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「マフィン……うう……」
「ぐすっ、うぇ~ん、マフィン~……」
「ふぇ~…………ぐすっ」
教会の敷地内、多くのお墓が並ぶ片隅に作られた小さな盛り土。
その土の山には、細長い木の板が立てられ、こう書かれてあった。
「マフィンのおはか」
朝になって突然仕事を言い渡されたりすることもあるけど、通常、前日までには仕事の内容が伝えられている。
今回も昨日のうちに、この依頼に関する書類を渡されていた。
あたしに任された仕事は、死んでしまったマフィンちゃんのために一緒に泣いてほしい、というものだった。
依頼人はマカロンくんとパルフェちゃんの兄妹。
マフィンというのは、ふたりが飼っていた犬の名前だ。
兄のマカロンくんは十歳、妹のパルフェちゃんは八歳という、幼い兄妹からの依頼。
――仕事として引き受ける以上、報酬はしっかりといただく。
ショコたんはそう言っていたけど。
――お小遣いでこつこつと貯めたのか、少々薄汚れた銅貨だったがな。
微笑みを浮かべながらの言葉に、受け取った依頼料は破格の安さだったことがうかがえた。
しかも、移動時間も考慮すれば一日仕事となる依頼だ。
こうやって今お祈りしているマフィンちゃんのお墓だって、あたしとふたりの兄妹で一緒に作ったわけだし。
だけどショコたんは、この依頼を引き受けた。
会社を運営する側としては、ほとんど儲けにならない依頼ということになるし、正直に言えば痛いところだろう。
それでも引き受けたショコたんの気持ちは、あたしにもよくわかった。
この兄妹は昨日、依頼料をぎゅっと握りしめながら、ティアーズマジックの事務所を訪れたらしい。
そのときによどみのない純粋なふたりの瞳を見たショコたんは、採算なんか度外視して、依頼を受けることにしたのだろう。
お墓を作っていたこともあり、辺りの景色はもうすっかり、夕陽の赤色に染め上げられていた。
両手を合わせ、幼い兄妹と一緒に涙を流しながら祈りを捧げる。
「ぐすっ……。お兄ちゃん……マフィンは天国に行けたかなぁ……?」
「きっと、行けたはずだよ。ね? お姉ちゃんも、そう思うよね?」
「……ぐすっ、うん、こんなにふたりが想ってるんだもん。絶対に天国から、ふたりを見守ってくれてるよ」
あたしは涙を止められないまま、同じように涙でぐしゃぐしゃな顔をしているマカロンくんとパルフェちゃんをそっと抱きしめた。
☆☆☆☆☆
これが仕事だなんてことはすっかり忘れて、あたしはふたりと一緒に涙を流していた。
犬のマフィンちゃんが元気に駆け回っていた姿を、あたしは知らない。
お墓を作るときに埋めた、マフィンちゃんのなきがら。
あたしが見たのは、そのピクリとも動かない、横たえられたマフィンちゃんの姿だけだった。
とはいえ、マカロンくんとパルフェちゃんが本当にマフィンちゃんを大切に想っていたのは、そしてそのマフィンちゃんが死んでしまって心の底から悲しんでいるのは、痛いほどに伝わってきた。
だからこそ、あたしも本気の涙をこぼすことができたのだろう。
「……お姉ちゃん、今日は来てくれてありがとう」
「ありがとう~」
ぺこり。
ふたりともあたしに向かって頭を下げる。
その言葉で、あたしはこれが仕事だったことを思い出した。
「ううん、いいのよ」
答えながらも、そろそろ帰らないといけない時間だな、と考え、そう伝えようとした、その刹那。
ふとパルフェちゃんの指に光る指輪が、あたしの目に留まった。
「あら? その指輪、綺麗だね。……お母さんのかな?」
八歳の子の指には不釣合いな、ちょっと高価そうな指輪に、あたしは思わず質問していた。
「違うよ。ぼくたち、お母さんいないもん」
「え……?」
パルフェちゃんの代わりに答えたマカロンくんの言葉を聞いて、あたしの顔から笑みが消える。
どうやらマカロンくんとパルフェちゃんは、事故で両親を亡くして以来、ふたりだけで生活してきたらしい。
家賃が払えず、両親の住んでいた家には住み続けることができなかった。
ふたりは神父さんのご厚意を受け、この教会に寝泊りさせてもらっているのだという。
「そう……だったんだ……」
神父さんが助けてあげているとは思うけど、こんな小さな子が、たったふたりだけで生きているなんて。
それはあたしには想像もつかないくらい、大変なことだろう。
でもこの幼い兄妹は、そんなことを全然感じさせなかった。
……強いんだな……。
あたしも、もっとしっかりしなきゃ。
ほろりと、また涙が溢れてきそうになった、ちょうどそのとき。
…………?
なんか、変な感じ……。
これは……視線……?
あたしは周囲を見回してみた。
そろそろ夕陽も沈み、宵闇が広がり始めている。
薄暗い墓地。
それでも確かに、あたしは視線のようなものを感じていた。
…………。
嫌な、胸騒ぎ。
ねっとりと湿り気を含んだ風が辺りを包み込む。
――ふふふふふ……。
風の精霊さんの微かに笑っているような声が、静かな教会の墓地にたたずむあたしの耳に届いた気がした。
まるで、あたしが不安に感じているのを、面白がっているかのように。
「ねぇ、その指輪って、どうしたの?」
「えっ? んっと、マフィン、キラキラしたのを集めるのが好きみたいで、これもお気に入りの場所に埋めようとしていたのを、見つけたの……」
マフィンちゃんが残したものだからという思いが強いのか、あたしが指輪を取ろうとしていると勘違いしてしまったのだろう。
パルフェちゃんはその指輪を隠すようにしながら、ちょっと震えた声で答える。
「そう……」
さっきの視線が気にはなったものの、もうそろそろ帰らないといけない時間になっていた。
あたしはふたりを教会まで送り届けると、神父さんにも挨拶をしてから、会社の事務所へと戻った。
――ふふふふふ……。
風の精霊さんの笑い声は、事務所に着くまでのあいだずっと、耳にこびりついて離れなかった。




