五十三話 母なるぬくもり 乙女の密談
僕の神器貰ってください発言に皆さんは大げさに崩れ落ちてしまった。
僕は最初からタバサさん用のつもりで用意してたけど、考えてみればそれをちゃんと伝えてなかったね。驚かせてしまったようだ。これは僕が悪かった気がしなくもない。
ふむ、こうしてみると一口にひっくり返ったって言ってもみんな個性が出てるな。シトリィさん、ロロさんはまさにズコーッって感じだし、ハンナさんビンスさんはひれ伏してる感じ。ミリアさんは片膝ついて堪えてる。クッコロの姿勢だ! (謎)
タバサさんはorzの体勢で顔だけ上げて僕の方を見てるけど、顎が外れたんじゃないかってくらい口が開きっぱなしだ。
最後に一人だけキョトンとしているミーナさんと目があったのでニコリと笑いかけておく。期待通り、天使の微笑みが返ってきた。可ッ愛…… 今後はこういう瞬間は逃さずスマホに保存していこうと堅く心に誓う。
「ナオ! 馬鹿な事言うもんじゃないよ! あたしゃただの宿屋の元女将だよ!? そんなあたしに神器なんて大それた代物…… 受け取れるわけないじゃないか! もっとちゃんと物の価値ってやつを考えな! 世間の価値感に無頓着なのにも限度ってもんがあるよ!」
タバサさんに怒られてしまった。でも、これはタバサさんに受け取ってもらうために作ったんだから、何としても受け取って欲しい。
「でも、この二つはタバサさん専用なんです。ハンナさん、ビンスさん、今、タバサさんが持ってるスマホやこのお守りを見て何か気づきませんか?」
「タバサさんの持つ神器からは…… 大樹の気配を感じません…… 見た目はナオ様のものと全く同じなのに、気配が全く違う」
「こちらのお守りとやらもそうですな。落ち着いて観察してみるとただの布製の小袋にしか見えません。このお守りが産み出された瞬間に立ち会わせて頂いてなければ神器だとは思わないでしょうな」
信仰心の篤いお二人がそう言ってくれるなら大丈夫だな。他の人も気づかないだろ。
「僕はまだ神器つくりに慣れていないので『特定の個人』専用を創るのが精一杯なんです。だからそれらはタバサさん以外の人にはただの黒い板と布の小袋でしかないんです」
「だからって、なんであたしなんだい……?」
「僕の母は僕を産むときに亡くなってしまったので、僕は母を知りません。父や叔父、祖父から聞かされていた母は物静かな印象の人でタバサさんは全然違うタイプの人だったようです。
だけど、帰ってきたらお帰りと迎えてくれて、みんなで食べる食卓は賑やかで、いつも朗らかで周囲の人を明るくまっすぐに照らしているタバサさんから僕は知らない筈の母のような温かさを感じていました。
僕は、僕の目標の為に、この世界を旅してまわります。旅には出会いと別れは必ずついて回ることもわかっているつもりです。
それでも、僕の知らなかったぬくもりを教えてくれた貴女に『離れてても繋がっている』証を贈りたいんです。
貴女が僕らの旅の無事を祈ってくれるように僕も貴女に元気でいてほしい。いつまでもその明るさとぬくもりを持っていて欲しい。その願いを籠めて創ったのがそのお守りです。
どうか、受け取ってください。貴女はシトリィさん、ロロさん、ハンナさん、ミリアさん、ミーナさん…… 僕の大切な人たちの、そして僕の 家族なのだから」
想いはちゃんと言葉にしないと伝わらないんだ。だから僕は僕の気持ちを真っすぐに伝える。
「あんた、あたしのことをそんな風に思っていてくれたのかい……? いや、でもだからって……」
「おかみさん、貰っときなよ。ナオは言い出したら聞かないところがあるから受け取るまで諦めないよ。それにそれがあれば、いつだってまた話が出来る、顔だってみれるんだ…… それはあたしらにとっても嬉しいことなんだぜ、おふくろ」
「タバサはみんなの母ちゃんにゃ。母ちゃんなら息子からのプレゼントは黙って受け取っておけばいいにゃ」
皆さんの後押しもあって、タバサさんは目にいっぱいの涙を溜めたままスマホを受け取ってくれた。チャット相手ひとりゲットだぜ!
「だけど、せっかく貰っても恐れ多くてとても使えそうにないよ…… やっぱり神殿とかに祀ったほうがいいんじゃ……」
「タバサさん、これは僕の世界ではそれこそミーナさんくらいの小さい子でも持ってるくらいありふれたものなんです。もっと気軽に考えて下さい。『夕焼けがとても綺麗』とか『夕食を焦がしちゃった』なんてちょっと良かったこととかちょっとした失敗なんかを伝え合うくらいでいいんです」
僕はチャットアプリでそういうことがしたかったんだ!
「神器をつかってすることかい? それ」
「あ! それなら海についたらミーナ、ナオさんに頼んで海のガゾウやドウガを送ってあげる! ね!」
タバサさんには若干呆れた顔をされたが、この世界では珍しいだけで元々スマホってそういうもんだよね。それよりミーナさんから素晴らしい提案が出たので即採用。
「いいですね! 寄せては返す波とか、遥か遠くに見える水平線とかタバサさんにも見せたいものはたくさんありますよ」
僕が海についての話をすると海を見た事ある組と無い組で話が盛り上がった。神託だ神器だとずっとソワソワしていたエルフ二人も参加して楽しい時間が流れる。
「すっかり話し込んじゃいましたね。明日は出発だというのに遅くまで付き合っていただいてすみませんでした。そろそろ休みましょうか」
名残は尽きないけど、流石にね。僕自身は睡眠も特に必要ないんだけど、皆さんはそうもいかないんだし。チートで整えれば何とでもなるけど、出来ればあんまりやりたくはない。睡眠や食事なんかは自然に摂るべきだと思う。
ミーナさんは最後の夜をタバサさんと一緒に寝るらしい。ちょっとだけ羨まし…… なんでもないです。おやすみなさい。
ナオの解散宣言のあと、シトリィとロロはいまだに若干興奮が冷めきらぬ親友をなんとか宥め、部屋に連れ戻した。それから、何をするでもなくそれぞれの部屋に戻ることもなくゆったりと過ごしていた。
3人はそれぞれに個室を使っていたが何かあると集まるのは決まってハンナの部屋だった。なのでこの部屋には3人が座ってお茶をするための椅子やテーブルもある。
「…… この部屋でこうしてダベるのも今夜で最後になるのかな」
シトリィが少し鼻の詰まったような声で誰に言うでもなく呟く。
「しばらく離れるのは確かにゃけど、最後では無いにゃ。タバサも部屋はそのままでいいって言ってたにゃ」
ロロはいつでもマイペース。ミリアの故郷に行ったあとのことは考えてないけど、ナオを連れてまた戻って来るのもいいとも思っている。尚、ナオから離れる気は一切ない模様。
「シトリィもロロも旅立ちの前にちゃんと部屋の掃除はしましたね? タバサさんが部屋をそのままにしておいて下さるというのは散らかしたままでいいということではありませんよ」
神託の衝撃から少し立ち直ってきたハンナの言葉に明後日の方を向いて口笛を吹くシトリィ。何故掃除をしなくちゃいけないのか本気でわからないので全く気にしていないロロ。全くかみ合ってないようで上手くかみ合っているようで。この3人はいつもこんな感じである。
シトリィの部屋は脱いだ衣服が床に散らばっているタイプ。ロロの場合は気まぐれに集めてきた本人以外にはガラクタにしか見えないオタカラが所せまし散りばめられているタイプ。どちらもタイプは違うが共通しているのは足の踏み場もない、という表現が似つかわしいところ。
だから集まるのはいつもハンナの部屋なのだ。
「なぁ、気づいたか?」
少し間を置いて、いつもよりほんの少し低いトーンで話し出したシトリィ。それだけで真面目な話がしたいんだな、と察した二人が聞く姿勢を見せる。
「あいつ、あの神器を『僕の世界』では子供でも持ってるくらいにありふれたものだったって言ってたよな」
「あんなとんでもない物使って『空が綺麗』とか『海を見せる』とか…… 正気の沙汰じゃないにゃ」
「あの神器がそれほどまでに普及している国や地域があるのであれば、どんなに遠くても噂くらいは聞こえてくるでしょうね」
まだ同じ建物の中で少し離れた程度の距離で試したところしか見ていないが、ナオはあの神器を『どんなに離れていても声を届ける』と言ってた。神の使徒たるナオが嘘をつくはずがない。ならば、そうなのだろう。
そんなものが存在していれば間違いないく『与えれらしもの』として語り継がれている筈だ。それが子供でも手にできる程にありふれているなんて…… あり得ない。絶対に。
「にゃら、ナオの故郷って……」
「あいつさぁ、与えられしものなんかじゃなくて本当は与える側なんじゃないか?」
考えてみれば、ナオは自分やミーナたちに美や健康を『与えて』くれた。ミリアやビンスから聞いたところではビトン商会ではならず者たちに呪いすら『与えた』という。
神の奇跡を与えられ、それを惜しむことなく周囲に振りまいていたのではなく、元より人々に与える側の存在だったのではないか。そんな疑問をシトリィは抱いてしまったのだ。それはなんだかとても怖いことのようで、独りでは抱え切れず親友たちに相談したのだった。
「だとすると、ナオ様が良く仰っている『世界を見て回りたい』という言葉も、違う意味を持っているのかもしれませんね」
もし、ナオが自分たちが想像したような存在であったなら。そんな存在がわざわざ自分の足で世界を見て回るということにどんな意味が含まれているのか。
「ナオはこの世界を見て回って何をするつもりなんだ? も、もしも、万が一、見て回った結果、アイツがこの世界を嫌いになっちまったら……」
与える側に嫌われた世界、その行く末は想像するのも恐ろしい。
「ナオ様はタバサさんを、そして恐れ多くも私たちのことも家族と呼んでくださいました。絆を感じている、とも。ならば大丈夫だと思いますが」
「ロロたちが悩んでもしょうがないにゃ。ナオが何者であれ、一緒に旅して一緒に楽しんでやればいいにゃ。それに万が一……」
シトリィは3人の中では一番心配症なところがあり、ロロはマイペースで楽天家。ハンナが冷静に二人を纏めるというのがこの3人のいつもの流れだ。
最近はナオの登場でハンナが暴走しがちなのでそれが崩れてきてはいるが。具体的に言えば最近のハンナはナオ全肯定マシーンである。似合わない常識人枠を任せられることとなったシトリィの胃が心配になってくる。まぁ、いざとなれば原因が治すか。
「万が一、ナオが怖いことしそうににゃったら、ミリアに止めてもらえばいいにゃ。ナオはミリアのいうことならきっと聞くにゃ」
「確かにナオはミリア姉さんとミーナのことは大好きだけどよぉ。だからって、それで止めてくれるもんかぁ……?」
ロロの楽観的過ぎる意見にシトリィは懐疑的だ。いや、それで納得できるくらいならあのお人よしが世界を嫌うかも、なんて不安を抱くことも最初からなかっただろう。そんなシトリィを冷めた目でみるロロ。
「やれやれ、シトリはにゃーんにもわかってないにゃあ」
やれやれだぜ、とナオがたまにやるアメリカンなポーズとやらを真似るロロ。初めてナオがやっているのを見たときにはなんて煽りに最適なジェスチャーなんだ! と衝撃すら受けたものだ。
「なんだとぉ!?」
そしてそれは煽り耐性0のシトリィには効果は抜群だ。そんな二人のいつものじゃれあいを優しく見守るハンナ。
乙女たちの夜はまだまだこれからのようだ。