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「ベティ、マリオン、ただいま戻りました!」
「ただいまです~!」
依頼人の家から出たときには不満しかなかったはずなのに、事務所のドアを開けたあたいは満足感でいっぱいだった。
明るい声を響かせてマリオンとふたりでドアをくぐって事務所に入るあたいに、出迎えてくれた主婦さんとパー子さんが目を丸くしていた。
「あらあら、いつの間にか仲よしさんになられたんですのね~」
「まさか出かける前まではあんなだったのに、一日にしてこうも変わるなんて。マリオン、どんな魔法を使ったの?」
もうかなり遅い時間になっていた。他の人は部屋に戻っているのだろう。
「あはっ、あたしはなにもしてません。ベティさんはもとから、優しい人なんですよ!」
出迎えのふたりの言葉を受けて、マリオンは笑顔を返しながらそう答える。
まったく、この子は……。
こういうことを素で言えちゃうんだから、相当よね。
とそこへ、奥のドアを開けて事務所へと足を踏み入れてくる影が加わった。
「はっはっは、お疲れさん。仲よくお手てつないで帰ってきたか?」
「ショコたん!」
あたいは彼女の顔を見るなり、今回の依頼に関する不満が再燃し、大声で怒鳴りつけた。
「ん? ベティ、どうした?」
まったく怯む様子もなく、ショコたんは涼しい顔であたいを見据える。
お子様体型なくせして、目つきは鋭いのよね、この人……。
思わず自分のほうが怯んでしまっていることに戸惑いながらも、あたいは怒りをぶつけ続ける。
「今回の仕事のことです! どうしてあんな変な奴の依頼なんて受けたりしたんですか!? 絶対おかしい趣味の男でしょ、あいつ! メイドの格好までさせられて、ツンデレがどうのこうのとか、もうわけわかんなかったわ!」
こちらの戸惑いを悟られないよう、一気にまくし立てるあたいに、ショコたんはひと言。
「え~~~~? ショコたん、わっかんなぁ~~い!」
ぴょこっと、可愛らしく首をかしげる。
出た! 十八番の、お子ちゃま変化だ!
……確かに可愛いし、うるうるした目もらぶりぃではあるのだけど。
ゲシッ!
あたいは容赦なく蹴りを入れてやる。
「三十二歳にもなって、なにやってんですか!」
「痛たたたた……。われのちょっとしたお茶目だというのに、ベティは容赦ないな……」
「ショコたんが悪いんでしょ!? だいたいねぇ……」
「まぁ、聞け」
あたいがさらに文句を続けようとするのを、力強い目線で制する。
そして、またいつもの言い争いが始まったと期待すら感じられるような視線を向けている主婦さんやパー子さん、突然の口ゲンカに焦っておろおろしているマリオンが見守る中、ショコたんは語り始めた。
☆☆☆☆☆
――ベティ、マリオン、それに他のふたりも、心に留めておいてくれ。
うちの会社に仕事を頼んでくる依頼人には、いろいろな人がいる。
立場上どうしても泣けない人が、自分の代わりに泣いてくれる人を求める場合もある。
悲しみを自分ひとりの胸のうちでは処理しきれず、一緒に泣いてくれる人を求めている場合もある。
泣きたいのを我慢して生きている人を見かねた友人が、思いきり泣かせてあげたくて依頼してくる場合もあるし、
逆に絶対泣かないと決めた者同士が、相手を泣かせるために依頼してくるという場合だってある。
最後の例だと、断る可能性が高そうに思えるかもしれないがな。
ただ、依頼の電話やメールだけで、簡単に判断していいものではないと、われは思うのだ。
人はみな、自分の人生を精いっぱい生きている。
生まれたくて生まれてきたわけじゃない、と考える者もいるかもしれないが。
それでも、生まれてきてしまったからには、誰しもが必死に生きている。
他人から見たら、のほほんとなにも考えずにのうのうと暮らしているようにしか思えない人でもだ。
人間にとって、涙は悲しみを洗い流す魔法のようなもの。
とくに女性の涙には、その魔法の力が強く現れると言えるだろう。
だからこそ、この会社の社員は、ほとんどが女性で構成されているわけだからな。
確かに今回依頼されたのは、ツンデレな女の子の涙が見たい、などというふざけた内容ではあった。
だが依頼人の心には、表面からは見えない奥に隠された悲しみがあるのかもしれない。
その悲しみをおまえたちの涙で洗い流してあげられたら、それは素晴らしいことだと思わないか?
実際に、ただ変な趣味趣向を持った奴が、自分の欲求を満たすためだけに依頼してくることもあるのは事実だが。
依頼の内容は毎回、われが細かく吟味している。
今回はわれの一存でそのまますぐ、ベティとマリオンに仕事を割り振ったが、通常なら主婦さんにも意見を聞いてから受けるかどうかを決めている。
決してなにも考えずに引き受けているわけではないのだ。
依頼人の気持ちになって、自分にはいったいなにができるのか、しっかりと考えて行動するように心がけてくれたまえ――。
☆☆☆☆☆
「は……はい、わかりました!」
マリオンは素直に頷いていたけど。
あたいにはどうも、しっくりこない部分があった。
「……今回はショコたんの一存で、すぐにあたいとマリオンに仕事を割り振ったって言いましたけど、それってどうしてだったんですか?」
質問を投げかけると、明らかに「しまった、気づかれたか」的な顔をするショコたん。
さっきの話にしたって、それっぽいことを並べ立てて煙に巻いてしまおう、という雰囲気がありありとうかがえたし。
ショコたんはため息をひとつ吐き出すと、観念したように言葉をつなげた。
「はっはっは、実は今回の依頼人はこの建物のオーナーの息子でな……。断ると追い出されかねんし、ちょうどツンデレ娘もいたから、受けておくかと……」
「ショコたん! やっぱりあなたは! ……っていうか、ツンデレ娘ってなんですか!? あたいはそういう立ち位置なんですか!?」
文句をわめき散らすあたいの声を聞いて、あらぬ方向からのツッコミが入った。
「あらあら、今まで気づいておりませんでしたの?」
「気づいてないからこそ、いいんじゃない?」
それは主婦さんとパー子さんだった。
当然ながらそれを聞いて、あたいは頭に血を上らせる。
「ふざけんな~~~!」
「待て待て、暴れるでない。だいたい会社としては、お客様は神様なのだからな、無下に依頼を断ったりはなかなかできんのだ」
「だからって、こんな依頼なんて!」
「ま、ボーナス査定には大幅なプラスになるわけだが……。それくらいでは納得できないか?」
ピタッ。
ぽそりとつけ加えられたショコたんのひと言に、あたいの怒鳴り声は一瞬にして止まる。
「……ふん、ま、仕方ないわね。もう過ぎたことだし、これ以上うだうだ言わないことにするわ」
「うわっ、ベティさん、現金です……」
マリオンがあたいの声を聞いて、そんなつぶやきを漏らした。
それを聞き逃すあたいではない。
「マリオン、うっさい! そんなこと言う奴は、こうだ!」
すかさず彼女の首に腕を絡め、がっしりとヘッドロックを決める。
「きゃう、痛いです~! 首がぁ~! もげちゃいますぅ~!」
「もげるか!」
じゃれ合うようなあたいとマリオンに、残りの三人は心から楽しそうな笑顔を浮かべていた。
――はっはっは、どうだ? 今回の依頼で得たものも、あっただろう?
とでも言いたげなショコたんの視線だけは、なんだかとってもムカついたけど。




