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五十五話 刹那を惜しめ 轟き叫べ

「ナオさん、助けて!」


「任せて!」


僕はすぐさまミーナさんと一緒に駆け出した。


ブキシトンを出て最初に立ちよった村を元気に探検しに出たはずのミーナさんが息を切らせて大慌てで戻ってきた。

それだけで充分だ。詳しい事情は全く分からないけど、とりあえず急げ!


「ミーナ、こっちでいいんだね?」

「ナオ様、失礼」


ふわりとした浮遊感があったかと思ったらビンスさんにお姫様だっこされていた。ミーナさんも同じくミリアさんにお姫様だっこされている。

僕らを抱きかかえたままミーナさんが示す方向に走りだすお二人。明らかに僕とミーナさんが走るより早い。ありがたい。


ビンスさんの邪魔にならないように大人しく抱っこされつつ、ミーナさんの様子を伺う。よっぽど急いでいたのか息を切らせてはいるけど、怪我は無さそうに見える。

という事は、姿の見えないロロさんに何かあったのだろうか。くそっ、僕の大馬鹿野郎、なんでお二人から目を離したんだ!


「あそこ!」


ミーナさんが一軒の民家を指さす。ミリアさんとビンスさんが一切速度を落とさないままその家に飛び込む。



飛び込んだ家の中で僕が見たものは、白髪のお婆さんと、とても疲れた様子でベッドに横たわって静かに泣いている女の人。

とても沈んだ様子のロロさん。

椅子に座って号泣している男の人。


そして、その男の人に抱きかかえられているぐったりとした、赤ちゃん。


「間に合わなかったにゃ…… ミーニャ……」


ロロさんが、とても小さな声でそう、呟く。


「そんなぁ……」

「こ、 れは……」

「…… む……」


これは……… そういうこと、か。

医術の発展した前の世界でもお産は命がけだ。僕のお母さんも、自分の命と引き換えに僕を産んでくれた。

今回は赤ちゃんの方が耐えられなかった、のか……


ん!? いや、待て!


「ちょっと、その子、見せて下さい!!」


ビンスさんの腕の中から飛び降りるようにして男の人の抱きかかえている赤ちゃんに駆け寄る。


「ふざけんな! なんだてめえら!! うちの子は見せモンじゃねぇ!!」


男の人は怒りをむき出しにして僕を睨み付け、その胸に抱えた赤ちゃんを僕から遠ざけるように、守るようにより深く抱き込んでしまった。

く…… 説明する時間も惜しい!


「ビンスさん!!」

「承知」


僕が一言叫ぶと、一瞬後には背後に居たはずのビンスさんが男の人の隣に現れ、その胸にしっかり抱き留められていた筈の赤ちゃんを両手に持ち、僕に向けて差し出してくれていた。


「なんだこの! ふざけんな!! 返しやがれ!!」


男の人が叫んでいるが、今は相手にしている時間は無い。

いつものように悠長に合掌している暇も無い。

一瞬でも早く、あの子に触れないと!


そのまま、奪い取るようにビンスさんから赤ちゃんを受け取る。

僕が抱きかかえた、その温もりを失いかけた小さな身体は、僕の手の中で光に包まれる。


よし、一度触れてしまえばこっちのもんだ! あとは落ち着いて、ゆっくりと。静かに力を注いでいく。


……


(奇跡)は発動し、この子の中に確かに注がれている。

だけど、なんだ、この感じ……?


注いだ力が素通りして、どんどん入れた側から抜け落ちていくような……

穴の空いた容器に水を注いでいるような感覚。

癒している手応えが…… 無い。


「あそこです! あの家から大樹の気配が!」

「ここか!?」


そんな筈ない! だって言っていたじゃないか。『僕が治したいと願えば死んで無い限りあっさり治る』って。この子の命の灯はまだ消えてない。まだ間に合う。まだ間に合う筈だ!


「癒しの光が、強くなっていく」

「ナオさん……」

「「大樹よ……」」


この子は、今まさに瀬戸際に居るんだ。僕の力が通るって事はまだその命の灯は消えてはいない。

だけど、もうそれはほんの僅かな残滓のようなもの。ほっておけばすぐにこのまま消えてしまう。僕の(奇跡)を受け入れるだけの入り口すら塞がれ掛かっている様な状態だ。

ここから、この子を癒すには。呼び戻すには。どうする。


「まだ逝かないで。戻っておいで。まだ……」


今の状態は例えるなら、針の穴くらいの小さな穴に水道の蛇口から直接水を流し込もうとしているようなもの。全く0じゃないけど大部分は流れ落ちてしまっているし、僅かに注げた力もこの小さな灯を維持するだけで精一杯。


「光を知って、光を与えて」


僕はこの世界に来て、ミリアさん達と出会い、ミタお婆さんや会頭さん達と知り合い、タバサさんと別れを経験し、世界には多くの光があることを知った。君は、まだ、それを知らないだろう?

君がそこに居る、それだけで君のお母さんやお父さん、ここに居る人たち、これから君が出会う人たちの光になれる筈なんだ。その輝きを、こんなに早く失わないで。


もっと強く。もっと優しく。もっと大きく。もっと繊細に。


大部分が流れ落ちるなら、流れ落ちても問題ないくらいもっと流し込んでやれば良い。

入り口が小さくて入れないならもっと尖らせて、もっと鋭く。

もっと、もっと。


激しく怒り抵抗していた男の人も静かになり、みんなに見守られながら僕はただ静かに集中し、光を、命を、注ぎ続ける。


逝かせない。逝かせてたまるもんか。

その小さな身体をしっかりと胸に抱きしめ、眼を閉じて集中する。


「手だけじゃなくてナオの全身が光り出したにゃ」

「あぁ、アタシでも分かる。これが神聖な光ってやつだって」


「ナオ様の治癒にこれほどの時間が掛かっているのは初めてですな」

「…… あぁ、ナオ君は致命傷ですら一瞬で治すからな。直前の焦りようといい、それ程の事態なのだろう」


「なんだってんだい…… あのこはあたしが取りあげた時にはもう、息をしていなかったんだよ」

「なにが起こってやがるんだ? うちの子をどうするつもりだよ?」


周りのざわめきが遠く、聞こえなくなっていく。

今のままじゃ駄目だ。奇跡の力を借りて際限なく命を注いでも、それはただ零れていってしまうだけ。

集中するんだ。僕の意識も、力も奇跡も、命の灯も。


ゆっくりと閉じていた眼を開き、僕の胸に納まっている、小さな命の残滓を見つめる。


…… その小さな体を包んでいた光が消えていく。


「お願い、ナオさん……」

「「大樹よ……」」

「神さま…… 私たちの子を…… お願い……」


僕の全身を覆っていた光も、少しづつ消えていく。




(駄目なのか……? ナオ君……)




消えた光は、全て僕の指先に。すべての癒しを、命を、祈りを集めたその指で、一つずつこの小さな命を護る力を紡いでいく。


まずは、おへそ。この命を育み続けたお母さんと最後まで繋がっていたところ。最後までこの子を護りたいと命を懸けた女性の祈りが色濃く残っているところ。


そのまま少し上に登って心臓。この小さな体に懸命に命を巡らせようと戦った、もっとも力強いところ。


続いて、咽喉。大きく吸い込んだ空気を吐き出して、産声を上げ、誕生の喜びを知らしめる筈だったところ。


そして、最後に額。心肺機能の停止が脳にダメージなんて残さないように。この子の人生が、幸せなものでありますように。こんなところで消えてしまわないように。祈りを込めて。


僕が触れた箇所には光の点が灯り、互いに響きあい、繋がり、光の線に。

光の線はやがて大きく膨らみ、小さな身体を包み込む光の繭に。


儚く光るその繭を、僕の動向をじっと見つめていたベッドの女性にそっと託す。


「この子は今、生きようと懸命に戦っています。どうか、この子を抱きしめ祈ってあげてください。そして伝えてあげてください。『愛している』と。さあ、貴方も」


いつの間にか跪き、ひたすらに祈りを捧げていた男性も招き寄せ、女性と一緒に祈ってもらう。

両親の無償の愛、必死の祈り、これが力にならない筈がない。さぁ、最後の一押しは任せてもらおう。あの人(上位存在さん)は嘘は絶対に言わない。いう必要が無い。だから、あの人が言った通り、僕が助けたいと願えば助けられる筈なんだ。信じろ。奇跡を。


僕は再び眼を閉じ、合掌し、いつものように心を落ち着かせ…… 無い。

落ち着いてる場合か! 全力で絞り出せ!

癒しでも奇跡でも命でも光でもなんでもいい。全部集めて全部まとめて! 力づくでも連れ戻す!

僕の右手にすべての光が集まる。煌々と輝くその右掌を強く握りしめる。


僕のこの手よ! 光って唸れ! あの子を救うと輝き叫べ!


「いまこそ、ここに! 光、あれ!」


テンションブチ上がって必殺技放てそうな勢いになっちゃってたけど、あくまでもそっと光の繭に触れる。

僕の掌の光と赤ちゃんを包んでいた光の繭は混ざり合い、波うち、渦巻き、静かに消えていく。



誰もが息をすることすら忘れて見守る静寂の中で、小さく、でも力強く スゥー と息を吸い込む音が聞こえた。


オンギャア オンギャア オンギャア……


「やったぜ! ナオ!!」

「流石にゃ! さすにゃおにゃ! にゃにゃにゃ!!」


「「大樹よ…… 我らが父よ……」」


「信じられん…… 本当に蘇生させたのか……」


「あぁ あぁ 神さま…… あぁ……」

「うぉ うぉぉぉぉぉぉぉ!! なんだよこの野郎! 神様この野郎!! うぉぉぉおおおおお!!」


さっきまでの静寂が嘘のように大きな産声と、皆さんの喜びの声が溢れかえる。

なんとか、助けられた。本当に、あと数秒遅かったら間に合わなかったかも、ぐらいのギリギリの崖っぷちだったと思う。あ、そうだ、ミーナさんは?


「やったやった! ナオさん! やったぁ良かったぁ!」


ポロポロ泣きながら満面の笑顔でなんか変な踊り踊ってる。可愛いが過ぎるな。天使かな? ……天使だよ。


「ミーナさん! ありがとうございました!!」


僕は踊っている天使(ミーナさん)を抱きしめてお礼を言う。僕の腕の中で唐突にポカポカに包まれてキョトンとしている可愛い生き物。皆さん、これが天使です。


「ミーナさんが急いで僕を案内してくれたお陰で赤ちゃんを助けることができました! 本当にありがとう!!」


そう、僕が赤ちゃんを助けられたのも全てミーナさんが頑張ってくれたお陰だ。本当に感謝だ。

僕は嬉しさのあまり、ミーナさんを抱き上げてその場でクルクルと回りだした。

弟や妹がもし居たら一度やってみたいと思ってたんだよね、これ。どさくさに紛れてやってしまえ!



「ナオ君、君はもう、本当に…… どうしようもないな」


クルクルしてたらミリアさんが呆れたように呟いたのが聞こえた。はしゃぎすぎたかな? そっとミーナさんを降ろしてミリアさんと向き合う。


ミリアさんは、困ったように眉尻を下げたいつもの笑顔で、僕の大好きな表情で、とても優しい瞳で僕を見つめていた。

シャイニン〇フィンガー!と叫ばせようかと思いましたが踏みとどまりました。褒めて下さい。

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