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第五十四話 男の旅立ち 野生の目覚め

1週間空いてしまいました。

昨夜は神託が下りたり神器を創ったりタバサさんを泣かせたりと慌ただしい夜を過ごしたが、いよいよ旅立ちの朝がきた。

といってももうお昼近い時間なんだけど。

朝から僕がギルドの登録に行ったり、ミーナさんが珍しく少しお寝坊もしてしまったり色々あったのだ。昨夜は遅くまでお喋りが盛り上がってしまったようだ。


普通は街を出るというと朝一番に出発するものらしく、当初利用するつもりだった乗り合いの馬車はもうとっくに街を出ているらしい。

僕らは急ぐ旅でもなく僕の希望で多めに休憩、寄り道を挟む予定で専属の馬車を手配してもらっているからその辺りは自由だ。ちょっと会頭さんのご厚意に甘えすぎかな? 


そういえばギルドの登録、僕の見た目が登録の時に揉め事の種にならないかとちょっと心配してたけど、ここでも会頭さんが根回ししてくれていてスムーズに終わった。出来る男は心遣いが細やかだな。馬車の件といいお世話になりっ放しだ。




「お気をつけて。王都には我が商会の支店もございます。何かあれば、是非お立ち寄り下さい。ビンス、ナオ様をお願いします」


「言われるまでもない。命に代えてもナオ様をお護りすると誓おう」


「何から何までお世話になりました。皆さん、お元気で」


見送りに来てくれた会頭さん、奥様、ピチータさんたちにお別れのご挨拶。


「あぁ、それとお伝えしそびれてしまっておりましたが、例のならず者たち。実入りのいい仕事を与えて北にある大きな街に向かわせました。恐らくはもうこの街に戻ることは無いかと」


うおぉぉ! ありがたい! あの呪い男たち、もう僕には関わらないとは言ってたけど、僕らが街を離れたあとタバサさんに迷惑を掛けないか気になってたんだ。仕事を与えて街から出ていくように仕向けてくれていたとは!


「ありがとうございます。憂いが一つ減りました。そこまでして下さっているとは思いませんでした」


「ナオ様があたくしたちにして下さったことを思いましたらこのぐらい大したことではございませんわぁ。まだまだお礼をし足りないぐらいですものぉ」


「本当にありがとうございました! またいつかブキシトンにも遊びに来てくださいましね!」


いや、本当に感謝だ。デキる男の手腕を見せつけられた感じだな。僕もこんな風にデキる男になりたいものだ。

あ、そういえば怖い人はどうなったんだろう。

…… ま、いいか。関わらんとこ。



ベトン商会の皆さんとの挨拶を終え、同じく見送りに来てくれている筈のミタお婆さんにご挨拶しようと辺りを見回すと


「あれ? なんか揉めてる?」


ミタお婆さんとシトリィさんが何かを互いに押し付けあうようにしながら何か話している。何かあったのかな?


「シトリは稼いだ金の殆どを孤児院に何かあったときの為にって貯めていたにゃ。それを旅立つ前に全部ミタに渡そうとしてミタが断って、押し付けあって、じゃれあってるにゃ」


にゃるほど。ロロ解説助かる。

ロロさんの言う通り、あれはじゃれあってるんだろう。ならばそのお二人の間に僕が入ることは出来ない。ご挨拶はあとにさせてもらおう。


「とうとう行っちまうんだねぇ。短い間だったけど、こんなに楽しかったことはなかったよ。ありがとうね、ナオ。ウチに来てくれて」


「タバサさん…… お世話になりました」


本当は、別れたくない。出来ればみんなで一緒に旅をしたい。ついてきて欲しい。だけど、それは僕の我が儘でしかない。それをタバサさんに言ってはいけない。


「アンタにはアンタの目的があって、その為に旅をするんだろう。あたしは、あたしのためにこの街を離れない。それぞれが選んだ路を行く、それが人生ってヤツだよ。出会いがあれば同じ数だけ別れもあるさ。だけど出会わなければ良かった、なんて思うんじゃ無いよ。出会いと別れの一つ一つがきっとアンタをもっといい男にしてくれるんだ。こんなことを言うのはあたしの柄じゃあないけど、あたしがアンタに勝てるところなんて年齢くらいだからね。こんな時くらい人生の先輩からのありがたいお言葉ってやつを言ってみたくてさ。


 だけど、この先、アンタが疲れたときは、いいや、そうじゃなくても…… 気が向いたらいつでも帰っておいで。ナオが使ってた部屋はそのままにしておくし、いつだって『おかえり』の準備は出来てるんだ。なんたってあたしは……」


透き通るような、暖かな笑顔。その眼は潤むことも無く、真っ直ぐに僕を見つめている。


「アンタは、あたしの『家族』なんだからね。気をつけていきな。アンタは周りの人を笑顔に出来る男だ。それはきっと与えられた力なんか無くったって変わらないよ。きっとアンタの行く先では大勢の人たちが笑顔になるんだろうさ。あたしはそう信じてるよ。達者でね」


我慢していた涙がこみ上げてくる。鼻の奥がツンと痛い。だけど、堪えろ。

泣かないで、笑顔で、行くって決めたんだから。

男の旅立ちに涙は禁物だぜ、なんてニヤリと笑う叔父さんの顔を思い出し、僕は大きく息を吸ってゆっくり吐き出す。うん、もう大丈夫。泣かないぞ。




こうして僕はブキシトンの街を離れ、旅に出た。まず最初に向かうのは王都シン・グランだ。


ガタゴトと大きく揺れながら馬車は進んでいく。会頭さんが手配してくれた馬車は3台あり、1台は元々の予定通りのビンスさんの乗る馬車。1台はシトリィさんたち3人娘用、最後の1台がミリアさん親娘プラス1用というふうに割り当てられている。

…… 一応は。

現状はビンスさんとミリアさんは警護の為ということで馬車の外に出て並走しているし、ハンナさんとシトリィさんは最前部と最後部に分かれて周囲を警戒している。

僕も何かお手伝いを、と思ったけど、馬車の旅初体験の僕に出来ることは何もないと言われてしまったので大人しく馬車の中に納まっておく。

そんな僕の右腕にはロロさんがくっついており、僕の膝の上にはミーナさんが鎮座している。僕の上に乗っかってる方がお尻が痛く無いしなによりポカポカする、と大天使に言われたので僕に椅子になる以外の選択肢はなかった。


馬車の揺れからミーナさんのお尻は僕が守る!


…… 今の相当きもかったな。かっこよく言い直そう。


この世のあらゆる痛みからこの娘を護り抜く、それが我が誓いである!


ふむ、悪くない気がする。せっかくのファンタジーっぽい世界なんだし、今後はこういった言い回しの遊び心も混ぜ込んで行きたい所存。のちに頭を抱えてのたうち回る黒い歴史には遺らないように絶妙な匙加減が求められる。



それにしても、よく読んでたラノベなんかでよく言われていたけど、こういう馬車って本当に滅茶苦茶揺れるんだなあ。ミリアさんの住んでいた森からブキシトンへ移動したときはもっと小さな荷馬車だったからそこまで感じなかったけど。

こういう時に主人公がなんか改造して揺れない馬車を作るまでがテンプレだよね。だけど、僕そういうの全然詳しく無いからなぁ。バネ的な何かをどうにかこうにかするんだよね? ぐらいしかわからない。

スマホでwikiでも読めれば便利なんだけど、そういうのは自室のPCでやってたからか、ソッチ方面の権能は備えてないんだよね、この神器。神器作成を応用して権能の追加とかできないかな? 意外とできそうな気がするな。今度、落ち着いた場所でしっかり確認しておこう。


「皆さん、周囲の警戒に行かれてますけど、やっぱり盗賊とか魔物とか出るものなんですか?」


「ここはまだまだブキシトンに近いから領兵の見回りもくるし、王都と繋がる大きな道だから魔物はまず出ないにゃ。盗賊もこんなに街の近くにはいないから警戒するだけ無駄にゃ。シトリは心配性だからいつもやってるし、ハンナとビンスはナオがいるから張り切ってるにゃ。ミリアは旅の勘を取り戻す為って言ってたにゃ」


「ロロちゃんは行かないの?」


「ロロは夜の警戒がお仕事にゃ。テキザイテキトーにゃ」


それを言うなら適材適所だよね。

でも、ロロ解説助かる。

知っているのか!? ロロ電!? …… なんだロロ電って。

ロロさんの言う通り、ロロさんは夜目が効くから夜の見回りなんかが向いてるのは間違いない。

旅という共同生活をしていく中で自分がやれること、やるべきことをしっかり把握してこなすというのは正しい意見だ。僕もしっかりとミーナさんのクッション役をやり遂げよう。あ、勿論万が一のときの治療も任せてほしい。


あ、そうだ! 早速タバサさんにメッセージ送っとこ。あんな感動的に別れたあとだけど、それはそれ、これはこれだよね。


馬車って凄く揺れるんですね、って送ったら『神器を使ってそんな当たり前の事言ってくるんじゃ無いよ! さっき行ったところなのに余韻も何もあったもんじゃないね!』って返ってきた。


ふふふ、『離れてても繋がってる』か…… 良いね! うん。良い! なんと言われようと今後もこういったやり取りは積極的に行っていく所存。





「おーい、そろそろ着くぞ! 降りる準備はいいかぁ!」


馬鹿な事考えたりミーナさん達とお喋りしたりしていたら馬車がゆっくりと速度を落としていき、シトリィさんの声が聞こえた。

どうやら最初の宿泊地に到着したようだ。

まだ日は高そうだし、体感的にもそんなに長時間移動した感じは無いな、と思っていたら街を出るのが遅かったのもあって次に休息が取れそうな場所までは少し遠いので早めに休むことになったらしい。


馬車を降りてみると、そこは如何にもというような小さな村だった。


「この村にはちゃんとした宿屋はないから外れの方で野営だな」


王都とブキシトンとの交易路でもあるこの街道沿いの村々には大抵行きかう人たち目当ての宿屋があるそうだけど、この村はブキシトンから近すぎてブキシトンから来た人は通り過ぎるし王都からくる人はもう一足延ばしてブキシトンに行っちゃうし、というわけで宿屋が無いのだという。


「ナオ様。暗くなるまでには少し時間がありますし、良い機会ですから野営地の設営をやってみられますか?」


僕が異世界初の村を興味深く見回しているとビンスさんに声を掛けられた。

ビンスさんに旅に必要な色んなことを教えてほしいと言っておいたのを覚えていてくれたようだ。

時間の余裕があって、外れとはいえ村の中なので安全で比較的地面も平ら、視界も良好で初心者が練習するのにはもってこいらしい。


「えー…… ミーナ、ナオさんと一緒に村の中見て回ろうと思ってたのに」


ミーナさんからも魅力的なお誘いを受けてしまった。人気者はつらい。

どうしようかな。野営の練習はしたいけど、ミーナさん一人で知らない場所を歩かせるわけにはいかないよね。


「ミーナにはロロが付き合う。ナオは早く色々覚えて一人前になるべき」


そう思っていたらロロさんが名乗りをあげてくれた。村の見学もしたいけど、旅をしたいとか言っておきながら一人では何もできないままなので教われるチャンスは逃したくない。

ロロさんにナチュラルに半人前とディスられた気がするけど、ここはお言葉に甘えてしっかり学ばせてもらおう。事実、半人前ではあるし。


「何か面白いものがあったら教えて下さいね」


「わかったー!」


ロロさんをお供に元気に掛けだしていく天使。天使かな? …… 天使だったわ。





そして、早速野営の設置をビンスさんとシトリィさんに教わりながら、御者を勤めて下さっていたおじさん達からもお話を伺う。 


「普段は満杯の荷物を積んで一日でも早く街に着くように走らせますからね。余裕をもって移動できるのはありがたいですよ」

「エルフの旦那もいてくれるし、坊ちゃんは凄腕の治癒師だって話だし、こんなに不安のねぇ道中は滅多にあるもんじゃねぇなぁ」


やっぱり盗賊とか魔物とか旅で遭遇する危険の話は気になってしまう。

ロロさんの言っていた通りこの辺りは街に近いのでそういうのは滅多に出ないそうだ。危ないのは街と街の中間辺り、この行程でいうと三日目くらいからが要注意とのこと。フラグかな。


他にも色々聞かせてもらった。

ビンスさんは実は王都では評判の剣士様らしい。あの時、商会で見た身のこなしは只者ではないと思っていたらやっぱり只者じゃなかった。

種族的に魔法が得意だと言われているエルフな上に、それに加えて剣もかなり遣えるビンスさんは滅茶苦茶凄い人なのだそうだ。


「やっぱり街と街を移動するなら護衛は必要ですか?」


「盗賊も魔物も何処にでも沸いてでやがるからなぁ。自分も馬も荷物も全部守ろうと思ったら護衛は居てくれた方が安心だな。まぁ、この道は安全な方だから護衛無しで突っ切る奴等も結構いるけどな」

「俺は前にシトリィ達に何度か護衛を頼んだことがあるぜ。その時に、森の近くでゴブリンの群れに襲われたことがあったが、ハンナちゃんの魔法とシトリィの弓で危なげなく全部斃してくれたよ。ロロは寝てたけどな」


なるほど。シトリィさん達はこういう護衛的なお仕事もされていたとは聞いていたけど、このおじさん達が雇用主さんだった事もあるのか。

今回は実績を知っている3人娘が自主的に、更に超強い剣士様であるビンスさんが護衛をしてくれているので魔物が出ても怖くないし、万が一のときには()()会頭さんが認めているくらい凄腕の治癒師らしい僕もいる。

いつもなら苦労して運ぶ重い荷物も無く、のんびり進んで良いと会頭さんに言われ、特別手当も出ているらしい今回の旅路はおじさん達にとってもかなり割の良いお仕事なのだそうだ。


ここまでの流れ、全部僕のために用意してくれたの? 

会頭さんの気遣い凄すぎない? ちゃんと報酬も別に貰ってるんだよ?

それだけピチータさんが快復したのを喜んでくれたって事かな。またいつかお会いすることがあったらお礼を言わないと。


口を動かしながらでもちゃんと手も動かして野営の準備が整ってきた頃、姿が見えないと思っていたミリアさんとハンナさんがやたらと大きな牙の生えたウサギをそれぞれ2羽ずつ持って帰ってきた。


「携帯食料も勿論用意してあるが、食材の現地調達も旅の醍醐味だぞ、ナオ君」


そういってニヤリと笑うミリアさん。やだ、男前。


「狩りにいかれてたんですね」


「狩りと言うほどでもないさ。ナオ君もミーナもこういう経験は無いだろう? 余裕のあるときには色々経験してみるのも良いかと思ってね。今度解体も教えてあげよう」


そう言い残してミリアさん達は獲物(ウサギ)の調理の下準備の為に井戸を借りてくる、とそのまま歩いて行った。クールビューティーがワイルドビューティーになってしまった。これ以上、僕を惚れさせてどうするつもり!? 好き。





そろそろ日が傾いて辺りが薄らと暗くなってきているのに、まだミーナさんとロロさんは戻ってきていない。何かあったんじゃないだろうな……? 初めての場所で別行動なんてするんじゃなかった。


「小さな村の中だし、ロロが一緒なんだろ? 何も心配いらねぇさ」


「大方何かに夢中になって時間を忘れているのだろう。あの娘がこんなお転婆だったとは思わなかったよ。『暗くなる前に帰ってきなさい』と子供を叱る親というのはこんな気持ちなのだな」


シトリィさんもミリアさんも特に心配はしていないようだ。確かにロロさんも一緒だしちょっとお散歩に出たくらいで何も問題は起こらないとは思うけど。

やきもきしていても仕方ないのでお迎えに行こうか、と思い始めた頃、ミーナさんが大慌てで野営地に駆け込んできて叫んだ。


「ナオさん! 助けて!!」


任せろ!

読んで頂いてありがとうございます。

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