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好きになったのが伊吹君でよかった

あたしの名前は椿 彩音。最後の三十分を今皆で過ごしている。


この場所であたしは初恋をして初めて失恋をした。


伊吹君は玲奈ちゃんが好きだったようだ。そうだよね…。


玲奈ちゃんはあたしと違って明るくて愛想もよくて。自分の事、好きなのだろう。


好きで居られるのだろうってずっと思っていたけど今考えればそれは勝手な偏見だね。


あたしやっとわかったよ。辛くて悲しいのは自分だけじゃないのだと。


この館のおかげで気が付いた。悠月の事、嫌いだけどあいつもあいつで辛いのだろう。


あたしはそんな事にも今まで気が付かなかった。だけど、気づいた。


これからはがんばって人と関わっていこうと思う。彼らと仲良くできたように。


あたしの事を伝えればきっと分かってくれる人はいるはずだ。


伊吹君が告白しているのをみつめながらそんな事をあたしは考えていた。


その時だった。悠月がやって来て「彩音は誰とも話さねぇの?」と聞いてきた。


相変わらず思った事をはっきり言う奴だ。だけど、それは特別なのかもしれない。


悠月のように素で居られる人というのはとても希少だと思う。


あんたなんて嫌いだけど「悠月は誰としゃべるの?」と聞く。


すると悠月は「彩音と話してもいいけど」と言う。本当に不思議な奴…。


どうして最後の時をあたしと話そうと思ったのかしら。


あたしと喋ったって何も楽しい事なんてないのに…。


まぁいいや「あたしは別に悠月と喋らなくてもいいけどちょっと話し聞いて」と言う。


悠月は「上から目線な奴だな」と笑われた。そりゃ好きじゃないものと心の中で思う。


結局、話し聞いてくれるのかわからないし。これだから悠月は。


だけど…最後だからか知らないけれどその姿が少しだけ愛おしく見えた。


あたしまでおかしくなっちゃったみたいだ。本当にこいつといると気が狂う。


最後なのかと思うとドッと気が重くなる。だけど、泣かないように気を付ける。


悠月が「それで何が聞いてほしいんだよ?」と言ってきた。聞いてくれるようだ。


それが少しだけ、ほんの少しだけ嬉しかった。あたしは笑って「ありがとう」と言う。


「これが最後だって思うとなんか悲しいよね」と言う。


それに対して悠月が「そうか?また会えるに決まってんだから笑おうぜ」と言う。


ほんとどこまでも能天気で楽観的な奴だ。だけどその言葉は嬉しかった。


悠月が言うと本当にいつかまた会えるような気持ちになれる。


あたしは笑って「そうだね。また会えるもんね」と言う。


そうしたら悠月は無邪気な顔で笑って「元気になってよかった」と言ってくれた。


あたしは驚いた。あたしそんなに分かりやすく悲しんでいたのだと恥ずかしくなる。


そんなあたしに悠月は「俺、他の奴にも話しかけてくる!」と言って去って行く。


あたしは結局伊吹君に話しかけられないまま終わってしまうようだった。


ほんの少しで良いから話したいと思った時だった。悠月が玲奈ちゃんに話しかける。


そのおかげで話しかけるタイミングができる。あたしは勇気を振り絞って伊吹君に言う。「伊吹君、あたし達また会えるかな?」伊吹君は「会えると思う」と言ってくれた。


ハジメて二人で話せた。それが嬉しくてとうとう涙が溢れてしまいそうになる。


伊吹君が「泣いていいと思う」と言ってくれる。その言葉に涙が零れ落ちる。


好きになったのが伊吹君でよかったって今はっきりと思えた。


たとえ失恋だったとしても、それすらも忘れてしまうとしても。


伊吹君が微笑んで「彩音ちゃん、もしかしてだけど…」と言いかける。


それにあたしが「あたし伊吹君が好き」と伝える。


伊吹君が「やっぱりそうだったんだ」と呟いた。


その後「ごめん。僕さっき聞いていたと思うけど玲奈先輩が好きだから」と言う。


正直な言葉に思わず悲しいのに笑ってしまう。


「そうだね。知っているよ。伊吹君が一途な事も」と言い


「だけどあたし、好きになったのが伊吹君でよかったって思っているから」と告げる。


想いが溢れて泣き笑いになってしまう。悲しくて嬉しくて。


そして、優也君の言葉で時間が来た。


走馬灯のように駆け巡る想いでたちが胸をしめつける。幸せと苦しみが混り合う。


彼らと過ごせた日々はあたしの宝ものだ。二枚の手紙をショルダーバッグに入れる。


「僕と一緒に光の館に行かないか?」と言ってきた優也君(夜さんの姿だけど)。


「よく今までたえた」「彩音ちゃんの友達になれて嬉しい」と言ってくれた玲奈ちゃん。本当に嬉しかったなー。「お前の居場所はここにあるだろ?」と言った悠月。


最後もあたしにチャンスをくれた。悠月、本当にありがとうと今更思う。


「椿って歌上手だよな。声、綺麗だと思うぜ」と言ってくれた楓真君。


あたし、本当は昔歌手になるのが夢だった。その夢を楓真君がまた見せてくれた。


「彩音ちゃんみたいな優しい子と友達になれて嬉しい」と言ってくれた桜花ちゃん。


嬉しさが胸にこみあげてきたあの瞬間。あたしが優しいのってびっくりしたな。


「彩音ちゃんって凄いよね。自分の夢があって」と言った伊吹君の声。


最後の最後に振られたけれど、それも思い出だね。忘れたくないよ。


どんなにあたしがもがいてもさからえないという事に胸が苦しくなる。


皆が泣きながら、でも笑って手を振る姿が見えた。




目が覚めるとあたしはベッドの上にいた。


ショルダーバッグを持ったまま寝ていたようだった。


不思議だ。寝る時はパジャマでいつも寝ているはずなのに。


どうしてお出かけ用の服を着ているのかな…。頭がおかしくなったようだ。


とにかく、学校にまた行こうと思った。何故か行こうと思える。それも不思議だった。


ショルダーバッグから手紙が二通出てくる。封を開けて読んでみる。


椿 彩音へ


お前さ俺の事、嫌っていただろ?いつも睨んでくるから正直怖かった。


でも、お前が伊吹が好きな事に気付いた時、協力したいと心から思った。


だけど、何もできなかった。ごめんな。最後にこれだけは覚えておいてほしい。


お前が十九歳の十二月二十日にまた会おう。月空公園の桜の下で。


東海林 悠月より


彩音ちゃんへ


君は塞ぎ込んでしまっているだけで本当は皆と仲良くしたかったのでしょ?


美人で大人しい君は多分嫌われていないよ。彩音ちゃんは嫌われてなんかないよ。


学校に行けばきっと声をかけてくれる人がいるよ。


無理していく事はないけど、できれば言った方がいつか君は救われるよ。


僕達は君をずっと待っているしまたいつか出会えるはずだから。


優也より


あたしは一階に降りる。お母さんが朝ご飯を作っていた。


「お母さん、あたしもう大丈夫だから学校行くよ」と言った。


たくさんふさぎこんでたくさん心配をかけただろう。いつも見守ってくれていた。


本当にありがとう。あたしの事を産んでくれて育ててくれて。


お母さんは驚き何度も瞬きをくりかえしている。あたしがニコっと笑う。


そうしたらお母さんは泣きだした。あたしは慌てて駆け寄る。


「彩音がまた笑ってくれてお母さん、嬉しい」と言った。


あたしは朝ご飯を食べる。そして髪をセットする。


制服に着替えてリュックの中身を確認する。そして「行ってきます」と言い家を出る。


空が眩しく輝いている。マンションを下りると道路が見える。


久しぶりで不安だ。だけど、学校に向かう。誰かに背中を押されるように。


学校に着き教室に入る。皆、珍しいものを見るような目であたしを見る。


それに屈しないように笑顔を作って「皆、久しぶりー」と言う。


そうしたらある女子が「椿さん久しぶりー」と言い皆次々に声を上げる。


あたしは笑顔で自分の席に座る。できないと思っていた。決めつけていた。


だけど、これからはできるような気がする。友達や恋人が。



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