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もらい泣きだったのか、入社当時を思い出しての涙だったのか、それはわからない。
だけど、あたいが涙を流したのは紛れもない事実だった。
思いも寄らなかった涙に、一番驚いていたのは当のあたい自身だろう。
だからこそ、なんだか恥ずかしくなって、あたいはすぐに涙を拭い、見られないように目を伏せたのだけど。
それなのに……というよりも、それを待っていたとばかりに、クラッカードさんが歓喜の声を上げた。
「シャーベッティーさん! いやぁ~いいね! 実にいいよ!」
「な……なによ、いったい!?」
突然手を叩いて喜び始めたクラッカードさんに、あたいは困惑を隠せない。
そりゃあ、あたいらの会社は泣いてほしい人が仕事を依頼するわけだけど。
今までだって散々、マリオンが泣きべそをかきまくっていた。
マリオンの場合、失敗して泣いていたのだから、しっかりと仕事をこなしていたとは言いがたいかもしれないけど、それでもクラッカードさんは満足そうだった。
ま、女の子にメイドの格好をさせて、涙を流して謝ってもらえるのが嬉しいんでしょ。マリオンがこんな調子だし、今回のあたいはマリオンが泣きやすいようにしてあげればいいわね。
なんて考えていたのに。
クラッカードさんは今、マリオンが泣いているのを見たときとは比べものにならないほどの、歓喜の表情を浮かべている。
いったいなんだというのだ、この男は。
マリオンだけじゃ飽き足らず、せっかくふたり呼んだんだから、ふたりとも涙を見たい。
そういった考えなのかとも思ったけど、どうやらそうではなかったようだ。
クラッカードさんは、拍手をし続けながら、こう言い放った。
「いや~、キミみたいなツンケンした子が涙を流すところが見られて、ほんとによかったよ!」
そしてそのまま、あたいの両手をがっしりと握りしめ、いや~よかったよかったと何度も繰り返す。
「なっ……!? あ……あたいは、べつに、ツンケンなんてしてないでしょ!?」
「あっはっはっは!」
あたいの反論にも、笑い声を返すのみ。
さらにクラッカードさんは、こんな言葉を続けた。
「そういう自覚のないところも、実にいい! これでやっと、依頼を果たしてもらえたね!」
「…………はぁ!?」
あたいはわけがわからず呆然として、ただクラッカードさんを見つめ返すことしかできなかった。
……しっかりと握らている両手を払いのけることすら忘れたまま――。
☆☆☆☆☆
どうやら最初っから、そういう依頼だったらしい。
つまり、ツンデレな女の子にメイドになってもらって、最後にほろりと涙を流してもらえたら最高、とかなんとか。
クラッカードさんから詳しく話を聞いて、あたいは思わず眉根を寄せていた。
そんな変な依頼で、変な男の欲求を満たすために、あたいらは働いているのか?
否! そんなわけはない!
ふつふつと怒りが沸騰してくる。
ショコたんはなんだってこんな依頼、受けちゃったのよ!?
ティアーズマジックは、こんな奴らを満足させるための会社じゃないでしょうに!
しかもあたいの神経を逆撫でするように、
「これからも、キミのツンデレな涙を見せてほしいな!」
クラッカードさんは、笑いながら再び手を握ろうとしてくるし。
「絶対イヤだわ! 願い下げよ!」
「う~ん、そんなつれないところも、最高!」
あたいが冷たくあしらったところで、こんな感じで余計に熱を帯びていく。
もう、呆れて言葉も出なくなってしまった。
それだけならまだしも、困惑気味のあたいの様子を、マリオンが微かに笑いながら見てるってなによ!?
ここまでくると、どう考えても八つ当たりとしか思えないけど。
完全に冷静さを失ってしまっていたのは、自分でも認めるわ。
ともかくあたいは、それからも冷たい言葉と視線をクラッカードさんに向け続けた。
それでも、彼はへらへらと笑っているだけだった。
……アホか、こいつは。
終始そう思い続けるうちに、あっという間に時間は過ぎ、今回の依頼は終了した。
☆☆☆☆☆
クラッカードさんのお屋敷から帰る道すがら。
まだムカムカと胸の中に怒りをくすぶらせたままのあたいに、マリオンが話しかけてきた。
「いろんな人がいますよね~」
「そうね。まったく、変な人だったわ」
あんな依頼人のことなんて思い出したくもなかったけど、あたいは素直にマリオンの言葉に相づちを打っていた。
でも、
「だけどちょっと、可愛かったです」
「はぁ!? あんた、なに言ってんの!? キモいだけじゃん、あんな男!」
マリオンの口からこぼれた感想に、思わず立ち止まり大声を上げてしまった。
この子、変わってるとは思っていたけど、男性の好みまで変わってるのかしら。
などと考えていたら、
「いえ、ベティさんがですよ」
ふふふっ、と嬉しそうに笑いながら、マリオンはそんなことを口走った。
「えっ……!? な……なに言ってんのよ、あんたは!」
不意打ちを食らって思わず真っ赤になってしまう。
そんな顔を見られたくなかったあたいは、街灯が照らし出す夜の遊歩道を勢いよく駆け出した。
「あっ、ちょっとベティさん、待ってくださいよぉ~!」
パタパタと足音を立て、慌てて追いかけてくるマリオン。
あたいは涼しい夜風を身に受けながらも、心の中は温かくなっていた。
……後輩、か。不思議なものね。
今回の依頼を終えて、あたいの中のマリオンという存在が、確実に変わった気がした。
泣き虫ではあるし、生意気なことを言ったりもするけど、この子はこの子で頑張ってるんだ。
いつの間にか、あたいはマリオンを、新たな仲間として受け入れていた。
……もしかしてショコたん、最初からそれが狙いだった……?
…………。
……まさかね。




