第2話 小さな魔法使いは、王国魔法騎士団と会う
コンコン。
12月の冷たい空気が張りつめる朝。
いつも誰にも訪れられることのないボロ屋の扉が、珍しくノックされた。
玄関に立っていたのは、深い緑のローブを纏った二人組。
その胸元には、クロス王国に属する証である魔導紋章が刻まれていた。
一人は眼鏡をかけた20代の整った顔立ちの女性。
もう一人は、威厳のある白髪混じりの初老の男性だった。
「はーい、どちら様ですか……?」
玄関を開けたエルフィーナは、一瞬ひるみながらも落ち着いた声で応じた。
人と話すのは苦手だが、引きこもりなだけでコミュ障というわけではない。
初対面でも最低限の受け答えくらいはできるのだ。
「すまんな、お嬢ちゃん。突然の訪問を許してくれ」
初老の男性が穏やかに口を開く。
「私はゼルネ。こっちはリーネ。俺たちは王国の魔法騎士団に所属している。この家に、魔法を使える者がいると聞いて来たんだが……」
「この家に住んでいるのは、私ひとりです」
エルフィーナは少しだけ笑って、言葉を返した。
「魔法は使えますが、火属性の初級魔法しか……」
本当のことは言えない。
彼女は普段から、火属性の初歩的な魔法だけを使うようにしている。
火属性はこの国でもっとも一般的で、魔法適性者が最も多い。だから目立たない。
「ふむ、そうか……」
ゼルネが顎の髭を撫でながら、隣のリーネに視線を送る。
リーネが前に出て、やわらかい口調で話しはじめた。
「私たちは、王国の預言者アルフォンス様の使いで来たの。彼の予言によって、“この家に複数の属性を持つ者がいる”と知らされて、スカウトに来たのよ」
――マズい。
エルフィーナは心の中で冷や汗をかいていた。
預言者アルフォンス――遠く離れた場所の出来事まで見通すと噂される、王国随一の預言者。
まさか、ここまで見られていたとは。
もしバレたら、都市部に連れて行かれ、場合によっては一生魔法を使わされ続けるかもしれない――。
「そうなんですね……でも、私は火属性しか使えませんよ。きっと他の人と勘違いされてるんじゃないでしょうか」
そう言って、軽くお辞儀をしながらうまくごまかそうとするエルフィーナ。
だが――
「どうだ?」
ゼルネが小声でリーネに尋ねる。
リーネはエルフィーナの方を見て、ほんの少しだけ目を見開いた。
「……この子、複数属性を持っています。少なくとも、四つ以上」
「なにっ……四属性だと!?」
ゼルネが思わず大きな声を上げ、エルフィーナをまじまじと見つめる。
エルフィーナも驚いた。バレてないはずなのに――なぜ?
リーネが静かに眼鏡を外し、説明を始めた。
「この眼鏡、実は魔道具なんです。対象の“魔法属性オーラ”を視認することができるんです」
「普通の人は一つの属性しか持っていません。でも、あなたからは複数のオーラが見える。正直、混ざりすぎて何種類あるか正確にわからないくらいに」
――やられた。
相手がそんなチート魔道具を持っているなら、隠しきれるはずがない。
観念したエルフィーナは、静かに頭を下げた。
「……はい。すみません、嘘をつきました。
私には……複数の属性を操る力があります」
ゼルネとリーネは、目の前の光景に言葉を失っていた。
複数の属性を持つ魔法使いを見たことはある――だが、それはみな16歳以上の成人で、身体からは歴戦の強者特有のオーラが滲み出ていた。
それに比べて、今目の前にいる少女はどうだ。
小柄で、あどけなさを残した10歳の女の子。
そんな彼女が、四属性以上もの魔法を使えるなど、にわかには信じがたい。
それでもゼルネは、本来の任務を思い出して、慎重に言葉をかけた。
「……お嬢ちゃん。正直、まだ信じきれてはいないが……
よければ、俺たちと一緒に王都へ来てくれないか?」
エルフィーナはほんの一瞬だけ間を置き――
にっこりと微笑みながら、ぺこりと丁寧に頭を下げた。
「――謹んで、お断りします」
次の瞬間、彼女の足元に淡い光が走る。
展開されたのは防御結界の魔法陣。
エルフィーナは自宅全体に結界を張り、外部から完全に遮断したのだ。
「おい!? おい! ちょっと待ちなさい!」
「わ、結界の中に入れない……!」
外から必死に声をかけるゼルネとリーネ。だが、エルフィーナはもう相手にしていなかった。
(バレてしまいました……もう今日は何もしたくありません……)
がっくりとうなだれながら、ふたたびベッドへ向かう。
そのまま毛布にくるまり、目を閉じる。
――そして、静かに、二度寝した。