第七十二話 日常 王城
王都滞在四日目の朝である。
昨日は賑やかな市場と厳かな教会、ある意味正反対とも言える街の様子を観光させて頂いた。
雑多で活気があって、そして清潔で静謐。
世界が変わっても、人の営みの根っこは変わらないのかもしれない、なんて思ったりする。
「ナオ、今日はアタシも一緒に行くぜ」
朝食を取りながら今日の予定を話していると、昨日は別行動だったシトリィさんが名乗りを上げた。
一方でミリアさんとビンスさんさらになぜかロロさんも加えた3人は王城で僕と王様が会うための準備を進める為に別行動の予定だ。
準備というのはどうやら一部の王族や貴族が、怪我人や病人を集めておくから僕のチートを実際に見てみたいと言い出しているのだとか。
困っている人を癒すのは問題無いし、僕自身にとっても良い経験になると思う。
「癒すのは勿論構いませんよ。あ、でも、戦争で怪我した兵士さんとかはちょっと避けて欲しいかもしれません」
「それは……?」
「この世界の人同士の争いの結果に異分子が関わるのはなんかちょっと違うかな、って」
一瞬の沈黙があった。
「はっ! ナオ様のそのお心、しかと胸に刻んでおきます!」
「「「大樹よ……」」」
いや、なんかちょっとそんな気がしただけで深い意味は無いのでそんなに畏まらないで。
祈らないで、エルフたち。僕たちお友達ですよね!?
「またやってるにゃ」
「いや、今のはアタシもちょっと祈りそうになった」
と、そんなやり取りもありつつ、今日のメインはハンナさん発案の王都にある放牧地区の見学である。
さあ、今日はどんな出来事があるんだろう。
シン・グラン王城 大広間にて
この場には現国王ヨハネル・シン・グラン。
その傍らに王妃ドニーネ、第一王子タギネス、第三王女ネムリア。
宰相、内務卿、軍務卿。
人数は多くないが、その誰もが国家を担う力と責任を持つそうそうたる面々が顔を並べていた。
対しているのは狂信者とヤンデレ、そして癒しの女神である。
「……正直に言おう」
ヨハネル王が低く息を吐く。
「信じがたい話ばかりだな」
ビンスの語った使徒ナオの奇跡。
癒し、美、実り。
事実であれば与えられしものどころではない。そのどれもが神話の領域だ。
ビンスからナオについて改めて一通りの話を聞いたヨハネルが溜息をつく。
300年の長きにわたり王族、貴族を含めた自国民を導き続けているビンスは現国王のヨハネルからの信頼も厚い。だが、そのビンスの話であったとしても到底信じがたい話ばかりであった。
これが他の者から出た話であれば与太話として一笑に伏したただろう。
「ですが陛下」
王妃ドニーネがミリアに視線を向ける。
「この方をご覧になれば、少なくとも美の奇跡は事実でしょう」
王妃ドニーネは女性ならではの感覚でミリアの髪や肌の異常さを感じ取っていた。王の妃として美容には金銭を惜しまず最大限に注力してきた。その自分よりも遥かに…… いや、比べ物にならない輝き。これが神の奇跡でなければなんだというのか。
「それを言うなら獣人の娘の毛並みも素晴らしい。このような場でなく、私に最愛の妻がいなければ跪いて求婚していたところだ」
ロロと同じく猫系の獣人である軍務卿が豪快に笑うが、その瞳は決して笑ってはいない。常に獲物を狙っているような鋭さを含んでいた。
「……軽口が過ぎますわ」
王妃が軽く咎めるが、否定はしない。
ロロの毛艶もまた、信じがたい程の美しさであるのだから。
「まぁ、もし本当に俺と同じ与えられしものだっていうんなら」
第一王子タギネスが腕を組む。
「平民だろうと取り立てる価値はある。ホンモノなら、だがな」
空気がわずかに硬くなる。
宰相が咳払いをして場を整えた。
「まぁまぁ、皆様。まずは本題を進めましょうぞ。
此度、ビンス殿以外のお二方にご足労願ったのは他でもない。ナオという少年についての話をお聞かせ願いたいと思いましてな」
何故ビンスだけでなくこの二人が王宮に呼ばれるような事態になっているのか? それは勿論ビンスが原因である。
「実は、ビンス殿の熱量があまり高すぎましてな…… 実態を掴み兼ねております。そこで信仰者ではない方からもお話を伺いたく」
宰相の問いかけに答える形でミリアが話し出す。
「ナオ殿は他者を癒すための力を神に願いそれを授かることが出来る善性の人であることは間違いありません。またその癒しに対して相手に合わせた対価を要求されます」
「神に癒しの奇跡を願うお方だ、それはさぞお優しいお方なのでしょうな。相手に合わせた対価、というのは?」
「簡潔に言えば、貧しいもの相手と富めるもの相手では求める対価が変わる、といったところでしょうか」
とある村で瀕死の赤ん坊を助けた際にはその父親に赤ん坊を幸せにするように努めることを対価として要求し、とある街で風土病に罹った大商人の娘を癒した際にはそれなりの金銭を受け取っていた。そういった例もあげて説明する。
「なるほど、怪我や病の程度によってではなくその癒しを受けたものが支払うに相応しいものを求める、といったわけですな。富や名声などにはあまり興味がないと?」
「本人は神に与えられた力で対価を得ること自体に本来は気が進まない様子でありました。無償でも構わないという考えのようでしたが、それはそれで問題になると思い、何かしらの対価を取るようにビンス様とともに本人を説得した結果そのようにされたようです」
「なんと……」「まさに聖者か」「ますます信じられん…… そんな者が本当に存在するのか」
「……フン」
ミリアの答えに場が静かにざわめく。真実であれば金銭で抱き込むのは難しそうだ。
「ナオ殿は何を求めて王に会われる?」
「ナオ殿は力を授かった代償に故郷から遠く離れたこの地に跳ばされてきたのです。その為、故郷の手がかりを求め旅することを望んでおられる。その旅に余計な横槍を入れられることが無いようご助力を望まれているのだと」
「跳ばされて……? なるほど、試練ですか。ですが、神によりこの国に跳ばされたというのであれば、それはこの国に導かれた、ということでは? この地にとどまって頂くのが神のご意思であるとは思いませんか」
「私には分りかねます」
『この地に導かれた』となれば労せずして癒しの奇跡を掌中に収めることも出来そうだが。
そんな宰相の内心が透けて見える問いかけにミリアは明言を避けるが宰相も特にそれをとがめるようなこともしない。
(城の者はまだナオ君の価値を本当の意味で理解していない。だから今は出来れば手元に置いておきたい、くらいの認識でしかないから深くは追求してこない。だが、ナオ君を真に理解したとき、どういう動きに出るのかは未知数、だな。ビンスが巧く押さえてくれるといいが……)
「旅と言っても、ナオって子はまだ子供なのであろう? 大丈夫なのか、道中に万が一のことがあっては……」
この世界では旅とは基本的に命がけだ。職務上それをよく理解している軍務卿は純粋に心配していた。
「ナオなら平気」
同じ獣人のロロが答える。
「平気……? 『強い』のか?」
「ナオは獣人が思うような『強さ』は全くない。むしろその辺の子供より弱い。だけど、もし戦ったら絶対に誰も勝てない。ナオのことは心配するだけ無駄」
「?」
強くない、むしろ弱い。けど勝てない……? なんだそりゃ。
「よくわからんが、何かしらの備えはあるってことでいいのか?」
「ん。ロロ達も全力で護る」
「それなら、まぁいいが。獣人の目から見てナオって子はどうなんだ? ビンス様が言うような聖者様なのか?」
「ナオはお人好しではある。けど優しくはないし、あんまり心も広くない」
お人好しだけど優しくないし心が狭い……? どういう性格だそりゃ。
獣人から見た人となりも聞いてみたいと軽く質問してみたら思ったよりおかしな返答がかえってきた。
「ナオは一度ゴブリンを殺したとき、少し嫌そうだった。命の価値はみんな等しい、って言ってた」
「ヘッ、ゴブリンごときに同情してたってのか? そりゃ、確かに優しいってもんじゃないな。それは軟弱っつーんだよ」
「控えなさい、タギネス。聖者様らしい慈愛に満ちたお優しい考え方だと思いますが……?」
「フン……」
ゴブリンに同情するというのは流石に極端な気はするが、相手は癒しの奇跡を持つ聖者だ。納得は出来る。
それをビンス様の前で悪し様に言うなど、全くこの息子は。
教育を誤ったかもしれないな、とドニーネは内心嘆息する。
「違う。ナオはゴブリンに優しいんじゃなくて、ゴブリンとロロたちを同じ価値だ、と思っている。その上で理由があれば躊躇無く殺すし、必要だと思えば命を弄ぶようなこともする」
ロロがそう続けると、広間に静寂が広がった。
「ナオが怒らないのは心が広いんじゃなくて逆鱗に触れてないだけ」
ゴブリンと我々が同じ……? いくら平民とはいえそれはないだろう。
あまりにも突拍子もないロロの言葉に、この場の人間からナオへの信用が少し揺らいだ。
魔物とヒトを同列に見る様な者が聖者でなどあるはず無い。
「へんなの…… だったら、ナオさんもゴブリンとおなじなのかしら」
置物のようにただ座っていただけだった王女ネムリアがポツリとつぶやいた。
「ふむ…… いかが思われますか、陛下?」
やりとりを静かに見守っていたヨハネル王に宰相が意見を求める。
「愚か者がナオ殿のご機嫌を損ねない様に備えが必要、ということか、ビンス殿」
「ナオ様に対し、一線を越えようとするものは必ず出ます。その際に、愚か者でも理解出来る罰が必要なのです」
「具体的には?」
「平民であれば死罪、貴族であれば爵位の剥奪」
ビンスの苛烈な発言に皆が息をのむ。ヨハネルもまた、僅かに目を見開き驚きを露わにした。
「…… それほど、でありますか」
「その眼でご覧になれば、ご理解頂けるかと」
迷い無く返されたその言葉に、王もまた決断を下す。
「まずはそのお力を確認せねば話になるまい。その後、どうするかを決めることとする。最優先で日程を組め。またそれまでナオ殿に対して無礼な対応は厳に禁じる。これは王命である」
王の鶴の一声により、ナオへの対応はひとまず決定した。
「こりゃ面白くなってきやがったぜ……」
静かにほくそ笑むダギネス王子。その心中や、如何に。
ナオがこの国にいかなる事態を招くのか、神ならぬ者たちは知る由もない。
その頃。
王都東部にある放牧地区にて。
「このユニコーンの角を治すことが出来るのなら、お前を雇ってやる」
『うるせぇ黙れ、俺に近づくな!』
成金オークだ! 初めて見た!!
お久しぶりです。
本年も拙作をどうかよろしくお願いいたします。
この正月休みに第一話から修正を入れてました。大筋は全く変わりませんがお時間があれば呼んで頂けると幸いです。
ラストまでの構想は一応あるので完結までは必ずやりきります。




