第五十二話 栄光の第一位 初めての神器作成
ブキシトンを旅立つ前夜、部屋でのんびりしているとスマホに着信があった。
過去最高にテンションの高い上位存在さんが僕の持ち物について解説してくれる。
スマホが神器なのは聞いてたけど、他のもそうだったなんて聞いてなかったよ? だから今教えてくれてるんですね、すみません。
話の流れで僕も神器を作れるようにもしてもらってしまった。率直に言って楽しみすぎる。
だけど、今は神器の説明をちゃんと最後まで聞こう。
いよいよ第一位、一番すごい権能を宿しているらしいスマホの番だ。
「一位は予想通りスマホだよ。まぁそれ以外無いよね。七桜君、よっぽどスマホ欲しかったんだね。凄い執着を感じるよ」
「そうですね。僕の世代だと持ってないのは学年にどころか学校に何人か、ぐらいの普及率でしたし、友人たちがチャットアプリで楽し気にやり取りしてるのは凄く羨ましかったです」
家に僕個人のパソコンはあったから一応グループなんかには入れてもらってたけど、やっぱりテンポが違うからあまり馴染めなかったんだよね。
「うん、この強度の執着が例えばスケジュール帳に向かっていれば、『書きこんだ予定は必ず実現する』とか『未来の出来事が予め書き記されている』ぐらいの権能になってた可能性すらあるね。因果律に干渉し始めるレベルだよ」
因果律…… だと…… う、疼く! 14歳の病が再発しそうに疼くぞ! ていうか、どんだけスマホに飢えてたの、僕。スマホが欲しすぎたせいで因果を操れるくらいだなんて我ながらびっくりだよ。
「ま、今回はスマホだからね。それを使って『七桜君がやりたかったこと』に準じた権能が備わってるよ。簡単に言えば、チャットアプリが使える」
因果がどうの、って言われた後にチャットアプリが使えるって言われてもなんか…… いや、アンテナとかそういう設備が無い筈なのに使えるのは凄いんだけど。でも、最大の問題は
「あの、チャットする相手が居ないんですけど……」
僕がボッチだからじゃないぞ! この世界では僕しかスマホを持ってないんだから当たり前じゃないか! まさか…… 上位存在さんと……? それは畏れ多いというか、なんというか、出来れば遠慮しておきたい。決して嫌なわけじゃないけどね。
「子機を生み出せるんだよ。『電話に親機と子機がある』イメージ出来るでしょ」
え!? それが出来るの!?
「さっきも言ったけど、無尽蔵に増やすことは出来ないよ。ボクならともかく七桜君にはね。『離れがたい絆を感じている相手専用のものしか作れない』制限が掛かってるからね」
それでも充分すぎるよ! すげぇ! 流石第一位だ!! 嬉しすぎる!!
「細かい説明はめんどくさくなってきたからホイ」
その言葉と同時にまた僕の身体が淡く光りだす。
……
…… ……
今回は長いな……
「待ってる間にチョコが美味しかった分のサービスで神器づくりのヒントをあげるよ。例えば七桜君の認識なら『激辛なだけのイチゴのショートケーキ』と『食べるとどんな傷でも癒える甘くて美味しいイチゴのショートケーキ』だと後者の方が作りやすい。権能の大小よりも作り手のイメージしやすさの方が大事ってことだね。逆に言えばイメージさえしっかり出来ていれば強引なこじつけだろうが無茶苦茶な理屈だろうが顕現させられる。神器ってそういうものなんだ」
僕を包んでいた光が薄くなっていく。それと同時に僕にスマホや他の神器たちの知識が流れてくるのを感じる。チュートリアルが終わったときもこんな感じだったな。あのときは情報量がもっと凄くて押しつぶされちゃったけど、今は頭がちょっとボーっとしているけど意識をなくしたりはしなさそう。
『離れてても繋がってる』なら『繋がった場所に行くことも出来る』かもね。
え……?
『番号を知っていれば、遠い空の向こうの人ともお話が出来る』のが電話だと七桜君は知ってるよね。
え…… まさか…… まさか……
『今は無理だよ。でもいつかは出来るようになるかもね。心のままに往くといい、……の可能性の欠片』
気がつくと僕を包んでいた光は消え、スマホも静かに通話を終え、物音一つない静かで真っ暗な部屋に一人佇んでいた。
最後に特大の爆弾発言を残して神託は終わってしまった。
「あの人はどうして僕にここまでしてくれるんだろう……」
あの日終わるはずだった上条七桜に第二の人生をくれた。
ミリアさんやミーナさんと出逢わせてくれた。
癒しの奇跡を、人を笑顔にしてあげられる力まで授けてくれた。
平和で穏やかで楽しい日も、寂しくて後悔して泣きたくなる夜もくれた。
更に今日はまた、神器やそれを作る為の力まで……
僕はこの恩をどうしたら返せるのだろう。これだけのことをしてもらっても僕には何の恩返しも出来ないのに。
「言われたことを、許されたことを、あたえられたことをするしかない、よね」
好きに生きよう。そうして良いと言われたのだから。
幸せになろう。それを許して貰えたのだから。
あの人に胸を張って生きられる生き方をしよう。それだけがきっと僕に出来る唯一のことだから。
少しの間、久しぶりに手に取ったスマホをいじっていた。電池の消耗を避けたくてできるだけ触らないようにしてたけど、神器になってるんだからその辺りは普通に不思議パワーでなんとかなってたんだなぁ。それならこの街の思い出をもっと画像や動画に保存しておきたかったな。
それからしばらく何するわけでも無く独りボーっとしていると、部屋の前になんだか人の気配があることに気づいた。誰か僕に用事かな? 用があるならノックしてくれれば……
ってさっきまでボーっとしてたせいで聞き逃しちゃったのかも!
急いで扉を開けるとそこには跪いて胸の前で両手を組み一心に祈りを捧げているハンナさんと、摩擦で煙が出そうなほど額を床にこすりつけて土下座しているビンスさん。そしてその後方で二人のエルフの奇行を見守る皆さん。
あー…… 感じ取っちゃったんだね。この世界のエルフは感度3000倍くらいありそうだ。一応、確認しとくか。
「感じちゃいました?」
「あぁ、あぁ! ナオ様! 使徒様ぁ!!」
「与え賜え許し賜え祓い賜え清め賜え…… 与え賜え許し賜え祓い賜え清め賜え…… 与え賜え許し賜え祓い賜え清め賜え……」
駄目だ、話にならない。
遠巻きに見守っている人々の中に女神様を見つけたので縋るような瞳でみつめてみる。この子羊をお導きください!
「そんな瞳を向けられてもな…… 何かに縋りたいのはむしろこっちの方だよ。みんなでお喋りをしていたら突然この二人がナオ君の部屋から大樹の気配を感じる、と言い出して扉の前で祈り始めたのさ。私たちも後を追ってここまでついてきたら、明らかに神聖な力を宿した魔力が扉ごしにも伝わってきていてね。ただ事ではないとは思ったけれど、どうすることも出来ずにこうやって見守っていたわけだ」
漏れちゃってたかぁ……
食堂に降りて、皆さんの前で何があったのかを説明する。
「ミリアさんとミーナさんはもうお気づきかも知れませんが…… 神託を受けました」
僕の発言に場がざわめく。特にエルフ二人の反応が凄い。ですよね、知ってた。
怖いから眼を逸らしとこ。
「内容は主に、コレについてです」
ポケットに偲ばせておいたスマホを取り出して皆さんに見えるようにテーブルの上に置く。
「黒い、平たい、板? いや、石……?」
「ツルツルに磨かれてるにゃ」
初めて見るスマホを興味深そうに観察する人。
「あの時光ってたやつだ!」
「確か…… すまほ、だったね」
見覚えのある人。
「「…… …… …… …… …… ……」」
そして無言でひたすら目を輝かせているエルフが二人。
気にしてたら全然話が進まないから見ないようにしよう。
テーブルの上のスマホの上に右手をかざし、そのまま横にスライド。その動きに連動するようにスライドした掌の下にもスマホが出現する。これで子機が出来た。
…… ってかっこいい! やばい! なにこれ手品みたい! 種も仕掛けもないただの奇跡ですけどね!? めっちゃテンションあがってくる。ドヤ顔が漏れないようにしないと。
増えたスマホを珍しく口数の少ないタバサさんに持ってもらう。
「今からこのスマホから音が出ます。結構大きな音ですが危険はないので心配しないてください」
そう言いながらスマホを鳴らす。響き渡る電子音が神託の時と同じ音だと気づいたミリアさんが大慌てしてしまうハプニングがありつつ、一つ一つ実演しながらタバサさんにスマホの機能を教えていく。
通話のやり方から画像の取りかた、動画の撮影、チャットアプリを使ったメッセージのやりとりと画像、動画の送り方。一つ説明するごとに一つ騒ぎが起こるのでかなり時間が掛かってしまった。
明日は旅立ちの日だというのに、いつもより夜更ししてしまっているけど、これはどうしても今夜中にやっておきたい。いざとなれば明日の朝、みんなの眠気をチートで吹き飛ばすことも厭わない所存。
「いや、凄すぎだろ、この神器」
「遠くの相手と喋れるだけで凄いのに文字も送れたり、ガゾウやドウガを送れるのがもう意味わかんにゃいにゃ。なんにゃこれ」
「「大樹よ…… 大いなる父……」」
「これは恐ろしいな…… 間違いなく世界の在り方すら揺るがすぞ」
「凄いもの触っちゃったねぇ。これはもう一生ものの話のネタだよ。いや、凄すぎて誰も信じないだろうね、こんなこと。向こうにいる旦那にいい土産話が出来ちまったねぇ」
ちなみにこの世界の通信技術は元の世界で言う伝書鳩と飛脚のような存在と、大きな都市の間では共感魔法を使ったりするらしい。共感魔法というのはテレパシーに近いけど言葉は送れず、モールス信号のように予め決めておいた信号を送り合う魔法で治癒魔法以上に遣い手が少なく貴族やギルドがほぼ独占状態になっていて一般市民が貴重で利用するにはかなりの大金が必要らしい。ビンスさんを王都から呼ぶのにも使われたそうだ。ビトン商会って凄いんだな。
「あと、これのやり方も教えてもらったんです。巧く出来るかな……」
次は神器つくりだ。僕の身体には元々あの方の魔力? 神力? のようなもので満ちている。というか、ソレそのものが集まって固まって人の身体の形をして上条七桜を宿しているというべきか。
いままではそれが全く意識できていなかったけど、ソレを昂ぶらせて…… 集める……
胸の前に両の掌でリンゴ一個分くらいの空間を作る。その中心に思い描いていたものを実体化させる。
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ」
「いつもの治癒の光じゃない…… こんな神聖な光…… 神託の時に見たものともまた違う…… もっと穏やかで優しい…… ナオ君……」
少しずつイメージが貌となり存在が確定していくのがわかる。これなら、きっと。
「出来ました!」
初めてだから上手くいくか自信が無かったけど、ちゃんと出来た。
集まった光が消えて、そこに残ったのは僕がイメージして作り上げたもの。前の世界の神社で授かる事が出来るお守りだ。
「これは僕の地元のアミュレットです。怪我や病気を祓い、健康で長生きできるように、という祈りが込められたものですね」
持ってるだけで病気にはなりにくくなるし、万が一の時には握りしめて祈りを捧げてくれれば僕の治癒と同程度の癒しの奇跡が発動するはずだ。
「このお守りとスマホ、タバサさんに貰って欲しいんです」
僕の発言に、神器を作り始めた辺りからすっかり静かになってしまっていた皆さんが、盛大にひっくり返った。
コントかな?