01 事の起こり
同居している兄が、用事があると言って出て行った。僕は一人で夕飯を食べ、ベッドに寝転がって兄の帰りを待った。暇つぶしは最近ハマっているネット小説。ちょうどキリのいいところで兄が帰ってきた。
「瞬! ただいま!」
「おかえり兄さん。どこ行ってたの?」
「セミナーだ! 老後資金が不安でさぁ……」
「ふぅん……不動産収入あるのに?」
「あれだけじゃ足りねぇよ。でな、色々教わってきたんだ。俺は商売を始める!」
「はぁ……」
兄の目はらんらんと輝いていた。僕は兄が提げていた紙袋が気になった。
「兄さん、それ何?」
「これか? 手始めにひよこ饅頭を買ってきた」
「えっ? 何で?」
「俺な、ひよこ饅頭鑑定士になろうと思うんだ」
「……はっ?」
兄は自信満々にこう告げた。
「ひよこ饅頭っていっても、博多と東京では微妙に違いがあるらしいんだ。判別できる唯一の人材になれば、商機になると思わないか?」
「思わないよ! やめた方がいいよ!」
「なんだよノリ悪いな。ひよこ饅頭鑑定士っていう資格は存在しないから、協会を立ち上げて、そこの会長になってだな……」
「もうそこまで構想進んでるの?」
ノリノリの兄はリビングに行ってひよこ饅頭の箱を開けた。
「これは東京のひよこ饅頭だ。瞬も食ってみろ」
「ああ、うん……」
包み紙を外した。つぶらな瞳の可愛いひよこ饅頭。これと目が合うと食べるのが可哀想になるので、それをなるべく見ずにぱくりとかじりついた。
「うん……美味しいね……でも博多のやつと比べながら食べないと意味なくない?」
「うるせぇな、とりあえずは東京の味を頭に叩き込むんだよ」
それから、兄の挑戦が始まった。
博多のひよこ饅頭も手に入れて、僕が包み紙から取り出して兄に手渡し、鑑定をさせるのだ。
「うーん、これは東京!」
「ブー。博多でしたー」
「何ぃ!」
兄なりの鑑定基準があるらしいが、それはことごとく外れ、的中率は五割を下回った。ひよこ饅頭鑑定士協会の設立についても、専門家に頼むとコストがかかるという理由で自力でやろうとしていたが、難しかったのか頓挫した。
大量に買ったひよこ饅頭の箱を前に、兄はこう言った。
「あーあ! やめたやめた! ひよこ饅頭鑑定士なんて! どこの誰に需要があるんだよ!」
「僕はやめた方がいいって言ったよ? このひよこ饅頭どうすんのさ!」
「俺もう食いたくない。瞬、なんとかしろ」
「ええ……」
仕方がないので、僕は事前連絡なしで実家にひよこ饅頭を送りつけた。父から「いくら何でも多すぎる」と文句がきたので、兄の所業を話した。父は製造者責任を取ってひよこ饅頭を食べるなり配るなりして処理してくれたそうだ。