第四十三話 心の傷と僕の女神様
「お前らさぁ、僕に触れたとき凄く痛かっただろう? でもさ、触れただけであらゆる病を治療できる僕に悪意を持って触れておいて、ただ痛いだけで済むと思う?」
さぁ楽しいイキリタイムのお時間だ。絶対に泣かす。
「なんだと……?」
今や本当に呪われているといっても差し支えない呪い男が僕を睨む。存分に睨むがいい。呪ったのは僕だ。
「ナオ君、一体何を?」
大丈夫、大丈夫ですよ。ミリアさん。安心して見守っていてください。
「会頭さん、治療という行為には大きく分けて3通りのやり方があるんですがわかりますか?」
馬鹿どもから敢えて目を逸らし、蚊帳の外になりかけていた会頭さんに話を振ってみる。
「3通りの方法、ですか…… 一つは原因を取り除く、とかでしょうか」
「そうですね。原因がはっきりしていてそれを取り除くことが出来ればあとは元々備わっている生命力で回復していくでしょうね」
「それじゃあ原因がわからない無い場合はどうすればいいの?」
奥様が会頭さんに尋ねる。
「身体には元々健康な状態になろうとする生命力がある。それを後押ししてやって、自力で原因に打ち勝たせる」
「それが二つ目ですね。風邪の時に寝てれば早く治る、といのは他に体力を使わさずに風邪に打ち勝つことだけに集中させているからだと言えます。では最後の一つは?」
そう問いかけると、会頭さんと奥様は考え込んでしまった。ミリアさんは何故僕がこんな話を始めたのかがわからないようで不思議そうな不安そうな顔で僕を見ている。
「ここは本題じゃないんでさっくり言ってしまうと、逆の効果があることをぶつけて打ち消す、です。例えば、ちょっと下品な話になりますがお腹を壊してしまって止まらなくなる、ということってありますよね。逆にお腹に詰まってしまってどうしても出せなくなってしまう、という症状もあります」
「なるほど! 前者には止まる薬を、後者には下す薬を与えるというわけですね! 使徒様!」
「そうですね、ビンスさん。それじゃあ詰まっていない時に下す薬を飲んじゃったらどうなりますか?」
「それは…… 下してしまうかと」
「そう。当たり前ですよね。適切な時に適切な使い方をしないと薬は毒のようにもなってしまう。毒と薬は本質的には同じものだ、なんて話もあるくらいですから」
ふふふ、ここまでくれば察しのいいミリアさんや会頭さん、怖い人あたりは僕の言いたいことがわかったみたいだな。まだわかってなさそうな馬鹿どもに目を向ける。
「さて、そんな3つの治療を僕は神の奇跡として使い分けることが出来るんだ。はっきり言ってやるよ。そんな僕を怒らせておいて、『触れたら痛い』だけで済んだと思うなよ」
そう言って僕は3馬鹿を見下す。ヒゲと薄い男はかなり不安そうにしているのがわかる。呪い男だけは生意気な目で僕を見ている。やっぱりこいつだな。こいつが一番イライラする。こいつは絶対泣かす。
「俺たちに何をしやがった」
「おいおい、間違えるなよ。何かしたのはお前たちだ。僕はそれに対して罰を与えただけさ」
あぁ、楽しい。馬鹿を叩きのめすのって楽しいなぁ。
「お前らの罪は三つ。宿を壊したこと、タバサさんを泣かせた事、ミーナさんを泣かせた事。だから罰も三つ与えた。ちゃんと反省したら元に戻してやるよ」
「お前が本当に与えられしものだとしても、だ。与えられし力は一つの筈。それがお前は治癒なんだろうが。そんな大したことができるわけがねぇ!」
「そう思うんならそれでいいよ。その代わり、後で戻してくれっていっても戻してやらないからな。ちなみに罰の内容は『酒が一滴も飲めなくなること』と『どんなに疲れていても一睡もできないこと』と『男性機能の停止』だ。これからは真っ当に生きろよ」
酒飲んで暴れたり迷惑かけたりしてそうだから酒禁止。女性にも悪いことしてそうだから男性機能停止。この世界において睡眠は魔力を回復させる為に必要らしいので眠れない = 魔力が回復しない、つまり魔法禁止。さぁ、お前らの罪を味わえ!
「ふ、ふ、ふ、ふざけんな! ガキとババアが勝手にビビッて泣き出しやがったんだろうが! 俺たちは何もしてねぇぞ!」
「酒も女も駄目なんてありえねぇだろ!」
ヒゲと薄いのが喚きだす。呪い男は黙って僕を睨んでいる。
「そ、そのような神罰を与えることまでもが可能なのですか、使徒様……」
ビンスさんが慄いている。なんか色々誤解されてそうだけど、あとでちゃんと説明して誤解を解かなくちゃな。チームベトン商会の皆さんはもうちょっとお待ちください。今いいところなので。
「ちゃんと反省して謝罪もすれば戻してやるよ。でも僕、近々この街から出るつもりだから早めに行動した方がいいよ」
「ま、待ってくれ! 宿の扉や机を壊したのはあいつだろ? 俺はやってねぇし、子供とおかみにはちゃんと謝まる! だから……!」
おっと、判断が早いな、薄いの。そしてちゃっかり一つ罪を呪い男だけに押し付けようとしてる。ふふふ…… 甘いなぁ。
「そう言われればそうか。じゃああいつにお前の罪の分一つ罰を追加、お前からは今一つ消して、ちゃんと謝ったら残りの二つも消す。それでいい?」
「ま、待ってくれ! それなら俺も壊してはいねぇ! 俺のも一つ消してくれ! 謝罪もちゃんとするから!」
ヒゲが便乗してきた。わかってるのかな? その二つ分呪い男が苦しむことになるけど。
「僕は構わないよ。でもいいの? その二つ分はあいつが苦しむことになるんだけど」
「かまわねぇよ! 勝手に暴れたあいつがわりぃんだ!」
「てめぇら……」
良いみたいだ。まぁ、そうなるだろうと思ってたんだけどね。好き勝手言われて呪い男が顔を真っ赤にして怒っている。
「じゃあヒゲの人、こっちに来なよ。一つ消してあげるから。触らないと解除できないんだ。だけど僕に触られたら痛いのは我慢しなよ」
そう言ってヒゲを招き寄せ、額に触れる。額なのはなんかそれっぽいかなと思ったから。
「いでぇぇぇぇ!!」
悶絶し、痛みのあまり額を押さえて床を転げまわるヒゲを見て薄いのがビビっている。
「お、おい。さっきはここまでじゃなかったじゃないか……」
「うん、さっきより痛くなるようにしといたよ」
痛さの度合いもお手の物だ。快感の方もこれくらい自由にコントロールできればいいのに。いや、厳密に言うとどっちもコントロール自体は出来るんだけどね。強める方向には割と自由に。一定値以下に出来ないだけで。
床を転げまわっていたヒゲがはぁはぁと息を荒げながら聞いてくる。
「こ、これで一つ消えたのか? あとはあの宿に居た二人に謝ればいいんだな?」
「言葉だけじゃ駄目だぞ。ちゃんと反省して誠心誠意謝るんだ。出来る?」
「ケッ、そんなことするわけねぇだろ! とりあえず頭だけさげりゃいいんだろうが。解除さえさせちまえばこっちのもんだ」
ヒゲが正直にそう答える。本人も何故正直に答えてしまったのか慌てている。こうなることも想定通りだ。
「ま、そうだろうね。だからさっき一つ足しておいたよ。『嘘がつけなくなる』」
ちなみに自白剤的なものをイメージして発動させているから黙秘も出来ないよ。
無表情で何が起きても全然動じてなかった怖い人が露骨に反応した。商人的には『嘘がつけなくなる』のは見逃せないことなのかな? 商売には駆け引きとか大事そうだもんね。
「ちくしょう! とりあえずやり過ごしてこのガキが街を出たら宿のババァをぶっ殺してやろうと思ってたのに!!」
叫んだあとで両手で口を押えるヒゲ。ブンブン首を振っているが、残念ながら本音は漏れちゃったあとだよ。タバサさんに手を出すつもりだと白状しちゃったね。もう生きる価値無いね、こいつ。
「そうなるだろうと思ってわざわざ街を出る予定まで教えてあげたんだ。予想通りの屑で残念だよ」
「違う! そうじゃねぇんだ! 俺はちゃんと謝ろうなんてちっとも思ってねぇし、ババァに復讐は絶対にやってやる!」
うんうん、そうだね。喋れば喋るほど墓穴を掘るね。
「そっかぁ。反省する気は無いんだねぇ」
「あr…… 無ぇ! あるわけないだろ、ふざけやがって。何が与えられしものだよ、バケモンが!」
「そっちの人はどう? 反省する気ある?」
喚いているヒゲを無視して薄い人に声を掛けてみる。
「あ…… あ、あ…… うわぁぁぁ!!」
サッと身を翻し、逃げ出した。この部屋の唯一の出入り口であるドアに向かって走って…… 行く手をビンスさんに防がれ、取り押さえられた。
「使徒様とのお話の最中に何処に行こうというのか?」
凄いな。いつの間に前に回り込んだんだ、ビンスさん。瞬間移動したのかってくらい動きが見えなかった。あの3つの罰を抱えたまま逃げるならそれはそれでも良かったんだけど、せっかく捕まえてくれたんだしお礼を言っておこう。
「ありがとうございます、ビンスさん。ついでにこっちに連れてきて貰えると助かります」
「ハッ! ほら、使徒様がお呼びだぞ」
後ろ手に捕まえられたまま僕の元へ連行されてくる薄い人。必死にもがいてるけどビンスさんにしっかり抑えられてて殆ど抵抗も出来ていない。
「逃げようとしたってことは、お前も反省する気は無いんだね?」
「よせ、止めろ! やめてくれ! …… イギャァァァァァ!」
「嘘をつけなくしたし、逃げられると面倒くさいから足も動かなくした。もう離していただいて大丈夫です、ビンスさん。ありがとうございました」
僕の言葉を聞いてスッと薄い人から離れるビンスさん。ビンスさんという支えを失って、足に力が入らなくなった薄い人はそのまま床に転がる。ついでに喚いていたヒゲもビンスさんに抑えてもらいつつ触りなおして歩けないようにしておく。これで集中できるな。
「さて、最後はお前だね。まぁもう聞くまでも無いから聞かないよ。反省する気は無いだろ。このままここであっさり死ぬか、5つの罰と二度と暴力が振るえないように制限を掛けた身体で細々と生き続けるか、どちらかだけ選ばせてやるよ。どっちが良い?」
いよいよ最後の呪い男を煽る。悔しそうに顔をゆがめている.。フフフ…… もう手遅れだよ。今更何をどうしても僕の優位は揺らがない。
「チッ! ぐぅ……」
呪い男が懐に手を入れて、何かをしようとした。だけどそれが何かも分からないうちにまたしてもビンスさんに取り押さえられていた。ビンスさん、優秀すぎない? 実は凄い人なの?
「私はこれでも多少腕に覚えがある。この私の前で使徒様に無礼を働くなど、絶対に許さん」
「ありがとうございます、ビンスさん。凄い腕前ですね!」
「ははは、大したことはありませんよ。ただ、まぁこんな街のチンピラごときには後れを取るようなことはございません。使徒様はどうぞ、お気の済むようになさってください」
取り押さえられた呪い男を見下す。あぁ、いい気味だ。こんな奴等は生きてる価値なんて無いよね。
「どうせ反省はしないんだし、ほっておいたらタバサさんに迷惑掛けそうだし、もうこれで終わりにしよっか」
もういいや。泣かせられなかったけど、これ以上引っ張っても面白いことにはならなそうだし、これで終わらせて会頭さんのお話を聞こう。誰か治して欲しい人がいるんだよね、多分。
僕は全てを終わらせるべく、呪い男にそっと手を伸ばす。
フフフ、君たちを煽るのはなかなか楽しかったよ。
昏い笑いがこみ上げてくる。さよなら、だ。
「止めろ!」
予想もしていなかったその声に思わず僕はその声の主を見つめてしまう。
「止めろ…… もう、止めてくれ…… ナオ君……」
どうして? どうして貴女が止めるんですか?
「君の力は、その優しい奇跡はそんなことに使うためのものじゃないだろう……?」
どうして、貴女が、泣いているんですか?
「今のキミは私の知っているナオ君ではない。いつものナオ君に戻ってくれ。優しすぎるくらい優しくて、お人好しで、悪戯好きで…… 穏やかに笑っているいつものナオ君に」
ミリアさんが泣いている。泣かせたのは…… 僕?
「キミはそんな卑屈な笑い方をする男じゃないはずだ。もっと優しく、世界の全てが眩しいと言わんばかりに楽しげに微笑む男の筈だ! 今のそれが! キミが神に奇跡を授かってまでやりたかったことなのか!」
ミリアさんが怒っている。怒らせたのは…… 僕。
「そんなチンピラ、一々相手にしなくても良いじゃないか。そんな奴等、キミには何も出来ない。住む世界が違うんだ。キミが手を汚す価値すらない。なのに何をそんなに怯えているの?」
怯えている? 僕が? こんな奴等に?
そんなこと無い! こんな奴、怖くもなんともない! だけど、こいつらは! こういう奴等は!
「だって……」
『おい、聞いてんのかよ。ボーッとしてんじゃねぇぞ?』
こういう暴力で、人を脅かすような奴は、駄目なんだ。
「だって……」
『ビビって口もきけなくなちゃったんですかぁ~? もしもぉ~し?』
こいつらさえ居なければ、僕は今でも
『だからぁ、イシャリョーだよ、イシャリョー』
父さんや叔父さんと一緒に暮らしてて
『お前その制服、あそこの進学校のだろ?』
新しい制服を着て、新しい学校生活が始まって
『痴漢なんかして問題起こしたら不味いんじゃねぇの?』
お医者さんに、なる、為に……
勉強して、親孝行もして、絶対に医師免許を取ってお祖父ちゃんに『僕もお医者さんになったよ!』って報告するんだ。
あの時、あいつらさえ居なければ。
あぁ、そうか。
僕はこの3人にあいつの面影を見てたのか。
上条七桜を殺したあいつが憎くて、
碌に抵抗も出来なかった自分も憎くて、
碌に抵抗も出来ないあいつに似た人に
八つ当たりしてたんだ。
「泣かないで」
ふわり、と優しい香りに抱きしめられる。
いつの間にか僕は泣いていて、ミリアさんも泣いていて、そして僕の身体はミリアさんに抱きしめられていた。
駄目だ。触れちゃ駄目だ。ミリアさんを刺激してしまう。
駄目なのに。
悲しくて、暖かくて、寂しくて、良い香りがして、悔しくて、優しくて。
我慢が、出来なくて。
僕は思いきりミリアさんを抱きしめて、その胸に顔を埋めるようにして。
大声を上げて泣いてしまった。




