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明るい団らん風景。
マリオンは嫌がる様子も見せず、クラッカードさんとの会話を楽しんでいるようだった。
メイド衣装を着せたり、可愛いからいいじゃんとか言ってたり、失礼かもしれないけど、一般的な目線で見るとちょっと気持ち悪いというか、引いてしまうような男性だというのは否めないだろう。
あたいは仕事として割りきっているから、そんなことを考えているような素振りはまったく見せていないはずだけど。
おそらくマリオンの場合、本当に全然気にしてないんだろうな、って感じ。
あたいはあまり積極的に話してはいないけど、相づちを打ったり、たまに笑みを浮かべたりしながら、ふたりの会話をぼーっと聞いていた。
テーブルの上には、あたいが作った料理が並べられている。
意外と思われてしまうことが多いけど、あたいは結構、料理の腕には自信がある。
マリオンのせいで盛りつけは微妙になってしまったものの、クラッカードさんには喜んでもらえているみたいだ。
ま、料理を作ったあたいとしても、笑顔で食べてもらえているのだから悪い気はしない。
さっきあたいが自分の料理を自分で運んできたのは、べつに自分の料理だけ綺麗にしたかったわけじゃない。
逆に、マリオンの盛りつけよりも綺麗にならないよう、かなり微妙な盛りつけ方にしておいた。
盛りつけはマリオンに全部任せるつもりだったけど、クラッカードさんが思いのほか早く食卓に来てしまったため、急ぐ必要があったのだ。
マリオンに任せていたら、汚い上に時間もかかってしまうからさ。
それにしても……。
あたいは、クラッカードさんと話しているマリオンに目を向ける。
マリオンってば、本当に楽しそうに話してるわね~。
彼女の笑顔をぼけーっと眺めていたあたいは、どういうわけだか、まだティアーズマジックに入社しばかりの頃を思い出していた。
☆☆☆☆☆
あたいがティアーズマジックに入社できたのは、社長であるショコたんとの偶然の出会いがあったからだ。
もともと人と群れを成したりするのが苦手だったあたいは、学校でもひとりでいることが多かった。
べつに友達がまったくいなかったというわけでもないのだけど。
ただ、卒業したあとでも会っているような人がいなかったということは、本当の意味での友達なんていなかったのかもしれない。
この国では留年した場合を除けば十五歳で学校を卒業する。
とはいえ、無事に卒業できたことが幸せだったのか、当時のあたいにはよくわからなかった。
就職先が決まっていなかったからだ。
適当にアルバイトでもしながら、最低限の生活だけできればいいか。
そんな軽い気持ちでいたのも事実だった。
でも、そんなアルバイトですら、なかなか見つからない。
あたいの性格にも問題はある。それは自分でもよくわかっていた。
納得できないことがあると、強い口調で反論してしまうのだ。
適当に受け答えてごまかしてしまえばいいとは思うけど、脊髄反射的に口走ってしまうあたいには、そんな器用なことができるはずもない。
それに、自分を偽ってまでペコペコ頭を下げて仕事をもらうなんて、あたいにはどうしてもできなかった。
涙なんて、あまり流すほうじゃなかったけど。
このときのあたいは、将来はどうなってしまうのかという不安と、両親に顔向けできないという後ろめたい気持ちでいっぱいになっていた。
胸の中に降り積もっていくだけの重苦しい思いに押し潰され、あたいは橋の上で人知れず泣いた。
大泣きではない。
涙の筋が左右一本ずつ。
その程度の涙だ。
だけど、あたいにとっては、それまでの一生分にも匹敵する涙――。
そこで、ショコたんにスカウトされたのだ。
「いい泣きっぷりだな」
ショコたんは言った。
――どこが? というか、なに言ってるんだ、このガキ。
とか思ったけどさ。
ショコたんは当時から、どこからどう見ても子供にしか見えない容姿をしていたから。
それなのに、あたいはどういうわけだか、なんとも言えない安らぎを感じていた。
ショコたんがとても落ち着いた雰囲気を漂わせていたからだろうか。
……もっとも、おやつのお菓子類を隠したりすると、泣き叫んだりするほどのお子様ぶりを発揮することもあるわけだけど。
ともかく、ショコたんはティアーズマジックの活動について、細かく語ってくれた。
涙で依頼人を満足させる。
その一風変わった活動内容に、興味は湧いていた。
それでも、さすがに躊躇する。
さっきはついつい泣いてしまっていたけど、あたいなんかに務まるだろうか?
ショコたんに尋ねてみると、答えはたったひと言。
「試しにやってみればいい」
それであたいは、入社を決めた。
もっとも、その時点では仮入社状態だったわけだけど。
すぐにソニックプラネットの社長――ガトーショコレイアさんからの依頼という名の入社テストを受け、正式にティアーズマジックの一員となった。
それからのあたいは、自分が涙を流すことで、人の心にこびりついたモヤモヤを洗い流せたら、と思って一生懸命だった。
そう……一生懸命だったのだ。
――今の、マリオンと同じように。
☆☆☆☆☆
「きゃっ!」
マリオンの悲鳴によって、あたいは現実に引き戻される。
「あちゃ~、やっちゃったね!」
「はう~、ごめんなさい!」
スープを飲んでいる途中で、カップを倒してしまい、中身を思いっきりこぼしてしまったようだ。
あ~あ、まったく。この子はほんと、ドジなんだから。
「テーブルを汚してしまって、それに楽しい時間を壊してしまって、ごめんなさい!」
「あっはっはっは、いいよいいよ!」
依頼人であるクラッカードさんに、平謝りのマリオン。
対するクラッカードさんは、やっぱり笑顔で、全然気にしていない様子だった。
「でも、べティさんがせっかく作ってくれた料理なのに……、本当にごめんなさい!」
マリオンは、あたいのほうにまで頭を下げる。
仕事で失敗して怒られるから、ではない。
あたいの作った料理をこぼしてしまったことを、心から詫びているのだ。
涙を、こぼしながら。
マリオンは泣きながらも、キッチンまでフキンを取りに行き、一生懸命テーブルを拭いている。
「あんた、泣きすぎよ」
そう言いながら、あたいはそっと人差し指を差し出し、マリオンの涙を拭う。
「……でも、そんな素直なところが、あなたのよさなのね」
ほろり。
気づけばひと筋の涙が、自然とあたいの頬を伝って流れ落ちていた。




