いざ、大店へ
今日から勤める工房キノヤはベル王国の中でもかなりの大店である。
もともとは木桶を得意としていて今も木桶が一番の売れ筋だが、最近は木桶に限らず様々な木製生活用品を作っている。価格帯も王宮向けの最高級品から庶民向けのリーズナブルな品まで多岐にわたり、ベル王国で暮らしていれば工房キノヤの製品に触れない日はないだろう。
俺は自分に工房キノヤを紹介してくれた男の顔を思い浮かべながら、そんな事前情報を脳内で反芻する。実際、市場で工房キノヤの製品として見た木製食器は、同価格帯の他の工房のものと比べて曲線が滑らかで持ちがいいようで市民たちからの評判も上々だった。
仕事柄様々な工房や作業所を転々としているが、初日はいつも緊張する。
家から工房キノヤまでは徒歩で小半時ほど。徐々に日が昇り、少しずつ気温も上がってくる。
寒い季節ではあるが、歩いているとじんわりと汗をかく。
大通りから一本入った工房が立ち並ぶ一角に工房キノヤはある。
教えられた角を曲がった瞬間に目に入ってくるひときわ大きな建物、それが工房キノヤだ。
門の周辺はきれいに掃き清められていて、すっきりしている。立派な門構えに少々緊張しながら、俺はドアをたたいた。
「おはようございます!今日からお世話になりますニトです。」
できるだけ明るく、第一印象を損なわないように。初めての工房を訪問するときはいつも、もう一つの世界で教えられたことを思い出す。
やや間があって、ドタドタと走ってくる音がしたかと思うと、勢いよく扉が開いた。
「おはようございます!お待ちしていました!」
現れたのは長身で眼鏡をかけた男性である。年齢は俺とそう変わらないだろうがやわらかそうな髪が跳ねて、男を年齢より幼く見せている。
「ニトです。よろしくお願いします!」
相手の顔を見て、笑顔を作る。
目があうと男はへにゃりと破顔した。どうやら第一関門は突破のようだ。
「こちらへどうぞ」
男の後に従い扉をくぐる。窓はあるもののこの時間は日がささないらしい玄関は、ランプに火が灯っているものの薄暗い。目を凝らすと玄関から一直線に長い廊下があり、その両側に部屋が並んでいる。俺はすぐ右手の部屋に案内された。
案内された部屋は明るかった。特別広くはないが厚手の絨毯が敷かれ、部屋の中央に置かれた椅子とテーブルは彫刻入りだ。ささやかながら調度品があつらえられていて、客人をもてなそうという気持ちが感じられる。どうやら応接室のようだ。
「そちらにどうぞ」
俺は男に勧められるがままに、一番奥に着座する。差し込む光のせいか、廊下よりも暖かく感じる。
椅子を引こうとして、その背もたれの彫刻の繊細さに目が止まった。ひばりに似た鳥が3羽、派手ではないが丁寧に彩色されている。
男も俺の正面の椅子に座った。
お互い腰を落ち着けたのを見計らって俺は話しかける。
「立派な工房ですね。」
「ありがとうございます。3階建になっているんですが、大きなものも扱うので、ごちゃごちゃしてしまって。」
男ははにかんだように笑うと、姿勢を正した。
「改めまして僕はユキといいます。この工房の彩色係の管理をさせていただいております。今日はニトさんのご案内をするよう仰せつかっています。」
「今日からお世話になりますニトです。以前も別の工房に勤めていました。木工は経験がないので色々と勉強させていただければと思います。よろしくお願いします。」
俺も慌てて自己紹介を返す。