第四十四話 去って行く呪いと帰ってきた僕
勢いでミリアさんに抱き着いて大泣きしてしまっているけど、心のどこかで冷静な僕がいてこのまま僕が触れ続けるとミリアさんが大変なことになると警告している。心配をかけて、泣かせて、怒らせて、これ以上ミリアさんに迷惑は掛けられない。
意を決して、ミリアさんから大きく離れる。涙でグシャグシャになった自分の顔をグシグシとこすりなんとか息を整える。
「すみませんでした。取り乱しました」
部屋にいる全員に向かって、しっかりと頭を下げる。まだ状況が呑み込めていない様子の皆さんを尻目に僕はチームならず者たちを順番に触れていく。
「クッ!?」「いてぇ!」「ぴぎゃ!」
「悪かったね。暴走して君たちに必要以上に強く当たってしまった。罰は全て解除したよ。もう、行ってくれていい」
そういうと立てるようになったヒゲ薄たちは怯えながら肩を寄せ合い、呪い男は相変わらず僕を睨み続けていた。
「もう良いのですかな? ナオ様」
「えぇ、報酬を渡してあげてください。君たちはそれを受け取ったら消えてくれ…… 正直、今でも君たちを見ていると怒りが抑えきれなくなりそうなんだ。 ……但し、もしこのことを恨んでタバサさん達に迷惑をかけるようなことをしたら、絶対に見つけ出して死んだ方がマシだと思うようなことを絶対に死なない様に細心の注意を払いながらやり続けてやるからな」
あの日あの人が同じこと言っていたな。あの時は僕が言う側に回るなんて思いもしなかった。クスリと小さな笑いが漏れてしまった。
「…… 何を笑ってやがる」
その笑いを呪い男に見咎められた。
「あぁ、ごめんごめん。さっきの言葉、力を授かったときにあの方も同じことを言っていたなぁ、と思ったらちょっと可笑しくなっちゃってね」
正直に答えると部屋中がざわめいた。そうか、この人たちから見れば「神に直接言葉を掛けられた」ってことになるのか。虎の威を借る狐ムーブをかましてしまった。まぁ今更ではあるけど、必要がないときは自重しなくちゃな。必要とあらば存分に威を借る所存。
「本音を言えばてめぇら全員ぶっ殺してやりたいくらいにムカついているが、本物の神の使徒相手に喧嘩を売る気は流石にねぇ。もう二度とてめぇとは関わらねぇ。それでいいな?」
「えぇ、出来れば二度と僕の前に顔を出さないでくださいね。三度目が無いようにしたくなっちゃいますから」
「ケッ、むかつくガキだ。そういうことらしいぜ、奥様。残りの金をくれ、それで俺たちは消える。お前らもいいな?」
呪い男の仕切りに他の二人も従うようだ。さっきまでは罰の押しつけたりしてたのにね。こんな奴らでもそれなりに仲間意識はあるのかな?
「お、おぃ…… 使徒様よぉ。さっき言ってた呪いは本当になくしてくれたんだよな……?」
最後に薄い人が恐る恐る僕に尋ねてきた。完全に呪い扱いされてるな。まぁ無理もないか。悪いお医者さんは怖いよね。
「僕は嘘はつかないよ。君たちと違ってね」
「ぁ、そうか…… そうだよな…… うん」
僕の言葉に納得したのか薄い人は大人しく引き下がり、チームならず者は部屋を出て行った。なんだかとても疲れたな。
「お騒がせして申し訳ありませんでした」
改めて部屋に残ったチームベトン商会とミリアさん、ビンスさんに謝罪する。特にミリアさんには本当に迷惑をかけてしまった。
「もう平気なんだな? ナオ君」
「はい、ご迷惑をお掛けしました」
「迷惑なんて掛けられてはいないさ。ただ、心配はさせられたな。あんなナオ君は初めて見たからね」
そういってミリアさんはいつもの困ったような笑い顔を見せてくれた。あぁ、なんだかわからないけど、帰ってきた。そんな気がする。
「その、お伺いしても良いものなのかわかりませんが…… 何故急に彼らへの対応を変えられたのです?」
改めてソファに座り、少し落ち着いたところで会頭さんが聞いてきた。そりゃ気になるよね。迷惑もかけたし説明はしないといけないだろうけど上手く説明できるかな。
「僕は力を授かって以来、ああいうタイプの人たちに初めて遭遇したんですが、はじめは意味もなくタバサさんの宿を壊したことが腹立たしくて、弁償と謝罪をしてもらおう、そんな気持ちだったんです。それがいつの間にか段々怒りが抑えきれなくなって、後悔させてやる、いじめてやる、生かしてはおけない、なんて感情がエスカレートしていってしまって…… 言い訳になりますが自分でもあんなに他人を憎むことがあるなんて思いもしなかったんです」
自分があんなトラウマ抱えていたなんて思わなかった。僕はいろんなものを治すことが出来るけど、僕自身だけは治すことは出来ない。物理的には傷つくことは無いけど、心は人間のままなんだなぁ、僕。
「そうですか…… それもまた与えられしものの試練なのかも知れませんな」
ビンスさんが腕組をして納得顔でうんうんと頷いている。それを聞いて納得出来ない様子の奥様が問いかける。
「ビンス様、与えられしものの試練とは奇跡が暴走してしまうようなことを言うのではないのですか?」
「使徒様の奇跡は他者を癒すこと、そして癒すためには傷ついたものがいなければならない。そう捉えれば他者を傷つけてしまうことも力の暴走と言えなくもないでしょう。
ですが私の考えでは少し違います。使徒様は力を授かってから初めてあった悪人があのチンピラたちだったとおっしゃった。そして恐れ多くもあのチンピラどもは使徒様に対して攻撃すら加えたという。使徒様の他者を癒す奇跡はまさに善意そのもの、純粋な善良さの権化ともいえる。純粋すぎるがゆえにまるで鏡のように、使徒様に善意をもって良き心で接すれば大いなる癒しが得られ、悪意を持って近づけば苛烈なまでの呪い・悪意が返ってくる。そういうことではないでしょうか」
「確かにナオ様が先ほどご自分で言われていたな。薬と毒は本質的には同じものだ、と。奇跡を毒とするも薬とするも全ては私たち次第、ということか。なんとも神の使徒様らしき話ではあるな」
「厳しくも優しい…… まさに大樹の奇跡です!」
なんかビンスさんが勝手に上手いことまとめてくれた。それで納得出来るならもうそれでいいよ。トラウマの詳細とか初対面の人に説明したくないし。あとでミリアさんにだけはちゃんと説明しておこう。
そのミリアさんはというと、僕の影響で与えられしものの試練説を全然信じてないからな。お澄まし顔をしているけど絶対内心ではそんなこと無いだろ…… ってツッコミを入れているはずだ。僕はミリアさんには詳しいんだ。
「そういえばミリアさんは何故ここに?」
「じつはビンスとは旧知の仲でね。昨日、たまたまギルドであったんだ」
話の流れとしては、会頭さんに与えられしものの判定を頼まれて街に来たビンスさんが事前の情報収集をしようとギルドに顔を出したところ、この街にエルフが来ることは殆ど無いので大層目立っていたそうな。それに気付いたミリアさんが近づいてみると知った顔だったので、話を聞くとどうやら僕が絡んでる話っぽい。軽くビンスさんに説明して今朝予定されていた会頭さんとビンスさんの話し合いに立ち会わせてもらう事となり、一緒に商会に戻ってきたらこの騒ぎだった、と。
「それで、ビンスさんは初手から全力で僕のことを使徒様扱いだったんですね」
「君はその奇跡も含めてあまりにも理想的な『エルフがイメージする使徒様』すぎるのさ。もう、諦めた方がいいね」
そう言いながらからかうようにいたずらっ子のように笑うミリアさん。可愛いが過ぎる。
うん、やっぱり僕はイキリ散らかすよりこうしてミリアさんとゆっくりおしゃべりしている方が良いな。
「ナオ様に私どもの娘の治療をお願いしたいのです」
何度目かの仕切り直しのあと、会頭さんが切り出す。まぁ、そんなところでしょうね、予想はついてました。でも、僕のあの醜態を見ても治療を頼むほど手段を選んでられない感じなのかな。
まぁ、会頭さんたちに思うところはもうあまり無いから頼まれれば引き受けるけれども。
「待って下さい、会頭。お嬢様をこの子供に任せるのはリスクが大きすぎます。私は反対です」
ここで存在感出してきたね、怖い人。その意見もわかるよ、怖いよね、こんな情緒不安定な子供(奇跡持ち)




