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「そんなの俺の命と引き換えに記憶を残す」

俺の名前は東海林 悠月。絶対に記憶を残してやると思っている。


楓真に譲る気なんてない。


だって、でないと折角夜さんや優也が作ってくれたこの場所を忘れる事になる。


それは絶対にあってはならない事なのだと直感的に思った。


俺は思い出す。優也の事を。出会いは桜の木だった。ただの桜の木じゃない。


冬桜という種類の桜の木だ。優也はいつも(五六歳の頃)そこにいた。


色白な肌と栗色の髪が美しい少年だった。俺は一目見た時から思っていた。


彼の友達になりたい以上に彼の特別になりたいと。


俺は優也に「この桜が好きなのか?」と聞いた。これが初めての会話だった。


優也が「そうだよ。僕この木が大好きなんだ」と言った。


俺は彼の優しくて穏やかな声が大好きだった。だから、毎日話すようになった。


小学校に入り一緒に登下校をしたことは今でもかけがえのない思い出だ。


彼の家にも何度も行っていた。毎日、毎日行っていた。


小一の夏休みに二人で線香花火をしたことは鮮明に覚えている。


俺は人生の全てを彼と過ごしたいと思うようになった。


だけれど、その願いが叶わないのだとある日気が付いた。


いつものように彼の家に行ったらお兄さんに「優也は今、入院中だよ」と言われた。


「えっ?」と言う俺に彼は「一緒に面会行く?」と聞いてくれる。


俺は頷き着いて行った。行く途中にお兄さんが教えてくれた。


優也は小さい頃から病弱だった事。高校生まで生きられるかわからない事。


幼かった俺はひどく傷ついた。世界が閉ざされた気がした。


小一の時はすぐに退院できてまた一緒にたくさん過ごした。


大好きな優也とまた一緒に遊べて嬉しかった。だけど、いつも心配だった。


優也がせきをしたり苦しそうにしたりするたびに怖くて仕方なかった。


小三の冬休みのある日、病気が激変した。とても悪化していた。


自分が遊び過ぎたせいかもしれないと思ってしまった。


皆は悠月君は何も悪くないよ。むしろよかったと言ってくれるが信じられなかった。


何を言われてもただ苦しかった。とにかく優也の傍に居たくて学校も行かなくなった。


人生全てを彼と過ごせないのならば今という時を過ごすしかなかった。


母さんも父さんもそんな俺を心配していた。優也の両親でさえも。


皆、心配性だなと思った。〝俺は〟本当に何もないのに。


そう、俺は何もないのだ。なにかあったのは俺じゃなく優也だ。


俺は何もないから。だから、だから早く誰か優也を助けてくれ。


俺はいつしかそう思うようになった。そんなある日、夜さんが現れた。


病に苦しんでいる優也に会いに来たのだという。夜さんは優也を救ってくれた。


だけど…俺は悲しかった。俺は優也をあんなに明るくできなかったのに…。


夜さんは優也を幸せにしてくれた。俺は日に日に悩んでばかりになった。


小六の二月四日。夜さんが亡くなった。優也がとてもショックを受けていた。


俺は自分の無力さが嫌で、嫌で仕方なくなって病院の屋上から飛び降りようとした。


だけど…できなかった。怖くて、不安で。俺は優也の傍にいつも居た。


面会が終わるギリギリまで。ある日の事、面会時間になっても俺は寝ていた。


だって…俺が居なくたって優也の気持ちは変わらないと思ったから。


何度寝もしていた時、誰かが窓を叩く音がして見ると夜さん?みたいな人がいた。


俺は何度も瞬きを繰り返したことを思い出す。とうとう頭がおかしくなったと思った。


毎日のようにその夜さんに連れて行ってもらう内にふと病院に行く事を忘れていた。


俺は慌ててその日学校に行くと噓を吐いて病院に行った。


病院に行くと優也はぐっすり、ずっと眠っている。全然起きなくなっていた。


俺はふと思った。あの夜さんは優也なのだと。それはあっていた。


俺は驚きながらも優也が力尽きる前に幻の桜を見つけようと考えた。


その日から毎日のように屋敷に行き幻の桜を見つけようと探し続けた。


桜の木は沢山あってどれが幻の桜かなんて分かるわけないって思った。


早く、早く見つけなきゃと焦っていた。死にそうな想いだった。


大好きな、大切な優也の為に幻の桜を探そうと見つけようとした。


次第に起きる事も忘れるようになって親に何度も心配された。


それでも俺は探すのを諦めなかった。そんなある日の事、出会った時を思い出す。


そして、きっとあの冬桜だ!と思いそれはあたっていた。


俺はやっと見つけた。髪を触ると過去一ぼさぼさだった。


それでも、嬉しかった。これでやっと優也の負担が減ると心から思った。


俺の大切なものは儚くていつ消えてもおかしくないものだった。


優也の健康。優也の心からの笑顔。優也の寿命。優也と過ごすこと。


そのどれもが優也がいなくなってしまったら叶わないのだ。


じゃあ、俺はどうすればいいのだろうか?


俺の命を半分あげたら優也と一緒に過ごせるなら喜んであげるのに。


どうして俺と優也がいれる時間はどんどん流れていくのだろうか。


どうして、別れの時間が近づくのだろうか。


昔から優也は病弱だった。そんな事を知ったのはあの夏だ。


永遠に続く世界があるのならば。


俺は優也といたい。ずっと優也の傍にいたい。だけど永遠なんて存在しない。


いつかは別れが来るのだろう。その永遠の別れを先延ばししたい。


そう思うのはわがままなのだろうか。意気地なしなのだろうか。


そんなわけない。優也と出会えた意味は絶対にあるはずだ。


優也と夢見たじゃないか。『いつか大人になったら悠月の傍に居たい』


彼はそう言ってくれた。俺だって優也の傍に居たい。


できるならずっとそばにいてやりたい。なのに面会時間は決まっている。


だから、俺の一番大切な夢はいつも一つだった。


それは-優也が幸せになることだ。


俺は優也が幸せになる事の次の夢は優也の病気が治る事。


だって、そうすれば優也と一緒に過ごせるだろう?


一緒にまた遊べるだろ?花を見たり映画を観たり泳いだり走ったり。


優也とやりたい事はたくさんある。大人になったらシェアハウスもしたい。


一緒に暮らして笑いあって時には喧嘩して一緒に悩んで人生を共に過ごしたい。


好きになるってどんな事か今までは理解できなかった。


だけど、優也を知って大切に想って好きになって理解した。


その人と幸せを分け合いたいと人生を共に生きたいと傍に居たいと思う事だ。


そして、何よりも守りたいと思う事だ。その人と一緒に困難も乗り越える事だ。


俺の幸せは優也の辛い日々に幸せを届ける事だ。


そしていつまでも二人で当たり前の日々を過ごしたい。


俺は優也に必要とされたい。優也の一番になりたい!


その時だった。星が輝いて宇宙に俺は包まれる。


その中にキラキラと優也がいた。彼は俺の近くに来てこう言った。


「悠月、僕は君に出会えて幸せだったよ。できれば、もっとそばに居たかった。


だけど、僕が弱いせいでたくさん傷つけちゃって本当にごめんね。


でも安心して、僕はいつだって悠月の特別だから。


僕にとって悠月は一番大切な人だよ。それだけは絶対に嘘じゃないからね。


悠月が幸せになってほしいって病室でいつも思っていたよ。


悠月はきっと皆、心配しすぎって言うだろうけれど悠月はきっと自分が思うよりも、


危なっかしくてほっとけない人だよ。僕はね。悠月が-なんでもないよ。


とにかく、僕からの最後の願いは悠月が幸せに生きる事!


辛いなんて、生きるのが辛いなんて思わないでほしかったよ。


だけど、そのほとんどが僕のせいなのは分かっている。だからこそ辛かった。


だけど…もう大丈夫だよ。悠月に僕は記憶を残してあげるから。


絶対に残すから。だって、僕と夜さんで作ったこの世界を忘れないでほしいから。


君達は見えない糸で繋がっているって覚えておいて。


それを繋げるのは悠月と楓真君だよ。記憶が残るのは君達だけだよ。


悠月、僕が居なくなっても幸せになって大人になって生きてね」


目頭が熱い。視界がぼやけている。涙が零れる。溢れて止まらない。


俺だって、俺だって優也に伝えたい事たくさんあるのに。


なのに…声が出ない。つっかえてしまう。涙が零れて止まらない。


それでも、必死に俺は言葉を紡ぐ。


「俺だって優也と出会えて幸せだった。あの十二月二十日の事、忘れていない。


冬桜の下で俺達、出会った。俺、優也が好きだ」


そう言った瞬間、優也の瞳から初めて涙がこぼれていった。


ぽろぽろと床に落ちていく。彼はぬぐおうとはしなかった。


俺はそれでも言い続ける。「俺はいつも優也が幸せならそれでいいと思っている」


優也が泣き崩れている。俺の服にしがみついて来る。泣いている。


俺達はきっといつもお互いを想い続けていたのだろう。


だからこそ一番になり合えたのだ。俺は優也が大好きだ。


優也を好きになれてよかったと心から思っている。


「感謝している。俺を想ってくれて」そう言えた。


言葉にするのって難しい。だけど…今伝えなきゃって直感的に思った。


俺は今までたくさんの時間を優也と過ごせた。


この時間はいつかきっと俺に希望と幸せをくれるだろう。


今はたとえ真っ暗闇だったとしても、生きるのが辛くても。


その時、優也が「悠月しっかりと聞いて」と言った。


その瞬間パッと真っ暗になり月明かりに優也が照らされる。


皆が俺の事を見つめている。俺の答えを待っているのだ。俺の答えはたった一つだ。


「そんなの俺の命と引き換えに記憶を残す」



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