-1-
ティアーズマジックに入社してからのあたしは、会社のみなさんに優しくしてもらいながら仕事をこなしていた。
そんな中で、唯一ベティさんだけはちょっと、あたしのことを快く思っていない様子だった。
あたしとしては、年齢も一番近いしもっと仲よくなりたいなと、ずっと思っていたのだけど。
一緒に任せてくれたショコたんのお陰と言えるのかな、前回のお仕事で、あたしはベティさんと随分仲よくなれたと思う。
以前と比べたら格段に会話も増えたし、お仕事中以外でも一緒に買い物に行ったりまでするようになった。
それなのに……。
どうしてなのか、ベティさんは以前とあまり変わらず、あたしに対して嫌がらせをしかけてくる。
なんでそんなことするの~?
思わず口から飛び出した質問に、ベティさんから返ってきたのは、あたしの反応を見るのが楽しいから、という答えだった。
うう~……。そんな面白半分でいじめないでよぉ~……。
そして今日も、あたしを怒鳴りつけてくるベティさんの声が、事務所に響き渡る。
「ちょっとマリオン! あんた、またあたいのカップで飲んだでしょ?」
「ふえっ?」
ああ、またいつもの嫌がらせが始まるのかな、なんて思ったら、今回はちょっと違っていたみたい。
あたし自身のドジのせいだから、文句を言われても仕方がないよね。
そう考えていたはずなのに、あたしの口からは、言い訳染みた言葉が飛び出していた。
「……あ~、その、ごめんなさい、また自分のを落として割っちゃって、お客様用のは今日も使うかもだからと思って……」
「だからって、なんであたいのを使うのよ! どうせ来るのが遅いショコたんのとかでいいじゃないの! あの人なら、洗わないで汚れたままだって構わないくらいなんだし!」
「え……、だって、一応仮にも社長だから……。ここはベティさんのを拝借するしかないわって……」
「だから、どうしてそうなるのよ!」
「はうう、頭を両側からぐりぐりしないでください~、馬鹿力で潰れちゃいます~!」
「この状況でそんなことを言うなんて、あんた、いい度胸ね! お望みどおり、耳から脳みそぶちまけてやろうかしら!」
あたしとベティさんの言い争いは、ある意味事務所の朝の名物みたいになってはいたのだけど。
そこへ、ゆら~りと効果音がつきそうなドス黒い雰囲気で、あたしたちの背後から現れた人影が――。
「朝から元気だな、お前たち」
そう、それはショコたんだった。
『あっ、おはようございます!』
突然の社長さんの登場に、あたしとベティさんは声を合わせて挨拶をする。
でも、ショコたんは不機嫌そのもの。
いったい、どうしたのだろう?
首をかしげるあたし。
「われはどうせ来るのが遅いがな。だが、カップを洗っていなくても構わないなんてことはないぞ? とても綺麗好きなのだよ、われは」
あ……さっきのベティさんの言葉……。
そっか、あの言葉で怒ってるんだ、ショコたん。
だけど、一番の下っ端であるあたしは、みなさんのお部屋の掃除もしているんだけど、ショコたんのお部屋はいつもすっごいことになっている。
あれで綺麗好きだなんて、ショコたんは冗談を言ってるのかな?
なんて余裕をかましていたら、怒りの矛先はあたしにまで向けられてしまった。
「マリオン、なにを自分は無関係みたいな顔をしてるんだ? おまえも同罪だ」
「ほえっ?」
「一応仮にも社長だから、とか言ってたよな? 一応仮にもって、なんだ?」
「はううっ!」
「ふたりとも、われのお団子クラッシュを食らいたいってことか?」
お団子クラッシュ――それは左右にまとめたお団子状の髪を使った側頭部の頭突きで、ショコたんの必殺技だ。
あたしとベティさんは、冷や汗を浮かべながら顔を見合わせて、首をぶんぶんと左右に振る。
「どっちも今日の仕事の指示があっただろう? こんなところで騒いでるヒマがあったら、さっさと行ってこい!」
『は……はいっ!』
ショコたんに怒鳴られたあたしとベティさんは、声を揃えて返事をし、足を揃えて事務所を飛び出すのだった。
☆☆☆☆☆
「ふう、驚いたわね」
「まったくです~」
あたしは途中までベティさんと一緒に喋りながら、依頼人との待ち合わせ場所に向かっていた。
今回の仕事はそれぞれ別々だけど、待ち合わせ場所は途中まで同じ方向だったのだ。
「ショコたんって怖い人ではないけど、やっぱり威厳はあるんですよね~」
「威厳っていうか、迫力、かしらね。ま、もっとも今日は……」
「あっ、ベティさんも思ってました?」
「ええ、もちろん」
あたしとベティさんは、目を合わせてくすりと笑うと、
『起きたばっかりで、寝グセがすごかった!』
声を揃えて、失礼にも社長であるショコたんの悪口を叫ぶ。
ショコたんに聞かれていたら大変なことになりそうだけど。
こんな軽口を言い合える間柄。やっぱりベティさんとは、仲よしになれているんだ。
あたしはそう実感しながらベティさんと別れ、依頼人のもとへと急いだ。
よし、今日も一日頑張るぞ!




