第五十七話 約束 命名
ブキシトンを出て最初の日、最初の村でひょんなことから妊婦さんとお知り合いになったミーナさんとロロさんはあれよあれよと出産にも立ち会うこととなった。ところが生まれてきた赤ちゃんは産声を上げることも出来ない死産寸前の危険な状態だった。
大慌てで僕を呼びに来てくれたミーナさんに案内されて訪れた民家では僕のチートすら上手く届かないまさにギリギリの状態の赤ちゃんがいた。まさに間一髪といったところで皆さんの協力を得てなんとか一命を取り留めることが出来た。
初日から中々波乱万丈ではあったが、僕の旅はまだこれからだ!
「ナオさん、おはよう!」
脳内で第一部完ごっこをしている僕の前に天使が舞い降りる。
僕の元に駆け寄ってくる天使は目の前で立ち止まると顎をクイッと上げて目を閉じる。所謂キス待ち顔ってやつですね。おはようのキッスがご所望かい? ハニー。
ぼくは、いないいないばぁの要領で両掌でミーナさんの顔を隠すように覆い、そのまま耳の上を通過して後頭部まで撫で上げたのち、手櫛で毛先まで軽く梳く。この一連の流れの間に汚れ除去と潤いを追加だ。まぁ、つまりこれは僕とミーナさんの間で行われる朝シャン&洗顔である。すっきりと気持ち良く眼が覚めるらしくミーナさんはこれがお気に入りなのだ。
ちなみに他の皆さんは刺激の方が強いらしく求めてこない。これが好きなのはミーナさんとロロさんだけ。ビンスさんなら刺激はないだろうから問題ないんだけど、「畏れ多い」と遠慮されてしまった。僕も男性の顔を頼まれもしないのに撫でる趣味はないので無理強いはしていない。
他の皆さんとも朝の挨拶を交わし、軽めの朝食を済ませると早速出立の準備が始まる。僕とミーナさんもビンスさんに指示を受けながら後片付けを進める。使う前よりキレイにしていかなきゃね、ってそれはキャンプ場とかの話だっけ?
「おおぅ、ここだここだ。こっちにいるぞ!」
一通り準備が終わってそろそろ出発しようか、という時に村の方から3人の男性がやってきた。
昨日のお父さんでは無いから僕の知り合いではないな。御者のおじさんたちのお知り合いかな?
「ここに聖者様がいらっしゃるんだろ~?」
「ロクのやつの腰をすっかり治しちまった凄腕の治癒師様~」
「おばばが何歳か若返ったみたいに元気になってやがるのも、聖者様がやったんだよな! 俺たちも頼むよぉ」
あ、僕のお客さんだった。昨日別れ際にお父さんやお婆さんと握手した時にサービスで身体のわるいところ治しておいたからそのことを言ってるんだな。
ズカズカと僕たちの野営地(もう片付けたから跡地だけど)に入ってきた男の人たちはキョロキョロと周囲を見まわしながら大声で騒ぎ続ける。
「見ろよ、すげぇイイ女が三人もいやがるぜ!」
「聖者なんて言ってもやっぱ男なんだな! あやかりてぇぜ!」
「あのちっちゃな女の子きゃわいい」
「無礼な輩ですな。追い払いますか?」
いつの間にか側に控えていたビンスさんが聞いてくる。
「いえ、治癒を求めてこられたというのであればお話は聞きます。ありがとうございます」
でも念のため、三番目の人からは男性機能剥奪しておこうかな。
「ナオ様がそう仰るのであれば是非もありません」
そう言って一歩下がるビンスさん。完全に僕の従者ポジションに納まっている。従者はいらないって言ってるんだけど、この人凄く有能なんだよなぁ…… かゆいところに手が届くっていうか、常に先回りして気を使ってくださるからついつい甘えてしまう。
「僕に御用ですか?」
僕を訪ねてこられたのなら僕がお相手するのが筋だろう。
「このガキが聖者ぁ……? ホントかよ」
「でもロクの奴もババァも子供だったとは言ってたよな?」
「いいじゃねぇか。腰やら肩やら治してもらえるならガキでもなんでも文句はねぇよ」
大きな声の内緒話だな。まぁ僕が子供なのは間違いないから構わないけど、頼みごとをしに来た態度ではないと思うよ。
「あんたが聖者様か! 俺たちのトモダチのロクがあんたに昔痛めた腰をすっかり治してもらったって聞いてな! 俺たちも是非ともお情けを頂きたいと思って参上したってわけよ」
「なるほど、そうでしたか。勿論身体の調子が悪くて治して欲しいとおっしゃるのなら構いませんが、対価はご用意頂いてるんですよね?」
「へ? 金取るのかよ!?」
「おいおい、聖者様~ 聞いてねぇぞ」
僕はこの旅では、頼まれたときは無償で治療はせず何かしらの対価を出してもらう。僕が勝手に治すのは僕の勝手なので対価もいらない。そういう感じの方針で行こうと思っている。無償だと切りがないし、治癒で生計を立てている他の方の邪魔になってしまうからね。実際にこういう人たちが来てしまっているわけだし。
「あぁ! やっぱりここに来てやがった!」
そこにやってきたのは昨日の赤ちゃんのお父さん、ロクさんだ。
「婆さまが聖者様がすげぇ治癒の使い手で、祝福を授けて頂いたら身体の調子が凄く良くなったって話と聖者様は俺が差し出した金を受け取らなかったって話をこいつらにしちまったみてぇで。絶対押しかけてると思ったんだ! おい、おめぇら。ご迷惑だろうが! とっとと帰れ!」
「おいおい、ロク。てめぇだけおいしい思いをしようってのかよ」
「そうだそうだ。それにこのガキ、対価を寄越せとか言いやがるぞ、結局金は取るんじゃねぇか」
「なんで聖者が依怙贔屓するんだよ! おかしいだろうが!」
無料で体調整えてもらえるなら儲けもの、みたいな感覚でやってきたんだろうな。まぁ気持ちはわかるけど、これをやっちゃうと本当に切りがなくなる。
ところで、なんで僕が祝福を授けたことになってるんだろう? 確かにちょっとサービスはしたけど握手したついでにこっそりやったからバレる筈無いんだけどな。
「あの、祝福を授けたとかってのは何の話ですか? 僕そんなことしてませんよ?」
「へ? いや、昨日なんだか凄くありがたい感じに光ってる手で握手していただいたじゃねぇですか。あの後から急に俺の腰は痛く無くなるしうちのも産後すぐとは思えないほど元気だし、婆様なんか若返ったみたいに元気になっちまって、聖者様が何かしてくださったに違いねぇでしょう?」
…… 光ってる手で握手?
あ、握手のときまだ僕の手、光ったままだった!? そういえばロクさん、最初僕が差し出した手をみて固まっちゃってたから強引に手を取った覚えがある。あれ、手が光ってたから戸惑ってたのか!
やばい、最近自分の身体が光る事に違和感覚えなくなってきてる……
「あ、あぁ、そうですね。あれはまぁ、ロクさんには大変な対価をお約束していただいたのでそのオマケみたいなものですよ。お気になさらず」
「へ、へい。ありがとうございます。約束は必ず守ります!」
よし、うまく誤魔化せた。そしていい話の流れかもしれない。
「こちらのロクさんからは治癒の対価として『産まれてきたお子さんを必ず幸せにするように全力を尽くす』という約束を対価としていただきました。無償で治療したわけじゃないですよ」
長い年月に渡る大変な約束であることはわかる筈だ。そのオマケなら体調の一つや二つ整ってもおかしくないよね。
「なーる、対価ってのはそういう……」
「お優しいこったぜ! 流石は聖者様だぁ!」
「俺たちにも是非お慈悲を願いてぇなぁ! セイジャサマぁ!」
段々露骨になってきたな。この人たち、僕のことを始めから聖者だなんて思ってないよね。冷やかし半分、治れば儲けものみたいな感じなんだろう。僕はもともと普通の高校生だから聖者様になんて見えないだろうし、そう名乗った覚えもないから別に構わないんだけど、
「ナオ様、切り捨てて良いですか?」
「いえ、ちゃんとわかってもらいますので大丈夫です。見ていてください」
僕を完全に使徒様として崇めちゃってるビンスさんはそういう反応になるよね。
「そうですか、ナオ様がそう仰るのであればハンナ嬢も止めて参りましょう」
え? あ、ハンナさんが明らかに攻撃魔法的な何かをチャージしてる。いつでも撃てます! じゃないんよ、止めて止めて!
「では、皆さんは何かご病気というわけではないけれど、不調なところも多いので体調を整えて健康になりたいということですか?」
「あぁ、俺たちは毎日の肉体労働で腰はいてぇし、肩はいてぇし、頭はクラクラするし脚はパンパンだし腕はボロボロなんだよ」
「ロクのやつは前にぎっくり腰やってから屈むのも呻きながらやってやがったのにそれがすっかり治ってやがる」
「ババァもなんだかピンシャンとしてやがったしよぉ。俺たちにも頼むよ、セイジャサマ」
「そうですか。お話はわかりました。それではその対価としては…… そうですね、これからは嘘をつかずに正直に生きると僕に約束してくださいますか」
「なんだよ、そんなことでいいのか」
「へっへっへ、俺たちは元々真面目で嘘なんかついたことねぇから、その場合は今まで通りでいいってことだよな!?」
「それは素晴らしいことですね。その場合は勿論今まで通りで問題ありませんよ。嘘をつかずに正直に生きるというのは隠し事なんかも難しいでしょうし、辛いことも多いと思いますがそのように生きてこられたというのは尊敬しますよ。対価は別のものでも構いませんが本当にこの約束でいいですか?」
「へっへっへ、構いやせんよ。俺たちゃ、正直・真面目がモットーですからね。実質タダみたいなもんだ」
「それでは『これからは嘘をつかないで正直に生きていく』という事を僕に約束する、ということでいいですね?」
一応念押ししておいてあげたけど、それで良いらしい。それじゃ仕方ない、やりますか。
チラリと周りを見回してみるといつの間にかギャラリーが増えている。村の人たちが何人か野次馬にきたみたいだ。昨日のお婆さんと赤ちゃんを抱いたお母さんも見に来ている。ロクさんは近くで申し訳なさそうな顔をしているけど、僕が好き勝手に治癒をしていれば騒ぎになるのはわかっていたことだから気にしないで欲しい。
御者さんたちも興味深そうに見ているな。ミリアさんは僕が何をするのかわかってると思うけど見守っていてくれるようだ。あ、シトリィさん、しっかりとハンナさんを抑えててくださいね、ロロさん手伝って。
「それでは順番に行きましょうか。どなたからやりますか?」
「俺! 俺!」
「馬鹿、俺からに決まってるだろ」
「俺だ! 俺がババァから話を聞きだしたんだからな!」
迷える子羊たちが争っている間に右手に意識を集中してみる。おぉ、光った。治癒の時は無意識に光るけど意識的に光らせる事も出来るんだな。これなら夜道も安心だ。
僕の光っている手に注目が集まるのを感じる。光らせる意味は特にないんだけど、まぁ演出?
そのまま一番手に決まった哀れな子羊と握手。うーん、言うだけあってだいぶ疲労は溜まってるね。栄養も十分じゃないようだし、この状態がずっと続いていたなら確かに辛いだろうなぁ。
「お? おぉぉ? うおぉぉぉ! こりゃすげぇ! 身体が嘘みたいに軽くなりやがった! ひゃっほぉ!」
握手を終えた子羊がはしゃぎだす。
「おいおい、そんなにかよ?」
「あぁ、マジだぜ! 聖者なんざ信じてなかったけどこのガキの腕前は本物だぜ! ……あ?」
「次、俺!俺!」
このまま全員終わらせてもいいけど、その前に一応確認してあげようかな? いや、いいか。平等に、依怙贔屓はよくないってさっき子羊の誰かも言ってたよね。
そして一通り握手を済ませ、身体が軽いとはしゃいでいる子羊たちに話しかける。
「それでは、約束通りこれからは嘘をつかずに正直に生きてくださいね」
「あぁ、勿論そんな口約束守る気なんて全くねぇよ! 馬鹿々々しい ……!?」
「どうせ今日には旅立っていなくなるんだろ? やらせちまえばこっちのもんよ。…… !?」
「お、おい……?」
「なるほど。ちなみになんでわざわざ朝から僕のところに来たんです? 僕を聖者だなんてちっとも思ってなかったでしょう?」
「ロクの馬鹿が死んだ子供を甦らせる聖者だとか寝言を言ってやがったからちょっとからかってやろうと思ったんだよ。 え、あれ?」
「身体の調子が良くなってるのは本当みたいだから祝福とやらには興味あったしな。タダでマッサージ受けられるようなもんだろ、やらせなきゃ損ってもんだ…… ??」
「生まれたガキの治療したのは間違いないみてぇなのに金をとらねぇような聖者気取りのお人よしのガキなら適当に煽ててやりゃどうとでもなると思ったしな。 !?」
「まぁ、そんなところでしょうね。それじゃ、ご用件も済んだと思いますしお引き取りください。ご存じの通り僕らはもうこの村を出ますから」
うん、特に何の捻りもない普通のちょっと強引な村人さんだったね、子羊たち。
さて、それじゃそろそろ出発の準備に取り掛かろう。ちょうどそこにお母さんも赤ちゃんも来てくれているからお別れの挨拶も出来るのは嬉しい誤算ってやつだね。
「おい、ちょっと待ってくれ! さっきからなんかおかしいんだよ!!」
「最初は多少の違和感があるかもしれませんね、でも大丈夫です。すぐ慣れますよ。元々正直に生きていらしたということですし」
「おい、何の話だよ!?」
「さっき僕と約束したじゃないですか。これからは『嘘をつかずに正直に生きる』って。嘘をつかず、聞かれたことには正直に答えて生きるのは隠し事も出来ないし、なにかと世知辛い世の中では辛いかもしれませんが頑張ってください。身体は健康になりましたから、大丈夫ですよね」
まだギャイギャイ騒いでいるけど約束が果たされただけなんだから問題は無い。ロクさんに赤ちゃんの様子を見に伺っても良いか確認したら大歓迎だと言っていただけたので、ミーナさん達と一緒に赤ちゃんとお母さんにご挨拶に行こうっと。
「父なる大樹の遣いたるナオ様に不敬な態度をとったのだ。その程度で許されるのならば感謝すべきであろうが!」
後ろでビンスさんがなんか的外れなお説教してる。けどまぁ、ほっといて大丈夫だろ。
「赤ちゃーん! うひひひ、ちっちゃいねぇ! かわいいねぇ!」
うちの大天使が赤ちゃん見てテンションが上がりすぎて変な笑い方してる。可愛いのはお前だよ!
「聖者様! 昨夜はきちんとお礼も言えずに失礼致しました」
「昨日は大変でしたからね、お気になさらないでください。赤ちゃんが元気ならそれが何よりです。赤ちゃんにご挨拶させて頂いても?」
「勿論でございます」
お母さんの許可を頂いてみんなで赤ちゃんにご挨拶。ミーナさんとロロさんはニッコニコだしミリアさんは優しくも穏やかな女神の微笑みを浮かべている。美しすぎる。好き。
シトリィさんは孤児院で小さい子の相手は慣れているのかと思っていたけど、孤児院に生まれたばかりの赤ちゃんというのは余りいなかったらしくおっかなびっくり、といった様子で赤ちゃんに触れているのが可愛らしかった。
孤児院に赤ちゃんが少ない理由は産まれてすぐの赤ちゃんが親に捨てられたり、親を亡くした場合、孤児院に預けられるより先に亡くなってしまうことが多いからだ、とのちにシトリィさんに聞かされてなんだかとても遣る瀬無い気持ちになってしまったけれど。
「あの、聖者様…… 不躾なお願いだとは思いますが、この子に名前をつけていただけませんでしょうか?」
赤ちゃんを囲んでワイワイしていたらユニさんに赤ちゃんの命名をお願いされてしまった。
うーん、ネーミングセンスに自信がないってこともあるけど、名前はご両親が考えてあげて欲しい。
「名前というのは、ご両親からお子さんに贈る最初の贈り物、とも言います。この子がこれから一生使っていくものです。僕がつけるよりもお父さんお母さんが心を籠めて考えたお名前を付けてあげて欲しいと思います」
「この子への最初の贈り物…… そうですね。私とあの人で、この子の為の素敵な名前を考えてあげないといけませんね。不躾なお願いをしてしまい申し訳ございませんでした。そして、とても素敵な考え方を教えていただきました。ありがとうございます、聖者様」
良かった、素敵な名前を付けてあげて欲しい。
正直、僕が名付けるとしても日本風じゃ浮いちゃうだろうし、この世界っぽい名前の付け方は全然わからないから助かった。
最後に僕も赤ちゃんのほっぺたをツンツンさせてもらって、ユニさん母子にお別れを告げ馬車の方へ戻ることにする。
「元気でね」 ツンツン
僕の力は予防・防疫方面にはあまり働かない。この子が病気にならないように加護を授けるなんて都合のいいことは出来ない。だからこれはただの気休め、自己満足だけど。この子が元気に大きくなれますように、と祈りを込めてつっついておく。ツンツンツン。
さて、これで心残りも無くなったしまだ見ぬ大地を目指して新たな冒険へ出発だ! っと無理矢理テンション上げてみたけど、馬車の置いてあるところをかえりみるとさっきの子羊たちとロクさん、エルフ二人組が僕を待ち受けている。
まだ出発は出来なさそうだな……




