尊敬している
目が覚めると見慣れた自分の部屋に居た。時間は六時だった。
ベッドの横にご飯が置いてあった。ラップの上に玲奈大丈夫か?と海の字だった。
あぁ海が持ってきてくれたのだと気付き涙がこぼれた。
私は自分の事しか見えていなかったのだと今更気が付いた。
絶対に明日学校に行こうと心に決めた。まずは隣の海の家に行く。
インターフォンを鳴らすと海が出て来た。
「体調は大丈夫なのか?」と海は聞いてくれる。私は深く頷いた。
その後「カルボナーラの作り方、教えてくれない?」と私は言った。
海は驚いていた。そして「いいだろう。でも、急にどうしたんだ?」と海が言う。
私は「ちょっとね、作りたくなったのよ」と言う。
海はまだ不思議そうにしながらも「じゃあ、今から教えてやるよ」と言った。
そしてレシピをまず見せてくれる。その後「一緒に作るぞ」と言われる。
私は海の手本を見ながら必死に作る。私が必死になっているとふと海が呟くように言う。
「玲奈はそのカルボナーラ誰に食べさせたいんだ?」
まさか海にこんなこと言われると思っていなかった。私は「関係ないよ…」と言う。
海は驚き固まっていた。言いすぎたかもしれない。と反省する。
ずっと隣に、傍によりそってくれていた海にこんな事言ってしまった。
私って最低だ。やっぱり自分の心が嫌いで仕方なくなる。
海は「そっか、関係ないよな。ごめん」と言った。気まずい空気が流れる。
私はとっさに「私は-別に謝ってほしいわけじゃない!」と言ってしまう。
こんな事が言いたいわけじゃないのに…。ただ言いすぎた。ごめんって言いたいのに。
海は「じゃあ、じゃあどうしてほしいんだよ!」と怒鳴った。
海が怒鳴った。あのいつも私に優しくよりそってくれていた海が。
私は海がくれたレシピを握りしめながら零れ落ちる涙が見られないように逃げ去った。
玄関を出て自分の家に帰る。辛くて悲しくてベッドに入る。
本当は海が私は大好きだ。だけど…私に関わったら海までいじめを受けるかもしれない。という事実を今初めて思い知る。私は気が付くと「夜さん連れて行って」と願う。
また不思議な浮遊する感覚に陥る。そして、どっと体が重くなり目が覚める。
あの、たくさんの綺麗な花が咲いた庭園が目の前に広がっている。
春の花が咲いているようだった。まず桜並木が目に入った。桜が満開だ。
次に黄色の花のミモザや菜の花が咲いている。桃の花も咲いている。
白い小さな花が枝にびっしりと咲く雪柳。シャワーのように枝垂れるよう咲いている。
雪柳が庭園をこの城、というか屋敷を囲むように咲いている。
少し歩くと椿か山茶花も美しく咲いている。色は淡いピンクだった。
玄関のドアの近くまで来た時コデマリがあった。小花がたくさん集まってできた白い花。私はこの花が可愛いと思っている。海の家にも咲いていたっけ…。
ふと上を見上げると夕焼けが終わり夜空に星が輝き始めている。
慌ててドアを開けて中に入るとそこには夜さんがいた。
「夜さん」と私が呟くと夜さんは私に気が付き「玲奈ちゃんいらっしゃい」と言う。
優しい声だった。ずっとここに居たくなるような甘い声音。
夜さんが「今来ているのは玲奈ちゃんと楓真君だよ」と言った。
私は思い出す。楓真君ってあの五十木君の事だよね。とげとげしい男の子だ。
もしも会ったらどうしようかと焦りがうまれる。すると、夜さんが微笑んだ。
「大丈夫だよ。楓真君は根が良い奴だから」と言い「ただ…今はね」と言う。
私はつい「今はどうしたんですか?」と聞いてしまう。それに対して夜さんは、
「僕の口からは言えないよ。ごめんね」と言った。
ふと五十木君の好きな食べ物を思い出す。味噌汁と言っていた。
私はキッチンに行き味噌汁を作り始める。海に昔、教えられたから覚えている。
味噌の量にも気を付けながら綺麗に溶かしていく。ネギや大根やワカメも使う。
油揚げも一応使ってみた。そして夜さんに「味見してみてください」と言う。
夜さんは「いただきます」と言って味噌汁を飲んだ。
そして「めっちゃ美味しい」と言った。お世辞かもしれないけれど。
夜さんの顔は本気でそう言っているように見えた。
だから勇気を出して「五十木君はどこにいますか?」と聞く。
夜さんは微笑み「たしか二階の音楽室にいるよ」と言ってくれた。
私は味噌汁の入った鍋をもって二階へ向かう。
たくさんの部屋があってどれが音楽室なのか分からなかった。
やっと一番奥まで来た時、音楽室というプレートがあって中に入る。
そこには一人でギターを弾いている五十木君がいた。
私は「五十木君お味噌汁作ったんだけど食べる?」と聞くと頷いてくれた。
嬉しかった。正直断られてもおかしくないと思っていたから。
私は笑顔で「じゃあダイニングで待っているから」と言う。
そういえばなんで鍋なんて重い物持ってきたのかなと考える。
まぁいいやと思いもう一度鍋を持ち上げようとした時だった。
「俺が持つ」と横から五十木君が持ち上げてくれた。
驚きながらも私は「ありがとう」と言う。そして夜さんの言葉を思い出す。
私は五十木君の横を歩く。無言だけれど居心地は悪くなかった。
それがとても嬉しくて幸せだった。ダイニングに着く。
五十木君がテーブルに鍋を置く。そして「わざわざ作ってくれてサンキュー」と言う。
ちゃんとお礼も言える人なのだと知った。私は慌てて器とおたまと箸を持ってくる。
五十木君に渡すと彼は「サンキュー」とまだ少しとげとげしい声で言う。
だけれど前みたいに怖くない。自然に彼を待とうと思える。
彼はふと私を見て「美味い」と言ってくれた。彼の言葉に嘘はなかった。
私はそう思った。私も笑顔で「ありがとう」と言い私も食べる。
私はふと「五十木君って私と同い年だけど勉強得意?」と聞く。
彼は「うーん…まぁまぁ」と言い「後、呼び方楓真でいい」と言った。
だから私も「うん!わかった楓真。なら私も玲奈ってよんで」と言う。
彼は「えー」と嫌そうに言いながらも「オッケー玲奈」と言った。
二人で味噌汁を食べ終わるとふと楓真が「玲奈は学校行ってんの?」と聞いてきた。
私は「えっと…」と言い「いつもはね」と言う。楓真はさらに言う。
「今日はなんで行かなかった?」私は固まってしまった。
いじめられているなんて言ったら変な浮いている子だと思われるかもしれない。
でも…彼に嘘を吐きたくない。だから私は、正直に話した。
中一の二学期ごろから光田さん達にいじめられている事を。
始めは陰口を言われたりちょっとからかわれたりしていただけだったの。
でも…次第に直接悪口を言われたり酷い時は席がなかったりするようになったの。
先生達には気づかれていないみたい。それが辛かった。
席がなかった時はだいたい廊下にあったり酷い時は中庭にあったりした。
椅子はまだしも机って重かったからいつも海が運んでくれていた。
海だけはいつも私をかばってくれた。守ってくれていた。
今日もいきなり学校から帰ったのにさっき目が覚めた時夕ご飯が置いてあった。
海が作っておいてくれてたんだよ。なのに…なのに私さっき海に酷いこと言った。
関係ないとか…かまわないでとか…。海は心配してくれているだけなのに。
そう言っていると涙が零れそうになる。それを必死にこらえていると楓真が言った。
「泣いていい。辛かったよな。大丈夫、海さんはきっと玲奈の味方だから」
その言葉に甘えるように私は久しぶりに大泣きした。
たくさんの悪口や陰口が耳に響く。『消えろ』『死ね』『あの子きもすぎ』『まじで嫌い』
心無い言葉をたくさん言われた。どうして私なのっていつも思っていた。
男子といたらダメなの?私はおしゃれしたらダメなの?色々な疑問だって浮かんだ。
そして、何よりもそんな言葉を使って良いと思っているのってイライラした。
人を傷つける言葉を平気な顔して笑って言っている事が許せなかった。
そんな私に楓真が「俺の話もいつかしてやるから」と言った。
夜さんがうっすらと言っていた事かなとお思いながら「わかった」と私は頷いた。
楓真は「お前はさ、よく頑張ったよ。我慢したよ。俺、尊敬している」と言う。
私は驚き固まった。私を…尊敬している?その言葉は始めて言われた言葉だった。
嬉しいようで少し実感できないような不思議な気持ちになる。
ふと楓真が「そういや今何時だっけ」と言った。
私はポケットに入れておいたスマホを出して時間を見ると夜の九時だった。
私は「皆はいつ頃、寝るんだろう?」と言うと楓真が
「まぁ寝たとしてもここに来るかはそいつ次第だけどな」と言った。
確かにそうだ。寝る時に夜さん連れて行ってと願わなければ行けないのだから。