第四十二話 加速する混沌と僕の手札
僕があっさりと認めたことに少し驚いた様子の会頭さんととても驚いている奥様。言いふらすつもりはないけど、特に隠すつもりもないんだよね、今のところ。ハンナさんみたいに一部の人は僕を見ただけでそうだとわかる人もいるみたいだし。…… あ。
「や・やはりそうでごじゃましたか! 使徒様!!」
こうなるんだなぁ、やっぱり。
「あの、取り合えず土下座やめて普通に座ってください」
「はっ! 御心のままに!」
素早く元の体勢に戻る謎のエルフ。なんだかなぁ。
「あの会頭さん、聞きそびれてしまっていたんですが、こちらの方は……?」
会頭さんが連れてきたんだから、ベトン商会の関係者の人かな? しれっとウチのチームに入ってるけど。
「あぁ、紹介が遅れてしまいました。彼はビンス。私の古い知人で普段は王都に居を構えている変わり者のエルフです」
「お、お会いできて光栄の至りでごじゃります、使徒様。わわたくしゃ、ビ・ンスと申しあげまう!」
盛大に噛んみながら答えるビンスさん。見た目的には20代前半ぐらいに見える金髪碧眼の美形。
ハンナさんの時もそうだったけど、エルフは僕の前だとよく噛む。これって明日から使える豆知識になりませんか?
「すでに先ほど答えを頂いてしまいましたが、私はナオ様が与えられしものではないかと思っておりました。しかし確信が持てなかったため、彼に来てもらったのです。もうお分かりかとは思いますが、彼らエルフは与えられしものであるかどうかを見分けることが出来るようですので」
そう言われて何故か誇らしげなビンスさん。エルフだけあってとてもハンサムなのでドヤ顔がとても様になっていてそれが逆に凄く残念です。
「ナオ様が凄腕の治癒師か、貴重な特効薬を持っているのか、或いは…… 神の使いなのか。情報を集め、確信を得てから治療をお願いに上がろうと思っていたのです。だというのに勝手なことをしおって……」
横目で奥様を睨む会頭さん。睨まれた奥様は頬をぷっくりと膨らませて反論する。
「だって、あなた! そんなことは一言も仰らなかったじゃない」
「軽々しく口にできるようなことではあるまい」
さっきのデータ集めもそうだけど会頭さんは情報収集とか前もって出来る準備なんかは万全にしておきたいタイプの人なんだね。僕も似たようなところがあるから理解出来るしちょっと親近感もわくかも。でも、少し気になることがあるので隣に座っているミリアさんに小声で聞いてみる。
「ミリアさん、エルフの方が与えられしものを使徒だと思いこむのはそういうものなんでしょうけど、会頭さんまで僕を神の使いみたいに思ってるっぽいのは何故でしょう?」
「あぁ、それか。どう説明したものかな…… 例えば、私もそうだが君に『癒された側』からは君のことはどう見えると思う?」
「僕が癒した側から……?」
「癒しの奇跡を施してくれた存在ということだよ。そんな奇跡を授かれるのなら、それを授けるのが神だろうが人だろうが、たいして違いは無いと言えるだろう」
「そんな無茶苦茶な……」
「あの日、君が私に謝罪してきたときも言ったろう? 神ならぬ身には助けてもらえたという事実だけが重要なのさ」
僕たちの内緒話はいつの間にか部屋中の人間の注目…… 注耳? の的になっていた。誰もが僕たちの話に聞き耳を立て話の行方を伺ってる。プライバシーの侵害だ。いや、まぁこの距離でこの人数で内緒話なんて最初からできるわけなかったよね、知ってた。
「治癒の力を神に与えられただと…… そんなもん上手くすりゃ億万長者…… いや、それどころか貴族にだって王様にだってなれるじゃねぇか!」
「あいつに触れられると滅茶苦茶いてぇのも、剣が通らなかったのもそのせいだったてぇのかよ」
「剣だと!? 貴様ら、使徒様に刃を向けたというのか!?」
チームならず者の発言にビンスさんが猛烈に気色ばむ。殺気立つ、ってこういうことを言うんだな。これは追い打ちチャンスだ! クククッ
「そうですね。触れただけでショック死させることもできたんですが、止めておきました。僕の気まぐれで命拾いしましたよ、運がよかったですね?」
ニッコリと優しく微笑みながらそう言ってやると呪い男以外の二人は露骨に怯えた表情を見せた。呪い男は僕を睨みつけている。生意気だな。泣かすぞ。
「ナオ君……?」
ミリアさんが僕を心配そうに見ている。大丈夫ですよ、ミリアさんには指一本触れさせませんから。
ミリアさんの眼をまっすぐに見つめ返す。少し潤んだような赤みがかった瞳がとても綺麗だ…… 好き。
「…… まぁ、ざっくりと言うと、だ。神に『望みを叶える力をやろう』と言われたときに金や地位、名誉、武力などではなく『他者を癒す力が欲しい』と答えるような人は、聖人か神の使徒か、と思われるのも無理はない話だということさ」
授けて頂いた力の方向性は向こうから提案された感じだったんだけどな。でもそういう風に思われているのならこの扱いも理解できなくはない。実際の僕はただのヘタレ高校生なのにね。
「おい、この場に俺たちが居る意味あるのか? そっちのガキが与えられしものだろうがなんだろうが、俺たちはそいつを連れてきて奥様の依頼は達成したはずだ。約束通り報酬を払って帰らせてくれ。あとのもめ事はそっちで勝手にやっててくれねぇかな」
「そうさ、元々俺達は与えられしものとかカサブタとか全く興味も関係も無い話なんだ、奥様が相場を知らなかったってのはお前さんたちの手落ちだろう」
呪い男がそう言って報酬とこの場からの解放を強請るとほかの二人も賛同して口々に文句を言い始める。会頭さんも取引の相場を知らないのは知らないほうが悪い、という商人としては納得せざるを得ない理屈を持ちだされたこともあり、今にもお金を渡しそうだ。そうはいくか!
「待ってください。彼らにはまだするべきことが残っているはずです」
思いっきり睨みつけながらそう言ってやる。絶対に逃がさないからな。
「するべきことだと? なんだってんだよ」
とぼけるつもりかヒゲめ。
「お前らが壊した宿の備品の弁償とタバサさん、ミーナさんへの謝罪だ。行き違いや誤解があったのだとしてもお前らが扉や机を壊し、お二人を怖がらせた事に変わりはない。そのことを真摯に反省して心からの謝罪をするんだ。それが済むまでは僕は絶対に誰も癒さないぞ」
「なんで俺たちがそんなことしなきゃならねぇんだよ」
ヒゲや呪いと比べると存在感まで薄い頭頂部に不自由している男が不満そうにいう。だが、この場には僕の誰も癒さないと言う言葉を決して聞き逃さない人たちがいる。
「待って下さい! この3人をナオ様のもとに遣いに出してしまったのはわたくしです。その責はわたくしにありましょう。弁償・謝罪が必要であればわたくしどもが責任を持って行います! ですから何卒治療を!!」
そう、奥様の立場からすれば当然こうなるよね。だけど、それは認めない。
「えぇ、こんな碌でなしどもを雇った責任は勿論取って貰いますよ。当たり前ですよね? で、それはそれとしてこいつらには反省と謝罪をして貰います」
突き放すようにそういうと奥様は真っ青になって黙ってしまった。こいつらが素直に謝罪なんてするはずがないと分かっているんだろう。会頭さんと怖い人の表情からは何を思っているのか全く読めない。流石は街一番の商会の偉い人たちだ。
ミリアさん、そんなに心配そうにしなくても大丈夫です。僕の優位はもう絶対に動きませんから。
「あんまり舐めたこといってんじゃねぇぞ、クソガキが」
「まったくだ! なんで俺たちがあんなババァやガキに頭下げなきゃならねぇんだ! 弁償だか慰謝料だかもそっちの奥様から好きなだけ取ればいいじゃねぇか!」
呪い男とヒゲがわめき散らす。
あぁ、あぁ、本当になんでこいつらはこんなに頭が悪いんだ。苛々するなぁ!
…… いや、落ち着け、僕。
こいつらが碌でなしで反省する頭も無い馬鹿だなんて最初から分かっていたじゃないか。だからこそ、ちゃんと準備はしておいたんだろう? 今こそその手札を切るときだ。絶対に後悔させてやる……




