黒崎くんは必ずイケメンなのか? ~ティーカップに映る真実~
勢いで書きました。
漫画界の『黒崎くん』、多いと思いませんか?
気楽に読んで笑ってもらえたら嬉しいです!
山田真実は、この春、一流商社に正規職員として採用された。
新人だから毎日が大変。雑用もお使いも、何でも全力でこなす日々。
それでも、やりがいはあるし、社会人としての一歩を踏み出した実感がある。
……けれど、仕事が終わればやっぱり趣味の時間。
マンガ好きの真実は、今夜もスマホ片手にネット漫画を読み漁っていた。
異世界ものはもう読み尽くした。
転生も、追放も、悪役令嬢も、もうお腹いっぱい。
「残ってるのは……現代ラブコメかぁ。ま、これでいいか」
タップしたタイトルは『黒崎くんの○○』。
ページをめくると、出てきたのは黒髪長身、俺様系、激重愛。
「……あれ?昨日読んだ『黒崎さんの△△』と似てない?」
作者を確認。違う。
タイトルも違う。
でも、キャラは……黒崎くん。
さらに別の作品を開く。
『黒崎先輩が◇◇』。 ……やっぱり黒崎。
『黒崎課長は★★』。 ……また黒崎。
『黒崎神官に◎◎』。 ……神官!? もう何でもありだ。
……この調子だと、『黒崎宇宙飛行士』『黒崎戦国武将』『黒崎AI』まで出てきそう。
「黒崎くんって……漫画界に量産されてない?」
気づけば課金して読みつくす。
俺様、壁ドン、嫉妬、独占欲。 黒髪。スーツ。たいてい絶倫。
脳内は黒崎くんで満員御礼。
「……ああ、黒崎くんで頭がいっぱいだわ。」
*****
翌日。
真実は、新規取引先のベンチャー企業へお使いに出る。
電話応対の声が、妙に素敵だったのを思い出す。
確かお名前は……
『株式会社ブラックケープの黒崎です』低く落ち着いた声。 ……って、黒崎!? また黒崎!?
タクシーを降りて、小さな雑居ビルの4階へ。
エレベーター上がると、フロアの半分が株式会社ブラックケープになっていた。
無人だけど小ぎれいな受付エリアに好感が持てる。
受付嬢代わりの受話器を取ると、電話の向こうから聞き覚えのある素敵な声が……
「どうぞそのまま中へお入りください。突き当りの部屋でお待ちください。」
短い廊下を抜けてついた部屋の扉を開け……一瞬息が止まった。
そこは、まるで高級ホテルのようで。
棚にはガラスのオブジェ。ラリック……風?
壁には抽象画、……え、これって、カンディンスキー?
まさか本物ってことはないわよね。
窓の外には、東京の街並みが一望できる。
高いところから見ると、意外と整然としていて、きれいなのね。感動!
そして、東京タワー。角度によってはエッフェル塔に見える。
「新発見です!」と心の中で実況してしまう。
きっと、真実が大事な取引先からのお使いだから、一番いいお部屋に通してくれたのだと思う。
そこへ、ドアが開いた。 入ってきたのは――ふとっちょの眼鏡のおじさん。
「お待たせしました。社長の黒崎です!」
「……え、……黒崎、さん……?」
真実の脳内で、昨夜の黒崎くんたちが一斉に崩れ落ちた。
壁ドン黒崎、俺様黒崎、嫉妬黒崎、絶倫黒崎……みんな瓦解。
ふとっちょ黒崎社長が、自らお茶を出してくれる。
そして、電話と同じお腹に響く素敵な声で。
「どうぞ、お茶を」
真実は、営業スマイルで受け取る。
「ありがとうございます。………!?」
渡されたカップはまさかのマイセン。
割らないようにそうっと持ち上げていただく。
湯気がふわりと立ちのぼる。
その向こうに、何かが――ちらりと、影が見えた。
……え?
マイセンのカップの中、揺れる液面に映ったのは――黒髪長身、スーツ姿の超絶イケメン。
びっくりして、目をぱちぱちとしてから二度見すると、やっぱりふとっちょ癒し系黒崎さんがにっこり。
見間違い……なの?
カップを取り直して手に持ったお茶を……一口。
あれ?
こんなカップだった?
真実の両手の中にあるのは、濃い紺の水玉模様の湯呑みに入った澄んだ緑茶。
えっ!?
さっきまで紅茶だったよね!?
しかも、マイセンだったよね!?
この豆絞りみたいな柄の湯飲みって、刑事ドラマの取調室で出てくるやつじゃん!
いや、気のせいだよね?
驚愕で目を見開く真実。
その瞬間、空気が変わった。
テーブル越しのソファに座った黒崎さんが両手を組み合わせて、こちらに身体を傾ける。
「……気づきました、ね?」
低く、落ち着いた声。
「え……ええと……何を……?」
黒崎さんは、眼鏡を外す。
そして、口元にわずかな笑みを浮かべる。
「山田さんには今、弊社で研究中のVR技術をお試しいただいています。
この空間では、現実とは異なる――我々が設計した景色をご覧いただけるのです。」
――VR!? えっ、じゃあこの癒し系黒崎さんは……?
「実は、擬態です。
この製品は女性の視線が集まりすぎて、日常生活に支障がある方に向けての開発中です。」
言葉を失う。
癒し系黒崎さんが、手に持ったリモコンを操作する。
ふっと視界が揺らぎ、超絶イケメンが目の前に現れる。
うわぁっ!
リアル黒崎さんが――ここにいた!!
切れ長の瞳は夜の街灯のように鋭く光り、通った鼻筋と、薄く笑みを浮かべた唇は雑誌の表紙を飾りそう。
艶やかな黒髪が肩に流れ、スーツの肩幅はまるでモデルのランウェイ。
――昨夜読み漁った漫画の「黒崎くん」たちを全部合体させたような、理想形の黒崎さん。
真実は眼を見開いたまま、石像のように固まった。
そして恐る恐る周りを見渡すと、一瞬にして部屋の景色が変わっていた。
ごくごくありふれた応接セットに、手に持っているのはやっぱり豆絞り柄の湯飲み。
そして、窓の外は……隣のビルだった。
「ああ……景色だけはパリに戻しておきましょう。それとも……どこかお好きな場所でも。」
イケメン黒崎さんが手元のリモコンをもう一度操作する。
窓の景色が再び……。
そして、黒崎さん(本物)が、向かいのソファに腰を下ろした。
「では、商談に入りましょうか。御社と……ではなく、山田さん、あなたと。」
湯飲みの湯気が、ふわりと揺れた。
その向こうで、イケメン黒崎社長が――
「うちの会社にいらっしゃいませんか?」
「えっ?」
驚きで、真実の思考が一瞬止まる。
黒崎社長は、リモコンを指先で弄びながら、低く囁いた。
「……実は、先日お電話でお話ししたときから感じていました。
あなたは非常に優秀で、柔軟な発想をお持ちだ。ぜひ、わが社に来ていただきたい」
え、電話でちょっとやり取りしただけですよね!?
それで『非常に優秀』って……どんな採用基準!?
黒崎社長は、さらに淡々と続ける。
「声の抑揚や間の取り方から、知性と判断力が伝わってきました。
我々の研究では、優秀な人材は電話越しでもわかるのです」
……研究!? そんなオカルト採用聞いたことないんですけど!?
心の中で全力ツッコミを入れる真実。
黒崎社長は、そんな彼女の動揺を楽しむように口角をわずかに上げた。
「この製品には、まだまだ改良の余地があります。
ぜひ、あなたに協力していただきたい」
窓の外の景色が、ちらちらと切り替わる。
パリの夜景、モルディブの白い砂浜、オーロラの揺れる空。
まるで世界そのものが、黒崎さんの掌の上で転がされているかのように。
その瞬間、真実の脳裏に――昨夜読んだ『黒崎課長は★★』のワンシーンがよみがえる。
『君はもう、俺から逃げられない』
……いやいや、まさか現実で同じセリフを体感することになるなんて!?
次に読むタイトルは『黒崎社長とVRの恋』……そんな予感すらしてしまう。
やっと勝ち得た一流企業の正社員の身分だ。
こんな小さなベンチャーに転職なんて、常識で考えればありえない。
ありえないはずなのに――。
豆絞り柄の湯飲みを握りしめたまま、背筋にぞくりと熱が走った。
畏れとも期待ともつかない感覚に、心臓の鼓動が不規則になり、部屋に響いているような気さえする。
黒崎社長は、口角をゆっくりと吊り上げる。
――まるで、すでに結末を知っている者のように。
読んで下さりありがとうございます。
普段は異世界恋愛を書いています。よかったらそちらも覗いてみてください!
ギャップを楽しんでいただけたら嬉しいです!




