第五十一話 旅立ちの前夜 舞い降りる言霊
楽しい昼食会は賑やかに終わり、名残は尽きないまま参加者の皆さんはそれぞれの帰途につき、僕らもタバサさんの宿に戻った。
明日の見送りには会頭さんと奥様も来てくれるとのことだ。というか、王都までの馬車を会頭さんが手配してくれているのだ。王都までは乗合馬車的なものがあるらしくミリアさんたちはそれを利用するつつもりだったのだけど、
ビンスさんを王都に送る為の馬車がもともと手配されており、それを増やして僕ら全員を送ってくれるというのでお言葉に甘えることにした。
王都までは馬車で普通なら5日~1週間程度掛かるらしい。今回は僕の希望で途中の村なんかに寄り道してもらうことになっているのでもう少し掛かる予定だ。
ちなみにビンスさん一人で荷物を持たずに魔法も駆使して全速力で飛ばせば半日くらいだそうだ。
ビンスさんが凄いのか馬車が遅いのか、判断に迷う。
僕は明日の出発に備えてというわけではないけれど、普段より少し早めの時間に部屋に戻った。階下ではまだタバサさんやシトリィさん達が名残を惜しんでいる筈だ。長く一緒に暮らしていた彼女たちが離れることになった直接の原因である僕が居ない方が話しやすいこともあるんじゃないかな、という気持ちもちょっとある。気にしすぎだ! って皆さんは言ってくれそうだけどね。
明日はいよいよ旅立ち。この街であった色んな事がとりとめもなく頭に浮かんでくる。
怖い人はあれからどうなったのかな。自業自得な筈だからあの人の行く末には興味ないけど、どうやってピチータさんのカサブタを悪化させたのかは気になる。
僕らが行ってしまえばタバサさんは一人になっちゃうのかな。タバサさんは僕と違って社交性も凄いしご近所づきあいもあるから大丈夫だよね。
ベッドに横になって天井を見上げながらそんなことを取りとめもなく考えていると、聞き覚えのある電子音が聞こえてきた。発生源は…… カバンの中、か。
僕は最近ではすっかりカバンから取り出すこともなくなっていたスマホを取り出し、意を決して通話ボタンを押す。
「やっほー、七桜君久しぶり。女の子をキャンキャン言わせて、第二の人生をしっかり楽しんで貰えてるようでなによりだよ」
聞き覚えのある楽し気な声とテンションの高い喋り方。間違いなく神託だ。これ、神託なんですよ、凄いでしょ。
「お久しぶりです。すみません、頂いた時は散々文句を言ってしまっていたのに……」
「うんうん、そうだね。最初はセクハラだ、ボクの悪ふざけだと嘆いていたけど、いざ使ってみると楽しいでしょ? この間の同世代の女の子たちの時とか本当に楽しそうだったね」
うっ…… バレている…… まぁこの存在相手に隠し事なんて出来る筈もないんだけど。
「嫌味で言ってるわけじゃないよ。七桜君が楽しんでいるのならそれがなによりさ」
「お陰様で楽しませて頂いてます。ありがとうございます。それで、今日はどういったご用件でしょうか」
「せっかちだなぁ、七桜君は。まぁいいや今日のお題は『七桜君が神器を全然使わない件について』だよ」
神器って、スマホのことだよね。そう言われても通話相手もいないし、下手にカバンから取り出すとハンナさんが祈りを捧げだしちゃうし。ビンスさんには見せていない。間違いなく土下座されるから。
「もう気づいてるでしょ? 今の七桜君は持ち物に至るまで前の世界にあったものそのものじゃなくて、僕がこの世界で再現したものだって」
あの日、僕はぐちゃぐちゃになった僕だったモノを見下ろしながら、この世界に飛ばされた。
この存在は「あんなもの再生させたら大騒ぎになるよ」と言っていた。
僕がこの世界に来た時には身体も制服もカバンも元通りだった。
それはつまり……
「ボクが直接創り出したものはボクの奇跡を纏い神器となる」
今の僕の身体は「人の身体として作られた神器」、しかも『丈夫な』という条件付けまでされている。そりゃそう簡単に傷つく筈ないよね。多分聖剣とか持ってこないと無理。
「そう。だけど、それはその制服もカバンも中身も同じなんだよ」
そうか…… 身に着けている服が普通じゃないのは薄々気づいていた。僕自身と同じくらい丈夫だし、毎日着ていても全く汚れない。これは僕が人間じゃなくなったから汗とか皮脂とかが出なくなったからだと思ってたけど、そういう効果のある神器だったのか。
「普通、神器って目的があって作るんだよね。よく切れる剣にしよう、とかずっと水が湧き出る杯にしよう、ってね。でも七桜君の持ち物はそうじゃない。ただ形をなぞっただけの空っぽだったんだ。だからそこに七桜君の認識や思い入れが入り込む余地があり、それが権能となった」
その結果が『汚れない丈夫な服』?
「丈夫なのは単に神器だからだね。汚れないのが権能。七桜君が普段から服は清潔で当たり前という認識だったのが影響したみたいだね」
ん? したみたい? この存在がみたい、だなんて不確定な言葉を使うの?
「権能を持たないからっぽな神器に人の意思が介入するなんて相当のレアケースさ。僕も殆ど遭遇したことない興味深いケースだよ。やっぱり七桜君を選んでよかったぁ」
ソレハ トテモ コウエイ デス。
「転生って大抵は胎児からやり直させるし、転移なら着の身着のままで移すから意外とないんだよね、こういうケース」
「何故僕は胎児からの転生じゃなかったんでしょう?」
転移じゃないのは身体はアレだったから持ってこれなかったんだろうけど。
「その方が面白くなりそうだってボクの勘が囁いたから」
あ、はい。
「権能をざっと説明すると、タオルは服と大体同じだね。『清潔に保たれる』し『汗や汚れを拭くとすっきりする』スケジュール帳は『書いたことは忘れない』財布は『お金が入る』」
説明が雑ぅ! それにちょっと待って欲しい。財布にお金が入るのは当たり前でしょ。
「スケジュール帳には忘れたくないことをメモしようと思ってたでしょ。だからそこに書いたことは何があっても忘れない。財布は簡単に言えばお金限定の無限収納だね。この世界は硬貨中心だから結構便利なはずだよ」
へぇ、確かに便利かも。青い猫型ロボットが出すやつみたい。
「七桜君、仮にも神器に対して青ダヌキのひみつグッズ扱いは無いんじゃない? それだとボクが青ダヌキになるし」
あ、しまった。心読まれてるんだった。
「気持ちはわかるから構わないけどね。ここから徐々に凄くなっていくよ、まずは第三位! 通学カバン!」
なんかいつになくノリが軽いな…… ランキング形式になっちゃった。
「流石に七桜君も『通学カバンに無限に物が入る』とは思ってなかったようだね。無限収納とはいかなかったけど『重い荷物もカバンに入れれば持って帰れる』とは思っていたのかな? カバンの権能は『どんな重量のものでもカバンに入りさえすれば肩に担げる』だよ! ヒュー! ベンリィ!」
なんかキラキラした謎のエフェクトの幻が見えてきた…… この場合、比喩とか気のせいじゃなくて本当に網膜に投影とかされてそうでイヤすぎる。
カバンに入る大きさのものであれば総重量何トンとかって単位になるようなものでも持ち運べるってことかな? 確かに便利そうではある。有効活用できる方法はすぐには思いつかないけど。
流れ的に一位はこのスマホなんだろうけど、じゃあ二位はなんだろう? あとなんか持ってたっけ、僕。
「第二位はチョコレ-ト! お口の恋人、まさかの大躍進だぁ!」
なんだこのノリ。今日は一段とテンション高いな……? でもこのコミュ力高そうなのに空気は読まなくてグイグイ来る感じ、ちょっと叔父さんに似てるかも。僕は知ってるぞ。こういうときは同じテンションになって騒ぐとお互い楽しいんだ!
「まさかの僕のオヤツがランクイン! 甘くて美味しい憎いヤツ! 気になるその権能は?」
「いいね! わかってきたね、七桜君。君、自分のこと陰キャだと思ってるけど、そんなことないよ。意外とノリもいいし、今までは単に一緒に騒げる友達が居なかっただけだね!」
陰キャだから友達がいなかったんじゃんなくて、友達がいないから陰キャになってたって言いたいの? 卵が先か鶏が先かみたいになってきてるけど、明るく楽しいノリで悲しい事実を突きつけてくるのは止めてほしい。
「ある程度気づいてたようだけど、『魔力が回復する』と『複数人で分け合うと元の数に戻る』、あと『みんなで食べると美味しい』のが権能だね。ボクがお裾分けが欲しくてなんかしたわけじゃなくて元々の権能だし、そうなったのは七桜君の認識のせいだからね」
魔力が回復するのはタバサさんたちが言ってたし、なぜか無くならないのも気づいてはいたけど、まさかの神器だったからなのか。っていうか食べ物が神器?
「水が湧き出る杯みたいなもんさ、そこはあんまり気にしなくていいよ。ただいくらボクが顕現させたとはいえ普通なら『無限に物を生み出し続ける神器』はそうそう出来ない。無限に、とか無制限に、なんてのは七桜君にわかりやすく言うとリソースをとても食うんだ。だけどそこを『複数人で分け合う』とか『元の数以上には増えない』って条件付けで上手く乗り越えてる。とても初めて神器を作ったとは思えない中級レベルの小技だよ。七桜君、神器づくりの才能あるんじゃない?」
「これ、僕が作ったことになるんですか!?」
「一番面倒なところはボクがやったから創ったとは言えないかもね。だけどそこさえ出来るようになれば創れるようになるよ。練習してみる?」
治癒の力のときといい、この人、本当に僕の興味を惹くこと言ってくるんだよなぁ。神器を作るとかやってみたいに決まってるじゃないか! ……これ、悪魔の囁きだったりしない?
「ある意味ではそうだね。創った神器がトラブルを招いて不幸になれば悪魔の囁き、望み通りの結果になって満足できれば天使のお導き。どちらでもあるしどちらでもない」
そこは一貫してるんだよなぁ。運命的なものまで操れるらしいからどっちかに偏らせることもできるんだろうけどそれはしないって仰ってくれているし。
「是非挑戦してみたいので、教えていただけますか」
「そう来なくちゃ」
その言葉が聞こえてくると同時に僕の身体がうっすら光り、すぐに消えてしまった。
「これでよし。じゃ話を戻そうか。今後の神器作り参考にもなるしね。『魔力が回復する』のは『甘いものは疲れが取れる』と思っていたから。『複数人で分け合うと元の数に戻る』原因は『すぐなくなっちゃうのは嫌だな』とか『みんなで分け合って食べているこの時間がずっと続けばいいのに』とか思っていたからだろうね。ちなみにもし、七桜君が独りで食べてたら権能を失って普通のチョコに存在が固定されて数が戻ることも無かったよ。『ルールを破ると権能を失う』も巧いこと効いてきてるね、これ。本気で才能ありそう」
そういえばチョコを一人で食べた事ってなかったかも。最初はミリアさんとミーナさんと一緒に食べたし、それ以降は大抵ロロさんが僕に引っ付いてたからオヤツ食べるなら一緒に食べてたし。
「そして『みんなで食べると美味しい』これは凄いよ。七桜君の思い入れがそうさせたんだだろうけど、普通神器が生み出す贄の味についてなんて意識しないからね。わざわざ『美味しい』と指定した上で権能として顕れている」
家族そろって食べるご飯の時間が僕は大好きだった。家族の中で一人だけ甘い物が苦手な父さんをからかいながら叔父さんとお祖父ちゃんと食べるオヤツも大好きだった。いつか、親友や恋人とこんな時間を持ちたいとも思っていた。
「甘いとか美味しいってこんな感じだったねぇ。ボクが味覚を刺激されるなんて一体いつ以来だろう。七桜君には感謝しているよ。懐かしい気持ちを思い出せた」
「もしかして、前回チョコを献上するようにおっしゃったのって」
「まぁ、そういうことだね。本当に『美味しい』のか確認したくなってさ。このボクが確認したくなるって結構凄いことなんだよ」
あの時は流石にマイペースすぎると思ったけど、ちゃんと理由があったのか。その後もお供えしたら高確率で持って行ってたのは食べたかっただけな気がするけど。
「七桜君の思い入れの大きさで顕現する権能は変わってくる。『みんなで食事を摂る』ことに余程思い入れが大きいようだね」
「そう…… なんでしょうか。確かに僕の家では食事やオヤツなんかは家族みんなで食べることが当たり前でしたけどそんな拘りがあるって程の事でもなかったと思いますが」
「七桜君の思い描く『理想の家族団らん』を叶えるには常に一人足りなかった。それが無意識の欲求となって強く顕れたんだろう」
…… 母さん。
「さて、というわけで第二位は七桜君の無意識の欲求が反映されたチョコでした。そして第一位は! 中学生の頃の七桜君が欲しくて欲しくて堪らなかったあのアイテム! せっかく手に入れたのに殆ど活用出来なかった無念! 無意識の思い入れだけであれだけの権能をチョコに与えた七桜君の神器づくりの真の実力が今! 明かされる!」
あ、うん。スマホですよね。チョコでもかなり凄い権能持ってたのに、それ以上なの?
『神託が降りてくる』だったらどうしよう。いや、確かにそれはとても凄いことだとは思うけども。なんていうか、ありがたみが……