いつか伝えるから
俺の名前は東海林 悠月。最後の時を楽しく過ごしている。
一人一人に声をかけながら玲奈とは「優也の奴。俺らの事、騙していたよなー」とか。
楓真とは「俺、お前ともっと居たかったなー」とか。桜花とは「また会おうなー」とか。彩音とは「上から目線な奴だなー」とか。伊吹には「よくがんばったなー」とか。
本当に全員に話しかけた。そして優也の所に来て「お前の挑戦やばかったな」と言う。
そうしたら優也が微笑んで「そうかなー」と言う。案外こいつは悪魔だと思った。
優也が「悠月もなかなかやばかった。僕、めっちゃ焦ったよ」と言った。
俺は「そうか?お前よりは普通の回答だったと思うぜ」と言う。
すると「それが普通だと思っている所がやばいんだよ」と言われる。
首を傾げる俺に「本当に天然だね」と優也が言う。そして「あげる」と言われた。
俺が何を?と聞くと「記憶、僕がなくなる代わりに悠月にあげるね」と言われた。
目を丸くする俺に「悠月に覚えていてほしいからね」と言う。
俺は「あっそ」と言う。だって俺だって優也に覚えておいてほしかったのにな。
優也は本当に身勝手な奴だなーと思う。結局楓真はどうするつもりだよ。
優也はニコっと笑って「楓真の夢として残す奴は夜さんにやってもらう」と言った。
「えっ⁉」と叫ぶ俺に優也が「だってー悠月と一緒にいたいから!」と言う。
それに俺が「あっ!そうだ。忘れてくれよ!俺の言った事」と言う。
優也が「なんのことー?」とわざととぼけてくる。俺は「光の扉の時の事」と言う。
多分、今の俺は耳まで赤いだろう。優也は恥ずかしくないのだろうか。
優也はか細くて男子にしては少し高い声で「わかったー忘れるね」と言う。
そして「元から忘れなきゃだし」と言う。忘れてくれるようで助かる。そう思った時だ。優也がスッと俺の頭をなでてきた。俺が驚いていると「ありがとう」と優也が呟いた。
俺は顔から火が出るような思いになる。恥ずかしすぎるだろ!
いきなり頭なでてくるとかしかも優也背伸びして手を伸ばしているし…。
なんていうか可愛い奴だなとつい思ってしまう。優也が悪いのだ。
こんなにも可愛くて儚いから守りたくなってしまう。
優也が「悠月、顔赤いけど熱?」と聞いてくる。
本当にさっきからなんなんだよと思っていた時。優也がぽつりと言う。
「今まで支えられてきた分これからは僕が悠月を支えるからね」
嬉しいような複雑な気持ちになる。だって俺が守られるってなんか実感がわかない。
俺はいつも元気だしなんともない。なのにどう支えるのだろうかと思った時だった。
「悠月は強がりで寂しがりやだから毎日僕がそばにいてあげるね」と言われた。
俺はどんどん顔が熱くなるのを感じる。こいつはどこまで素直な奴なんだよ。
聞いているこっちまで恥ずかしくなってくるだろ。しかも俺は覚えている。
こいつは忘れる。なんか嫌な話だな。片方は忘れてしまうなんて。
だけど、そのおかげで俺の告白はなかった事になるわけだしいいや。
もう会えないと思って言ったけど会えるなら言いたくない。
だって引かれるのがおちだと思うから。俺はできるだけ想いを隠す。
その時優也が「あっ」と呟き「もう時間だよー」と言う。
その瞬間俺は目が覚める。病室で眠っていたようだった。
俺じゃなくて優也の病室な。そして優也を見るとパチッと目を覚ました。
俺は約八ヵ月間の朧気な記憶を思い出す。優也に好きと言った事を思い出す。
いっきに冷えた水を浴びたように目が覚める。すると優也が「悠月おはよー」と言う。
俺は「おう、優也おはよ」と言う。優也が「悠月、髪がぼさぼさだよ」と言う。
そして優しくなでるように触られる。その後「きしきし」と言われる。
俺は「悪かったな」と言う。すると「別にー」と言い「ちゃんと洗いなよ」と言う。
俺は心の中でお前は俺の親かと突っ込みをいれる。だけどフッと笑ってしまう。
すると優也も微笑んでこう言った。「悠月、僕ね。もうあまり痛くない」と言った。
俺は「よかったな」と言う。心の中で夜さんのおかげだな。と思いながら。
俺はふと「優也、病気治ったんだよな?」と聞く。すると彼は多分ねと呟いた。
そして「まずは看護婦さん呼んできて検査しないとね」と言う。
俺は頷き急いで看護婦さんを呼んで来る。皆驚いていた。病が治っていたからだ。
生まれつきの弱い体は治らない。だがこれで生きられるのだからいい。
ぜいたく言いすぎてもダメだろ。優也は二日後退院した。二人で冬桜を見に行く。
そこには枯れた木があった。冬桜なんてなかった。二人で茫然とする。
親に聞くとあそこに冬桜なんてものあるわけないでしょと言われた。
沖縄で冬桜は育たないらしい。じゃあなんでと思っていると優也が呟いた。
「幻だったのかな」俺は納得した。あの冬桜は優也の妄想の世界の木だったのだ。
病院から見えるこの古びた木を彼が冬桜だと思い込んでいたのだろう。
そして俺がその幻を見たというわけか。⁉俺って何者だよ。と突っ込む。
俺はもう髪がきしきしでもぼさぼさでもない。昔みたいにさらさらだ。
それも全部。優也が俺のもとに戻って来てくれたからだ。優也と生きられるからだ。
俺は「優也!明日から一緒に中学校行くぞ。初めてだから緊張するなー」と言う。
優也は「一緒に入学するみたいでいいね」と言った。そして俺の髪に触れる。
そして「今日はさらさらだー」と言った。無邪気な奴だなって心の中で呟く。
俺は「優也は毎日さらさらだよな」と言って髪をなでる。優也が驚いている。
そりゃそうか。俺ってあまりスキンシップしないものなーと心の中で呟く。
優也に出会えて優也とこれからも居られるとわかって俺って幸せ者だな。
俺がこんなにも鮮明にあの光の世界での事を思い出せるのはきっと優也のおかげだ。
優也が自分の記憶の代わりに俺にくれたのだから…。俺はまぁよかったと思っている。
だって記憶さえあればいつかあいつらに会えるから。二十歳になったら会えるから。
あの七月七日の日のようにまた俺達は出会うのだろう。六年後か…。
その間に俺は優也に振り向いてもらえるだろうか。友達以上になれるだろうか。
なれないか…(笑)俺ってば何考えているんだろ。俺は隣にいる優也を見つめる。
儚い微笑みにまた少し不安になる。もう病気にならないでほしいなと心の底で呟く。
優也が俺の視線に気づき「そういえば何組に行けばいいんだっけ?」と聞いてくる。
俺は笑顔で「二年四組だろ?」と答える。俺らはなんと同じクラスだったのだ。
めっちゃ嬉しい。もう二学期も終わりなんだけどな…。
クラスに入ると皆がざわつく。そしてある男子が声をかけてくる。
「悠月!久しぶり」俺は一瞬誰だろうと思った。
その男子が言う。「小三の時、同じクラスだった」
俺はあっ!と言い「久しぶりだな。背、高くなったな」と言う。
優也が「鈴木君ってあの…」と呟く。俺がどうした?と言うとなんでもないと言う。
放課後になり優也と帰ろうとしているとあいつが「悠月一緒に帰ろ」と言われる。
優也にいい?と聞くといいと言ってくれた。だからいいよと言う。
三人で帰っているとあいつがこんな事を言いだす。
「二人は好きな奴とかいるのか?」優也はさぁねと言っている。
俺もさぁなと言う。だって、優也だなんて言えないからな。
だけどさ、思うのだ。あの日、俺は初めて女子を好きになったなって。
その女子は玲奈だよ。俺、多分玲奈が初恋だったのだと思う。
でも、玲奈が好きなのは優也だった事くらいすぐにわかる。
優也が誰が好きなのかは知らないけれどな。俺は生きるのがもう辛くない。
辛くないどころかもう絶対に死にたくないと思っていた。玲奈に会いたいから。
好きだって伝えられないまま終わってしまったけれど…大丈夫。いつか伝えるから。