第1話 小さな魔法使いは、ひっそりと暮らしたい
寒さが一段と厳しい、12月のある朝。
ギィ……と音を立てて、ボロ屋のベッドからひとりの少女がのそのそと起き上がった。
「うぅ、寒いです……早く暖炉に火をつけて暖まりたい……」
目をこすりながら、少女は片手をそっと掲げる。
指先に宿った小さな炎が、冷えきった暖炉の中へとふわりと飛んだ。
その名は――エルフィーナ・ノクターン。
今年で十歳になる、銀髪の小さな魔法使い。
彼女は毎日、この町外れのボロ屋でひっそりと暮らしている。
時間のほとんどは、魔法の研究にあてていた。
両親とは別々に暮らしている。
一年前、ある王国の仕事で遠い異国へと赴いた両親に、エルフィーナはついて行かなかった。
知らない土地に行くのが嫌だったのだ。それに――
「誰にも邪魔されないここが、一番落ち着きますし」
彼女はひとり、ここで引きこもり生活を送っている。
今朝もいつものように、家の前のポストから新聞を取り出した。
「ふむふむ……あ、今年ももうすぐ終わりですか。あ、新しい魔法が確立されたんですね」
彼女にとって新聞は、外の世界とつながる数少ない手段だった。
ここクロス王国では、魔法がすべてと言っていいほど重視されている。
地位や名誉、権力さえも、魔法の力量によって決まる――そんな国なのだ。
けれど、エルフィーナは騒がれるのが嫌いだった。
たとえ、自分が“この世界でも類を見ない魔法使い”であっても、だ。
火・水・風・土・雷・光・闇、そして“無”――
この世に存在する八属性すべてを扱える魔法使いは、王国中探しても彼女ただひとり。
本来、魔法は一人につき一属性が常識。
二属性を使える者でさえ、千人に一人。
三属性以上になれば、国全体でも片手で数えるほどの希少さだ。
――でも、エルフィーナは八属性すべてを操れる。
その力は、まさに“規格外”。
けれど彼女自身は、地位にも名声にもまるで興味がない。
ただ、自分の魔法を静かに極めたいだけ。
だからこそ、普段は“火の魔法しか使えない”ように、あえて装っていた。
――あの日までは。