンってば!」
パー子さんは笑いながら、あたしの頭をぐしゃぐしゃと撫で回してくれた。
……だけど考えてみたら、待機しておくように言われてるいのに、あたしと一緒に来ちゃっていいのだろうか?
そう尋ねると、ふたりは顔を見合わせ、笑いながら楽しそうに言い放った。
「大丈夫だよ。明日はショコたん、どう考えても二日酔いで一日中寝てるはずだから」
「ええ。ですからわたくしが、言葉巧みに社長を言いくるめてしまいますわ! うふふふふ!」




