表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/48

第7話 小さな魔法使いは、連絡をする

 焚き火の火は静かに揺れていた。


 森の中、夜の冷たい空気が肌を撫でる。エルフィーナ・ノクターンは膝を抱えたまま、無言で炎を見つめていた。


 すぐ隣には、黒き神獣――ノワールが横たわっている。先ほどまで語られていたのは、光の槍の正体。

 《セラフィック・ランス》。ヴァルグレイア帝国の軍用魔法。クロス王国では禁止されている、対魔法使い用殲滅魔法――。


 それが王国の空を割り、アンナを巻き込んだ戦いの場に降り注いだのだ。


 (本当に、帝国の魔法だった……)


 信じたくない話だった。

 だがノワールの口から語られた詳細な構造、術式の理論、そして特有の魔力波長……それらは確かに、王国のそれとはまったく異質だった。


 (もし……本当に、帝国が何かの理由で動き始めているとしたら……)


 エルは唇を噛む。


 ただの偶然とは思えない。

 あの黒髪の女もまた、帝国式の魔術を使っていたという。

 粗雑な模倣にすぎなかったが、影響を受けていたのは明らかだった。


 このまま、知らないふりをしてもいいのだろうか。


 焚き火の炎がパチリと音を立てる。

 その音に、小さく肩をすくめながら、エルはふと、ある人物の顔を思い出した。


 ――ゼルネ。


 あの人が言っていた。


 「王国のことを守るのが、あたしたち特別魔法士団の役目だ」


 軽いようでいて、その言葉には信念があった。


 (……私も、その一員なんだよね)


 エルはゆっくりと立ち上がった。


 「……連絡、入れておこう」


 


 ◆


 


 エルはローブの袖から、小さな銀色のブレスレットを取り出す。


 特別魔法士団員専用の魔法通信具。波長を合わせることで、遠隔通話が可能になる高等魔道具だ。


 ブレスレットに触れながら、彼女は静かに目を閉じ、ゼルネの魔力波長を思い浮かべる。

 そして、自身の魔力をそっと流し込んだ。


 「……繋がった。ゼルネさん、聞こえますか?」


 数秒後、ブレスレットから男の声が返ってくる。


 『おお、エルフィーナか。どうした、何かあったのか?』


 すぐに、もう一人の声も重なる。


 『夜に連絡なんて、珍しいわね。何かあったんでしょう?』


 リーネの落ち着いた声だった。


 エルは一瞬迷ったが、深く息を吸って言った。


 「……実は、例のアンナさん救出の件で、少し気になることがあって」


 


 ◆


 


 エルはできるだけ簡潔に、そして正確に話した。


 黒髪の女が使っていた魔術の性質。

 魔力の質が王国の体系とは異なっていたこと。

 そして――空から降ってきた、あの光の槍。


 「……その魔法について、森の中で出会ったある“知識ある獣魔”から、教えてもらいました」


 ノワールの存在については、いまは伏せておく。

 彼の正体が何者か、どこまで知らせていいのか、自分でも判断がつかない。


 「その獣魔は、あの光の魔法を“セラフィック・ランス”と呼びました。ヴァルグレイア帝国で開発された、対魔法使い用の殲滅魔法だそうです」


 通信の向こう側が、ピタリと静まり返った。


 数秒の沈黙ののち、ゼルネの声が低く響いた。


 『……帝国魔法、だと?』


 『王国の境界を越えて……? 本当に?』リーネの声にも、わずかな動揺が混じっている。


 「ええ、間違いありません。魔法の構造も、波長も、王国のものとは明らかに異なっていました」


 焚き火の炎が、ふっと揺れる。

 その影が、エルの瞳に決意を灯す。


 「もしかすると、帝国の何者かが、この王国に何らかの干渉を始めている可能性があります。あの女の魔術も、おそらく帝国式の模倣でした」


 『――情報、ありがとう。よく連絡してくれた』


 ゼルネの声が、真剣さを帯びる。


 『この件は本部へ正式に報告する。君の話が事実なら、これは国家間の問題に発展する可能性もある。……エルフィーナ、君も後日、本部へ来てくれ』


エルは少し悩んだが…

 「わかりました」


 『護衛はつけようか?』


 「いえ、大丈夫です。……私はもう、一人じゃありませんから」


 ノワールが隣で静かに目を閉じていた。


 『……ふふ、頼もしくなったわね。じゃあ、また後日』


 ブレスレットからの通信が切れる。


 エルはそっと魔力を抜き、ブレスレットをローブの袖にしまい込んだ。


 


 ◆


 


 ふと夜空を見上げると、星が静かにまたたいている。


 (やっぱり、連絡してよかった)


 胸の奥で、少しだけ重たかったものが軽くなった気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ