キノヤのコップ
ユキの言葉に甘えて、手にとってみる。
置物はやはり木に塗りものをして仕上げてあるようだ。
重厚感のある見た目であるが、意外と軽い。文字が書かれているのは正面だけで、裏面は無地。底面は切りっぱなしで加工されている様子はない。
そして工房キノヤの名前と、一緒に描かれているこのマークは。
「これはやはり、王家の紋章でしたか。」
「そうです。王家から直接、表彰を受けた時にいただいたんです。
もっとも、私がキノヤに入るよりも前の話なので、だいぶ昔の話ですけどね。私はその話にあこがれて、この工房で働き始めました。
このカップは、工房で働く私たちにとってはちょっとした自慢の一品なんです。」
自分自身の発言を裏付けるように、ユキの表情は明るく、自尊心を感じるものだった。
俺は改めてカップを眺めた。
何の変哲もない木製のカップである。
「逸話をお話したいのは山々なのですが、さっき職人衆の親方にさっさと新人を連れて来いとどやされてしまいまして。お茶を飲んだら連れていくと約束してしまったので、まずは工房内の案内に移らせてください」
「あ、はい。」
逸話が聞けないのは残念ではあるが、この様子ならだれでも話してくれそうだ。またチャンスはあるだろう。
俺は気持ちを切り替えて、カップに残っていたお茶を一気に飲み干した。
「ごちそうさまでした。では、よろしくお願いします。」
建屋の真ん中に階段がある。先ほどのユキの説明通りなら、職人衆、つまり加工係の作業場は二階にあるはずで、職人衆の親方もそこにいるのだろう。
階段の手前に建物内のマップが貼ってあったが、先ほどユキに説明を受けた通り、二階には加工係の名が記されている。
階段をのぼりながら俺は尋ねた。
「職人衆の親方は、どんな方なんですか?」
「そうですねぇ。別に悪い男ではないのですが…、」
ユキは奥歯に物が挟まったような言い方をして言葉を濁した。
まぁ、もうすぐ会える。会えばわかるだろう。