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学生料金

作者: 月卜鞠

「お仕事は何をされているんですか?」

「学生です」


 36歳の男性が街頭インタビューに答えて、インタビュアーがちょっと言葉に詰まると、何かが気に障ったのか、男性はぶすっとした顔でその場を去っていった。

 こんな光景が22世紀初頭の時代ではよく見られた。


**


 世界的な人口減少の影響甚だしく、展望のない未来に皆が不安がり始めたこの時代。

 しかし嫌なことばっかりだったかと言えばそうではない。人口が減るということは、その分残った人類が得られる資源も増えるということ。一時期80億人を食わせられていた21世紀人類の総資産で、22世紀人類は結構悠々自適に暮らすことができた。

 マクロだけの話ではない。ミクロでも同様の例が見られる。

 その最たる例が、急増した遺産ニート。親のたくわえで余生を過ごすことができる子世代が急増した。日本も例に漏れないどころか、一時代前の人工のボリューム層がことごとく天へと旅だったため、世界的に見ても傾向が顕著な国であった。

 冒頭のインタビューも、その世代の特集番組を作ろうとした中での一場面であった。遺産ニートの総数は日本人口の1%とも言われた。母数が母数であるから、とんでもない数字であった。


 さて、これを時代の流れと諦観して見過ごしていても、日本国の穏やかな頽廃に拍車がかかるだけだ。彼らをなんとか働かせたい。政府上層部はどうしたものかと頭を悩ませた。しかし、ニートとして食っていける人間に経済活動をしろと言っても、説得力は薄い。資本主義経済社会は、向上心のない人間の扱い方をしらない。経済産業省の就職斡旋運動はことごとく失敗に終わった。

 そこで、妙案を思いついたのは文部科学省のある役人であった。


**


 翌年、日本には『遠大学校制度』と呼ばれる新たな教育制度が誕生した。小、中、高、大に次ぐ、第五次の教育機関であった。

 なぜ『超大』でも『膨大』でもなく『遠大』であるのかと聞かれれば、別段深い理由はないのだが、一因としてこの遠大学校、全国のどこにも校舎は存在せず、ただ一つ国が設立した専用のサーバーだけがあって、全学生が遠隔で授業を履修するから、『遠』という言葉が選ばれたわけであった。


 遠大学校の一番の特徴は、修学に際限がないことだ。希望するならば、永遠にこの学校に籍を置くことができた。卒業するには一定の履修要件があるが、在籍するだけなら毎年ごとに学費を払うだけで良い。それだけで、文部科学省が管理する遠大学校のサイトで、専門的講義の映像授業が無数に受けられるほか、国立図書館の電子所蔵が閲覧自由、在籍教授とのメールでのやり取りが行えた。

 ──と言う風に、高等教育機関としておあつらえ向きの建前がたくさんあるのだが、結局のところ在学者にとって一番の需要と言えば、やはり『学生としての身分』だった。

 それも『国が認めた』というのが特に重要だ。


 大学をとりあえず卒業した遺産ニートの多くにとって、世間に通用する身分だけは得難いものであった。たとえそれが建前のものであっても。

 遠大学校に入学試験はある。しかし、無形の学校に定員があるはずもなく、最低限の足切りラインを超えれば合格できる。晴れて遠大生の肩書を手に入れれば、後は年間20万円前後の学費を払うことで、病院でも、市役所でも、遠大学の学生証を提示できた。場所によっては、学割も使えた。

 最初こそ世間も遠大を怪訝な目で見ていたけれど、やっぱり国が自ら設立したものだから、一定の箔があった。だから有名企業に通りやすくなるとか、一目置かれるとかは全くなかったけれど、在学者の大半にとってはそれでよかった。自分は無職じゃなくて学生なんだと、自認できることが大事なのだ。理解できぬ人には一生理解できぬ感覚であろうけど、たったそれだけで一命をとりとめる、自己承認欲求と言うものが存在する。


 遠大学の学費はほとんど、文部科学省の予算に回った。初年度から在学総数は一万を超えたから、それは結構な額となった。


 遠大制度の設立を提案した役人は大層もてはやされたが、彼自身は「いや、もっと効果が出てくるのはあと何年か後ですよ」と答えた。

 周囲はそのときこそ首を傾げたが、実際、数年後には彼の言った通りの効果が表れだした。


 遠大学制度の設立から、約七年後。

 遠大学の就職実績グラフをみた役人たちは、驚いた。

 卒業率が右肩上がりとなっており、遺産ニートを辞め就職する者が増えたのである。就職実績のわるい私立大学に勝るとも劣らない勢いだ。

 後年、例の役人はこともなげに、あらましを答えた。


「自分の学びのために高い金を使わせることでこそ、初めて向上心も生まれるというものですよ。たとえ最初こそ、かりそめの身分が目当てだったとしてもね」


 例の役人も、昔はニートじみた就職浪人をやったことのあるクチだった。


「そのうち、ちょっとは無駄に払い続けた金の、元を取ろうという気になります。働け働けとせっついたって、より意固地にならせるだけだ……」


 そう、どこか醒めた風に語るのだった。


 **


 これからも止まることのないだろう人口減少の潮流に反し、遠大の入学者数はしばらく、毎年増え続けた。老若男女、さまざまなモラトリアムを求めるものたちによって。

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