前編
あらすじにも記載しましたが、この作品は他サイト様に先行で投稿していたので、同じ話数をどどんと一気に投稿しました。
━私は今、目の前の光景に‥‥周囲の人々とは裏腹に、その表情は冷めきっていることだろう。
現に、内心どん引いている。
そして、ため息一つ吐いたあと━
「‥‥噂通り‥か‥‥」
そう呟きながら、私は踵を返して我が家に戻った。
**
━ヴァシーリ侯爵邸。
「ただいま。」
『おかえりなさいませ。』
使用人一同が出迎えてくれる中、一人の男性が前に出てきたかと思うと、窺う様に私を呼んだ。
「エレーナ様‥‥」
「‥‥バルトロ。噂は本当だったみたいだわ。」
『!!!』
使用人一同が驚く中‥‥
「‥‥左様でございましたか‥‥」
「バルトロ。‥‥ごめんなさい。」
「!? そんな!!エレーナ様は何も」
「ふふっ。─そう言ってくれるのは嬉しいけれど‥‥」
辺りに漂う暗い雰囲気。
それを打ち破ったのは執事長たるバルトロだった。
「‥‥エレーナ様。後は我々にお任せを。‥‥先に向かってください。」
「‥‥ええ。ありがとう。─みんなも。我が儘を言ってしまうけれど、よろしくね。」
『お任せくださいませ!!』
そうして、私はメイド数人と共に自室へと向かった。
━━ふふっ‥‥せいぜい後悔するがいいわ。アルトゥールの大馬鹿が!!!
そんな怨念にも似た様なことを考えながら準備していたからか、メイド達は誰一人声を掛けてこなかった。
そして、一通り荷造りが完了し異空間収納に全て入れ終わったあと。手紙と離縁届けに記名した物を一枚、執務室の机の上に置いた。
私は再び玄関フロアに降りて、バルトロやメイド達との別れを惜しんだ。
━全員、ここヴァシーリ侯爵家に嫁いできた私の味方になってくれた人達だったから。
「バルトロ。これ。」
そう言って渡したのは離縁届けの予備。
「アルが破り捨てた時用よ。」
『‥‥‥』
一同苦笑いの中、バルトロも苦笑いを浮かべつつ受け取ってくれた。
「エレーナ様。我々が向かうまでどうかご無事に‥‥」
「ええ。─みんなも。待ってるわね。」
『はい。』
そして、私の周りに一緒に来てくれるメイド3人と護衛2人が集まった。
「じゃあ、よろしくね。─またね、みんな。」
『はい!!』
全員の笑顔を見たのを最後に、私と一緒に行く5人はヴァシーリ侯爵邸から姿を消した。
*****
私の元の名前はエレーナ・サナエフ。伯爵家の長女だった。
そして、弟が生まれてからも好きで続けた内政等の勉強。
サナエフ家の後継ぎは弟がいるから、私は嫁に出る必要があった。━とはいっても我が家の財政状況は両親が真面目だったこともあり、困窮していることなどはない。
単に18歳という適齢期だっただけだ。
その時期にようやく婚約者を探す程、両親は私を自由にさせてくれていた。
ただ、残念ながら魔法学園に通ったにも関わらず、良い方との出会いはなかった。
そうして両親が持ってきた縁談相手の一人が、後に夫となるアルトゥール・ヴァシーリ侯爵令息だった。
彼は私の5つ年上で、当時23歳。
騎士団に入って少しずつ昇格していく途中だった。
初めて会ったときは『カッコいい』とか『優しい人』とか、ただ好印象なところしかなくて。
見た目も、一見地味だと言われそうな茶髪だけど、瞳の色はエメラルドの様に綺麗な緑で。精悍な顔つきとつり目気味の目が若干怖く感じた程度。
話してみると騎士とは思えない、穏やかな話し方でとても話しやすかったのを覚えている。
━だから、私はアルトゥールにすぐに惹かれていった。
そして、両家の当主夫妻や私達当人の合意の上で婚約が整うのもわりと早かったと思う。
それから一年掛けてお互いの仲を更に深めたあと、そのまま結婚した。
━そこまでは順調だった。
結婚して一年経っても、私達は子宝に恵まれることはなかった。
しかも、馬車の事故で侯爵家の前当主である義両親が、突然帰らぬ人となってしまったため、私達は当主の引き継ぎ等でそれどころではなくなった。
そんな時、隣国から戦争を仕掛けられ、その時には部隊長にまで昇格していたアルトゥールも戦争に駆り出されることになった。━侯爵当主にも関わらずだ。
『必ず帰ってくるから待ってて』
それだけじゃなく
『大丈夫。エレーナを未亡人にはしないから』
と縁起でもないことまで言ってきたが、アルトゥールは笑顔で出立していった。
その後、私はバルトロや使用人達と協力して、なんとか侯爵家を維持してきた。
━5年間。
私は既に25歳になっていた。
そして、戦争は我が国の勝利で終わった。
まさかのアルトゥールが英雄的活躍をしたらしく、帰国する途中の街などでモテまくっていると。
そんな話と共に嫌な噂も流れてきた。
『聖女とヴァシーリ侯爵は良い仲らしい』 と。
当初は私達も誰も本気にしなかった。
けれど、彼らが王都に近付くにつれ、噂は真実味を増していっていた。
ということで、最後の確認。ということで、私は沿道に詰めかけた人混みに紛れて、凱旋パレードの様子を見た。
すると、我が夫は銀髪紫眼の美女と馬に相乗りし、それはそれは仲睦まじそうにしながら、沿道の市民に手を振っていた。
それを見た私は『戦争じゃなく、浮気しに行ったのか?』とイラつき、即侯爵邸に戻り、バルトロや使用人に『浮気者のくそ野郎が帰ってきたら離縁届け提出させて』と任せて去った。
行き先は戦争した西隣ではなく、反対の東の隣国に予め買っておいた別宅だ。
ここは奴の浮気疑惑が上がる前から侯爵家の予算で買っていたところ。
もちろん借金とかしてないし、予算内でやりくりした余剰。つまり、ちゃんと利益があった中から使って買った。
いつか夫婦で旅行に行こう。とかつて奴と約束していたからだった。
━その約束すら覚えているか怪しいところだ。
そうして、私とメイドや護衛の合計6人で東の隣国に移動した。
もちろんちゃんと自国から出国して、隣国に入国する手続きはした。
なので、転移魔法は2回使ったことになる。
ちなみに、1日に2回はさすがに魔力量の観点で使えないので、隣国に入国したあとすぐの街で一泊してから屋敷に向かった。
*****
━半年後。
「エレーナ様!!」
そう呼びつつ、余程焦っていたのかノックもせずに入ってきたのは、メイドの一人のセニア。
「セニア?どうしたの?あなたがノックもしないなんて珍しい‥」
「はっ!‥申し訳ありません!」
「いえ、構わないけれど‥‥どうしたの?」
「や、奴が‥‥!!」
「奴?」
「奴が!‥って一応不敬になるのかしら‥‥?」
一人で首を傾げてないで、本題に入ってほしい。
そう思ったところで、今度は同じくメイドのノーラとカーチャが入ってきた。━同じく慌てた様子で。
「エレーナ様!!」
「大変ですわ!!」
「だから、何が大変なの?」
「「奴が!!」」
「‥‥だ・か・ら、奴って誰よ!?」
「「「アルトゥール様です!!」」」
「は?」
━━聞き間違い?
「ですから」
「アルトゥール様が」
「今、玄関口にいらっしゃってるんです!」
「はあ!?何であいつが来るのよ!?」
「「「知りません!!」」」
「‥‥仕方ない。行くわ。」
「「「お供します!!」」」
━━確かに、バルトロ達なかなか来ないな~とは思ってたけど!!何故ここまで奴が来るのよ!?
そう思いながら玄関口まで向かうと、双子の護衛であるルスタンとルスランが奴の肩を掴んで足止めしていた。
「げっ‥‥本当にいるわ‥‥」
思わず呟いたその言葉が聞こえたかは定かではないけれど、奴が‥アルトゥールがこちらを見たことで、視線が合ってしまった。
その瞬間、アルトゥールはそのエメラルドの様な瞳を輝かせて言った。
「エレーナ!!私の愛しのエレーナ!!やっと会えた!」
「「「「「「‥‥‥」」」」」」
私達一同、同じ事を思っただろう。
『何言ってんだ?こいつ』 と。
だが、一応侯爵当主であるこいつに話すなら元妻の私だけだろうと、仕方なく口を開いた。
「どの口が愛しのとか言ってるのかしら‥‥?」
━ただし、イラつき全開で。
「っ!‥‥エレーナ‥‥?」
奴は驚き、戸惑いだした。
「バルトロに聞いたでしょう?─折角お膳立てしてあげたのに、今更何しに来たの?」
「!?‥‥じゃ、じゃあ、あの離縁届けは本気で‥‥?」
「は?当たり前でしょ?」
「そんな!!」
「‥‥なんであなたがそんな悲壮感出してる訳?私があれだけお膳立てしてあげたのに、まだ足らなかった?」
そう。私が離縁届けを置いて去った先が隣国なのもこいつのためでもあったのだ。
伯爵家に戻っても、後を継ぐ弟の邪魔になるだろうし、こいつの相手が聖女様なので、当然侯爵邸から追い出されると分かっていた。それなら先に離縁届けを置いて出ていってあげた方が離縁しやすいし、私が国内にいない方がお互い気まずくなくていいだろうと。
━だというのに!!!
「そんな‥‥お膳立てなんて‥‥侯爵邸に帰ってきて、愛するエレーナが離縁届けを置いて出ていったと知った私の気持ちが分かるか‥‥?」
「は?‥‥すんなり聖女様と再婚できる。やったー!‥‥とか?」
━嫌味か。と棒読みで言って差し上げた。
「は!?‥‥エレーナまであの噂を信じてたのか‥‥?」
「は?噂だけじゃなく、凱旋パレードでもいちゃついてたのに、何言ってるの?」
「は!?いちゃ‥‥?」
「私、凱旋パレード見たのよ?相乗りして仲良さそうな2人をね。」
「!?‥‥あれは!!」
「何よ?」
「!! と、とにかく誤解だ!!」
そんな言い合いをしていると、いつの間にかいたバルトロが口を開いた。
「あの‥‥」
「なによ!?」「なんだ!?」
ものすごく不愉快なことに奴と声が被る中、苦笑いでバルトロは続けた。
「お2人共、場を改めませんか?─少なくとも、玄関口でするお話ではないかと‥‥」
「「あ。」」
再び声が被ったので、奴を一睨みしてから踵を返した。
「ついてきて。‥バルトロもよ。─ノーラ、カーチャ。紅茶の準備を‥‥仕方ないからアルの分もお願いね。」
「「‥‥はい。」」
2人は不服そうだったが、私の指示なら仕方ないと思ってくれたのか、奴を同じく一睨みしてから去っていった。
そうして、奴とバルトロを案内したのはもちろん応接室。
私の対面に奴とバルトロを座らせた。
この言い方でお分かりだろうが、奴が平然と私の隣に座ろうとしたため、『あなたも向こうよ』と睨みながら言ったら悲しそうにしながらも大人しく対面に座った。
ちなみに、セニアも奴に睨みを利かせつつ付いてきてもらっていて、今は私の背後に立ってくれている。
やがて、ノーラとカーチャが紅茶を淹れてくれて、私達3人の前にそれぞれ置いてくれたあと、2人もセニアの横に並んだ。
そして、2人が淹れてくれた紅茶を落ち着くためにも飲み、その相変わらずの美味しさに癒された。━その後。
目の前の2人を見据え、まずはと確認に入ることにした。
「さて、まずはバルトロ?この人に話したのよね?」
「はい。もちろん、きっちり全て。」
「なら、何故この人はここにいるのかしら?─あと離縁は?完了しているのよね?」
「「‥‥‥」」
2人が気まずそうに視線を反らしたことに苛立ちが復活した私は、バルトロを見据えて続けた。
「‥‥バルトロ?話しなさい?」
「っ!‥‥エレーナ様。離縁は完了しておりません。」
「何故かしら?」
「‥‥アルトゥール様が全く納得せず、ご記名頂けなかったからにございます。」
「ほぅ‥‥?─アル、私をそんなに苦しめたいの?」
「は!?な、何故そうなる!?」
「浮気しといて、離縁したくない。─ふざけてるとしか思えないわ。‥‥だいたい、聖女様はどうしたの?ほっといていいの?」
「だから、誤解だって!!」
「どこが、どの様に、誤解なの?はっきり言ってくれるかしら?」
苛立ちを乗せつつ、淡々と問いかけて差し上げた。
「っ!‥‥聖女様とは何もない。‥‥協力を求められただけだ。」
「「「「は?」」」」
私とメイド3人の声が被る中、奴は続けた。
「聖女様の本命は第2王子殿下だ。」
「「「「は!?」」」」
再び女性陣の声が被ったあと、奴がなんとか話してきた内容はというと━
曰く。
『他の人と噂になったら焦って求婚してくれるかも』
『高位貴族の当主であり、国の英雄となったアルトゥールなら一番現実見があってちょうどいい』
『既婚者だから、奥さんに誤解されても挽回できると思っていたから』
等々を言われて仕方なく協力することにしたそうな。
そして、当の聖女様はというと、見事嵌められた第2王子から求婚されたらしく、近いうちに婚約が結ばれて披露パーティーが催されると。それに私達夫婦を招待したいと。聖女様が私に直接謝りたいと仰っているらしい。
それを奴はまずバルトロに説明したが、当然全く信じなかった。
王宮内で聖女様の婚約話が出た最近になってようやく信じたらしく、2人で私を連れ戻しにきたそうな。
一連の全てを聞いた私は、まず━
「‥‥アル?それならそれで、何故手紙でもいいから、私に知らせなかったのかしら?」
「あ‥‥えっと‥‥」
━━こいつ、本当に英雄なのかしら?むしろ、本当に騎士よね?─そこを疑いたくなってきたのだけど‥‥
はっきりしない物言いに苛立ちが増す。
「‥‥ああ!もう!はっきり言ってよ!!これ以上イライラさせないで!!」
「っ!‥ご、ごめん。‥‥その、手紙は‥‥考えてなかったんだ‥‥」
「はあ!?」
「いや、まさかエレーナまで噂に惑わされるなんて‥」
━その時、私の何かが切れる音がした気がする。
私は立ち上がり、奴を見下ろしながら怒りのみを乗せたまま告げた。
「なに?私が悪いっての?‥‥この5年の間、音信不通のあなたを待ちつつ、侯爵家を切り盛りして‥‥そんな中、ようやく戦争が終わったと、あなたも生きて帰ってきてくれると知った時は屋敷の皆で喜びを分かち合ったわ。‥‥でもね?あなたがさっき言った様に、あなたと聖女様という現実見のありすぎる噂が聞こえてきたの。─私こそ言いたいわ。その噂を聞いた時の私達の気持ちがあなたに分かるかしら?」
「!!!‥いや、あの、」
「音信不通でどうしていたかも分からない。5年なんて私より長い期間一緒にいたら、それは心変わりするかなって思うじゃない。しかも、相手は聖女様。─想像しかできないけれど、死戦を何度も2人で乗り越えたとかあったらなおのこと。」
「‥‥‥」
愕然とした表情に変わっているが、続けた。
「‥‥それに、私達には子供がいない。離縁もまだしやすいし、私をあの時点で見限ってるなら聖女様は最高の再婚相手だもの。」
「!!! そんな、見限るなんて」
「実際、一年経っても子供が生まれないならと再婚を考えるか愛人を持つ人だっているじゃない。」
「っ!‥‥そうだけど!!!」
「これで分かったでしょう?─あなたは不誠実極まりない、最低な夫だってことが。」
「‥‥だから、私を捨てるのか‥‥?」
「違うわ。私のあなたへの想いを壊したの。─あなた自身がね。」
「!!!‥‥‥嫌だ‥‥」
ぼそっと呟かれた言葉が聞き取れなかった。
「え?」
聞き返すと、アルも立ち上がり目の前のローテーブルを避けて私の側で跪いた。
「は!?ちょ、アル!?」
「エレーナ、お願いだ。私を捨てないでくれ‥‥なんでもするから、私の側に帰ってきてくれ。」
「だから、私が捨てるんじゃなくて」
私が返すのを遮る様にアルは続けた。
「戦場でもエレーナのことを思い出さない時はなかった。むしろエレーナの待つ屋敷に早く帰りたいと、それだけを願って戦っていたんだ!‥‥私だって本当は戦争なんぞ行きたくなかった。けど、エレーナが暮らす我が国を守るためなら、エレーナを守るためならと苦渋の決断で行ったんだ。」
「「「「「え?」」」」」
女性陣+バルトロの声が被るも、まだ続けた。
「エレーナが待ってくれてると思ったから、辛い状況を何度も乗り越えられたんだ。‥‥‥エレーナ。私にはエレーナが必要なんだ。私の隣はエレーナじゃないと嫌なんだ。
‥‥‥‥エレーナぁ‥‥エレーナが側にいてくれないと、落ち着かないんだ。生きていたくなくなるんだ。だから、お願いだから私の側に帰ってきてくれ。離縁以外ならなんでもするから‥‥」
━━途中から涙目のこの人、どうしたらいいかしら‥‥?
なんだか怒りが萎んでしまい、私は再びソファーに座って頭を抱えた。
「エレーナ‥‥?」
私の顔を覗き込もうとしたので、片手で『待て』を示すと、アルは大人しくその場に座った。
視界の端に映る範囲で見る限り、何故か正座しているっぽいのだが‥‥?
━とりあえず。
「バルトロ。」
「は、はい。」
「今の話、本当?」
「はい。私もアルトゥール様に王宮にお連れ頂きまして、なんと聖女様とお話させて頂けました。ナルヴィク殿下もその場にご同席くださり、一緒に全てお聞きしました。」
━ナルヴィク殿下とは、件の第2王子殿下のことだ。━
「‥‥そう。」
もう、私はそれしか返せなかった。
━━さて、どうしよう‥‥?
何せ私は今いる屋敷で私独自の商会を立ち上げており、ある程度の利益が出始めた頃だったのだ。
だから、私は普通にこの半年間セニア達5人を養いつつ生活できていた。
自国に戻っても続けることは可能ではあるが‥‥
当初、私はこの隣国に移住する気でいた。それこそ死ぬまでだ。
伯爵家である実家の家族にも手紙で知らせてある。
侯爵家も当主であるアルが戻るなら大丈夫だろうと。
━だからこそ。
『折角、誰の迷惑にもならない様に段取りしたのに‥‥』
これに尽きる。
そして、私に視線が集まっている現状に堪えられず、なんとなく、膝の上に頬杖ついて奴の顔を見てみた。
「?」
アルは涙目のままきょとんと首を傾げた。
「‥‥ねぇ、アル。」
そのまま気だるく感じながら、なんとなく話しかけてみた。すると、袖でごしごしと眼を擦ったあと、私を真っ直ぐ見てきた。
━ちなみに、やっぱり正座していた。━
「なんだ?」
「ずっと聞きたかったんだけど、私のどこが良くて結婚したの?」
「「「「「え?」」」」」
今度は私以外の全員の声が被ったが、アルだけはすぐに表情を綻ばせて答えてくれた。
「一番は笑顔が可愛かったから。かな。」
「え?」
今度は私がきょとんとする番だった。
「騎士団の話なんてつまらないだろうに、ちゃんと聞いてくれるし、ふとした時の笑顔は破壊力満点の可愛さなんだぞ?─それに頭もよくて誰に対しても平等で優しいからすぐに屋敷の使用人や両親にも気に入られてただろ?それが嬉しくてな。だから、結婚するならこの人しかいないって思ったんだ。」
「!!!」
初めて聞いたことばかりだった。
屋敷の使用人達や義両親は最初から優しかったから特にどこを気に入ってもらえたのかが分からない。
「‥‥お義父様とお義母様は私のどこを‥‥?」
「ん?‥ああ、私と似たようなものだよ。母上なんか、初対面のその日の夜に興奮した様に、『アル、なにあのとんでもなく優しくて良い子!今まで誰とも婚約したことがないのが不思議なくらいだわ!絶対に手放したら駄目よ!』ってな。父上も後々言ってきたよ。『アル。あの子は素晴らしいぞ。物覚えもいいし、勉強熱心で教え甲斐がある。アルは騎士団に所属しているから、侯爵家の当主はお前でも、仕事をエレーナに任せるのも一つの手だぞ。』って。」
「そうなの!?」
「ああ。‥‥エレーナ。」
「な、なに?」
「私達ヴァシーリ侯爵家はエレーナ・サナエフ伯爵令嬢に、婚約の段階で心を掴まれていたんだ。」
すると、バルトロがそれに続いた。
「ええ。もちろん、我々使用人一同も同様です。ですから、セニア達も喜んでエレーナ様についていったのです。‥‥エレーナ様。これは侯爵邸に残っている一同の総意でございます。」
そこまで言ったところでバルトロは立ち上がり、頭を下げて続けた。
「どうか、この情けない英雄当主を許して差し上げてください。そして、どうか侯爵邸にお戻りください。お願い致します。」
「‥‥‥」
私はバルトロの様子を見てため息を吐いたあと、苦笑いになっていることを自覚しつつ答えた。
「‥‥アル。バルトロを味方につけるのは卑怯だわ。」
「「!!!」」
その瞬間バルトロは顔を上げたし、アルは正座したまま私を眼を輝かせて見上げた。
「じゃあ!エレーナ」
「はぁ‥‥仕方ないから帰ってあげるわ。そして、聖女様とナルヴィク殿下の話をお聞かせ頂いてから許すかどうか判断するわ。」
「「え?」」
「私達の話、信じてくれてないのか!?」
「私は必要だと思ったら自分で見聞きしないと気が済まないの。─特にバルトロは信じてるわよ?」
「私は!?」
「浮気疑惑はあなたでしょう?」
「!!!‥‥‥とりあえず、帰ってきてくれるんだよな?」
「仕方なくね。」
「なら一先ず良かった。‥と思うことにする‥‥」
そう言ってしょんぼりしたアル。
その様子がちょっと可愛いと思ってしまったのは内緒だ。