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「ありがとう」

俺の名前は五十木 楓真。最後の三十分をどう過ごそうかと考えていた時だった。


玲奈が伊吹に告白されていた。俺は伊吹よく頑張ったなーと思いながら見ていた。


その時、視線を感じて振り向くと薊がいた。伊吹は伝えたが俺はどうしよう。


怖かった。振られることは。俺はあの日、薊を好きになった。


あの日というのは八月の十五日の事だ。たまたま二人きりになった日だ。


皆まだ来ていないようだった。その時、薊が来た。俺が「よっ」と声をかける。


薊はびっくりしたように目を見開いて「楓真君」と言った。嬉しそうに。


その時、きっと薊は俺に好意を持っていると気が付いた。


前から薄々気づいていたけれどこの時、確信した。だけど俺はまだわからなかった。


自分の気持ちに確信がもてなかった。人を好きになるのが怖かった。


あの日、大好きだった親に邪魔だと言われた日から人が怖くなった。


お父さん(夜さん)でさえあの頃の俺は疑っていた。信じるのが怖かったから。


信じて傷つくのがもう嫌だったから。俺の親は優しい人だった。


だけど、俺が五歳の時急に人が変わったみたいに暴言を吐かれた。


叩かれた事だって何度もあった。最後に俺は捨てられた。


大好きだったからとても傷ついた。そして何があったのか知りたかった。


なんとかして助けたかった。俺が悪いなら尚更助けたかった。


俺に出来る事ならなんでも言ってくれたらいいと思っていた。


そう言った俺に親は気味が悪いと言いだったら消えろと言われた。


だから俺は言われた通りにあの家から消えた。それがあの人の願いならと。


そして、雪桜町の公園という寒い場所で一人泣いていた。


死にそうだった。凍死するかもと思った。もう眠ってしまうと思った時だった。


手を差し伸べて温かいマフラーと大きな上着をくれた人が居た。


それがお父さん(夜さん)だった。そして、彼は俺を大事に育ててくれた。


沖縄でお父さんと暮らしていた。お父さんは俺に幸せと希望をくれた。


俺が小六の頃からお父さんはある少年に会いに行くようになった。


俺は学校に行っていたし関係ない事だと思いながらも気になっていた。


そう。その会いに行っていた子は上青木 優也君だ。


俺はその頃は毎日が幸せだった。友達もたくさんいた。


だけど、あの日お父さんが亡くなった。二月四日のあの日。


夜さんが運ばれた病院で俺は嘆き命を投げ出そうとした。


だけど夜さんの息子さんが雪空町からやって来て俺を引き取った。


友達とも別れる事になった。雪空町の中学に入ったが行かなかった。


入学式でさえ行けなかった。お父さんのいない世界なんて生きる意味がなかった。


引き籠ってしまった俺に息子さんは毎日朝ご飯を届けに来て仕事に行っていた。


昼ご飯のお弁当も毎日仕事に行く前に置いといてくれた。


帰ってきたら夜ご飯も急いで作ってもってきてくれた。いつも俺を心配していた。


時々、綺麗な景色を見に行かせてくれた事もあった。大自然を見せてくれた。


そうだ。彼もいい人だったではないか。これからはもっと話そう。


俺は今更そう思った。あっ、話がめちゃくちゃそれてしまっていた。


薊を好きになれたのはあの日の薊がとても素敵だったからだ。


彼女はこの場所が本当に好きだと笑っていた。ここが居場所だと言っていた。


俺も同じ気持ちだった。その時、薊を好きになりたいと思った。


勇気を出してまた人を信じた。信じたかったから。


だけど、人を好きになるって久しぶり過ぎてどうすればいいかわからなかった。


だから、薊と全然話せなかった。つい玲奈とばかりしゃべってしまう。


玲奈と居るのは楽だった。それに楽しかった。玲奈は本当に素直だった。


いじめられた理由がわからなかった。だけどいじめってそういうものだと思った。


俺もいきなり虐待を受けた。どうしてかわからなかったのに。


だけど今、俺は薊に伝えられた。やっぱり両思いだった。本当に俺バカだったな。


彼女の瞳から涙が溢れて零れていく。俺だって泣きそうになる。


だが、必死に堪えて上を向く。その瞬間一人ずつ優也君と悠月が手紙をくれる。


それを受け取りながら「サンキュー」と呟く。全員に。


時間が来る。さようなら。俺の大好きだった世界。いつかまた出会えますように。


溢れる愛がとまらない。とめどなく愛が溢れて涙が零れていく。


走馬灯のようにここでの想い出が駆け巡っていく。


一つ一つの思い出がアルバムのように順番に流れていく。


俺にいじめられている事を話してくれた。味噌汁を作ってくれた玲奈。


あの味噌汁めっちゃ美味しかった。お母さんの味噌汁が俺は好きだった。


だからあの時、久しぶりに飲んで本当に嬉しかったな。幸せだった。


悠月は本当にいつも必死だった。生きる事が辛そうだった。


なのになにもないみたいな顔を平然としていた。俺は驚いた。


だけど彼の「俺はなんにもない」と言った言葉が忘れられない。


彼は「俺は」と言った。俺じゃない周りの誰かが何かがあったのだろう。


それできっと悩んでいたはずだ。なのにあいつはいつも平気な顔をする。


自分勝手な事をする。だから、正直ほっといたら死にそうだと思った。


伊吹は本当に素直で真っすぐな子だった。だけど、いつも不安そうにしていた。


でも、ある時、伊吹は急におどおどしなくなった。不安そうじゃなくなった。


俺は…伊吹が凄い奴だと思った。だって最後もしっかりと想いを伝えていた。


だから、俺も勇気を出して伝えられた。本当に感謝している。


椿はあまり喋る事はなかったが俺に「伊吹君が好きなんだ」と相談してきた事がある。


驚きながらも俺は複雑な気持ちになったのを覚えている。伊吹は玲奈が好きだから。


だが傷つけるのも嫌だったから「そっか、無理すんなよ」と言うしかなかった。


俺は駆け巡る走馬灯の中ある場面に釘付けになる。お父さんの微笑みだった。


お父さんの声が胸に響く「ごめんね。楓真。そして、ありがとう」


やっぱりお父さんは不思議だ。あれだけお父さんは謝る必要がないと思ったのに。


その時お父さんが「楓真という子どもが居るのに優也君を助けてしまって」と言った。


俺が「えっ」と言うと「最後の灯を彼に使って楓真の傍にいられなくなった」と言った。それで謝っていたのか…だとしても「お父さんは、俺を育ててくれただろ」


俺はそう呟く。皆が泣きながら、でも笑って手を振っているのが見えた。




そして目が覚める。目が覚めると俺はベッドの上に居た。


今日は十二月二十一日。俺はずっと夢を見ていたようだ。


毎日、同じ世界に行く夢を。「お父さん。俺しっかりと阿月さんと話す」と俺は呟いた。


そして、久々に部屋を出ようとした時だった。ポケットに手紙が二通入っていた。


誰からだろうと思いながらも一通目の封を開ける。


五十木 楓真へ


俺は楓真に出会えて幸せだった。お前の根っからの優しさに助けられた。


本当の事を今から書きます。俺は本当はなんともなくありませんでした。


自分でもあの時は気づいていなかった。優也を助けたかったから。


だけど、お前と話すうちに心が落ち着くなって思うようになった。


お前と過ごす時間はとても居心地が良くていつも幸せだった。


だから、本当に感謝している。お前が居なかったら俺生きられなかった。


生きるのが辛かったから。いつも生きるのが辛かった。


だけどお前に出会って生きるって幸せなのだと思い出せた。


俺の為に誰かが何かしてくれるのだって知ってめっちゃ嬉しかった。


だから、なんか上手く言えないけど絶対にいつかまた会おう。


月空公園の桜の下で会おう。俺は二十歳の十二月二十日にそこにいるから。


それじゃあまたな。


東海林 悠月より


自然と涙が零れる。それが紙に…落ちてにじんでいく。夢の中の少年と重なる。


名前も顔も思い出せない少年と重なる。悠月、それは俺の知っている名だと思う。


俺は二通目の封を開ける。直感的にさっきの手紙と関係あると思った。


楓真君へ


僕を助けてくれてありがとう。僕は君に本当に救われたのだよ。


君が僕にここに居たいとこの世界が好きだと言ってくれた時、嬉しかったよ。


楓真君は僕が苦しそうにしていたらいつも気づいてくれたよね?


いつも笑って誤魔化していたけれど君に無理するなと言われた時。


この子は本当に優しくて素敵だなと思った。


だけど、僕のせいで君を傷つけてしまったと気が付いた。本当にごめんね。


君から夜さんを奪ってしまったのは他でもない僕だよ。謝罪する。


だから僕は、僕の病気がなくなると同時に楓真君を幸せにしてください。


そう夜さんに頼んだ。そうしたら「当たり前でしょ」って言ってくれた。


優也君が心配する事じゃないって微笑んでくれた。僕、夜さんが大好きだった。


楓真君、いつかまた会おうね。その時は友達になってほしい。


優也より


涙がまた溢れて止まらない。紙に落ちないように手紙を封筒に大事にしまう。


とっくに友達だろ。そう思った。絶対またいつか会おうと思った。


優也君はどこまでもお人好しで素敵な人だった。


自分が死にそうでも俺の幸せを願ってくれた。人が良すぎるだろ。


そうだ。だから、俺はまた人を信じようと思えたのだ。


優也君があまりにも優しいからまた人を信じられたのだ。


顔も名前もわからない夢の中の少年少女達に心から感謝する。


俺の生きる意味はここにある。お前達がいるかぎり俺はまだ生きたいと思う。


お前達が必死に悩んできたようにこの世には数えきれないほどそういう人がいる。


俺の夢、やっと見つけた。俺はそういう人を救いたい。だから生きるのだ。


辛い事はこれからも数えきれないほど襲いかかってくるだろう。


それでも、俺はこの夢を通してそれでも生きたいと思えるようになった。


階段を下りる。今は朝の五時。そこには朝ご飯を作っている阿月さんがいる。


俺は「阿月さん!俺、雪桜町に帰りたい。今すぐじゃなくてもいいから」と言った。


彼は驚きながら「よかったーまた楓真が自分の気持ち、言ってくれて」と言った。


阿月さんの瞳から涙が溢れてくる。どいつもこいつもいい人だった。


俺の周りにはこんなにも優しい人ばかりだった。凍死していた心が温かくなる。


人の優しさをまた信じる事ができた。俺は「阿月さん、今までごめんなさい」と言う。


すると阿月さんは「俺の方こそ本当にごめんな。今まで辛かったよな」と言う。


その優しさのこもった言葉に涙が溢れて止まらなくなる。


俺は本当にバカだった。阿月さんの事全然わかっていなかった。


俺は「だから、いつか雪桜町に住みたい」と言う。


阿月さんは「わかった。できるだけ早く行けるようにする」と言ってくれた。


彼はまだ二十代なのに…俺の為にこんなにも頑張ってくれる。


人生の大事な時期を俺に使ってくれている。それなのに…俺は。


いつから、こんなにも周りが見えなくなっていたのだろうか。


阿月さんは本当に素敵な人だ。そんな人にたくさん迷惑をかけた。


だけど…それも人生の一つなのかもしれない。俺は「ありがとう」と言う。


色々な意味を込めて今までの全ての事を想って。そして煌めく世界の中、息をする。



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