第四十一話 追い詰められた犯人と僕
場が混沌としてきたけど、ここは落ち着いて僕がやるべきこと、やりたいことを整理しよう。
まず、ならず者たちのタバサさんへの謝罪。これは絶対だ。思い入れのある宿の一部を壊されたんだ。謝ってすむ問題ではないとしても、謝らなきゃなにも始まらない。
壊したものの弁償も必要だ。本当に反省して謝罪するのであれば当然弁償もするだろう。
そして大天使ミーナさんを泣かせたことについても謝罪だ。天使の涙は美しいものかもしれないが悲しみの涙は許さない。ふふふ、過ぎ去りし14歳の病が疼くぜ。
奥様についてはどうやら悪気はなかったっぽいのでだいぶ気持ちは落ち着いている。同じような過ちを僕もやったし、元々ベトン商会への好感度は高かったからね。それでもあんなのを寄越した雇用責任? みたいなものはあると思う。誠意ある対応に期待。それさえ終われば奥様のお願いとやらを聞くことも吝かではない。
ふむ、とにもかくにも、まずは謝罪だな。謝罪だ謝罪だ謝罪だ謝罪だ。
奥様とならず者たちの声が響きあう賑やかな(好意的表現)部屋を眺めながら今後の展望を考えていると突然ドアが開き、いかにもナイスミドルといった雰囲気の男性が入ってきた。
「騒がしいぞ。部屋の外にまで聞こえている」
「「旦那様!」」
奥様と怖い人が旦那様と呼ぶという事はこの人がベトン商会の会頭さんか。
「うおぉぉぉ! 大樹よ!!」
その後ろからなにやら聞き覚えのあるフレーズを叫びながら僕の前に滑り込むようにスライディグ土下座する男性。後頭部しか見えませんけど、おそらくエルフの人ですね。僕はエルフに土下座されることに関しては第一人者なんだ。
「これはまた…… いや、ナオ君が絡んでいてこの程度の混乱なら可愛いものか」
そして最後に入ってきたのは癒しの女神様…… じゃなくてミリアさん。何故ここに? いや、でも助かった。ミリアさんが居てくれるならこの混沌も乗り切れる気がするし、万が一のときにはこの場の奴らを皆殺しにしてでもミリアさんと逃げる覚悟を固める所存。
旦那様たちが怖い人からこれまでの流れの説明を受け、再度の仕切り直し。
旦那様・奥様・怖い人のチームベトン商会と、呪い男・ヒゲ・頭髪が貧しい男のチームならず者、ミリアさん・僕・謎のエルフのチーム女神の使徒の3チームに分かれて着席する。人数の上では互角。厳しい戦いの予感がする。僕は生き延びることが出来るか。
「改めてまして。ベトン商会、会頭ベータ・ベトンと申します。まずはこのような見苦しいもめ事に巻き込んでしまったことをお詫びいたします」
そういって僕に向かって頭を下げる会頭さん。僕を子供と侮ることも無くしっかりと謝ってくれたのは好感が持てる。『孤児院に支援を惜しまない裕福な人格者』という僕が当初期待していたベトン商会会頭さんのイメージに近い。
「各自、思うところはそれぞれにあるのだろうがまずは私の話を聞いてほしい。
まず、私たちは理由あって、この街の子供に現れるカサブタを治療できる人を探していた。ギルドの高額報酬板にも掲示してあるのを見てくれた者もいるのではないかな?」
「あぁ、確かに覚えがあるぜ。あんなもんほっときゃ治るのに物好きもいるもんだと思った」
ヒゲは知ったみたいだな。僕はギルドに登録もしていないし関係ないと思ってみなかったけどそんなのが出てたのか。考えてみれば『難病治療』なんて依頼はありそうなもんだよね。全然思い至らなかったよ。
「そこの彼の言うとおりだ。自然と治る症状だから誰も本気で治療法や発生原因の研究をしていなかった。かく言う私も以前は同じことを思っていた。そして、本気で治す気になれば治療法などすぐにみつかるだろう、ともね。
だが、現実は甘くなかった。他所の街から腕利きと評判の治癒師を連れてきても、肌をきれいにする効果があるといわれている水を遠方から取り寄せてみても、何の意味もなかった。治癒師たちはいつも同じことを言うんだ。『これは病でも異常でもない。何かはわからないが我々の治療できる症状ではない』とね」
僕はこの世界の普通の治癒魔法のことはわからないけど、恐らく手ごたえみたいなものが感じられないんだろう。力が足りていないのと力が作用していないの違いは想像できる。旦那様が苦々しい口調で続ける。
「話が逸れたな。まぁとにかく、だ。私たちはカサブタを治す方法を求めていた。その為には金を惜しまず、様々なことをしてきた。そちらの…… ナオさんもご存じだろうがミタ媼の孤児院への支援もその一つだ。
ご存じの通り、カサブタは子供に出る症状。孤児院の子供たちを対象にデータを取らせて貰っていた。カサブタが出来る子、出来ない子。治りが早い子、遅い子。それらに共通点はあるのか、体力、性格、魔力、資質。様々な観点から得られるデータが欲しかったのだ。もちろん、ウチの従業員たちの子供や街の子供たちからもデータは取ったし、非人道的な実験などは誓ってしていない。さっきも言ったが、肌がきれいになると評判だった水などを試して貰ったりはしたが、それとて子供たち本人の承諾を得たうえでのことだ」
あ、僕がチートを使ってやったのと同じ事だね。僕の場合はチートですぐに答えが分かったけど、それを自分たちの力で地道にデータを集めて症状の解明の取っかかりにしようようなんて、良く思いついたなぁ。
「なぜミタ様の孤児院だったのです? 随分と手厚い支援だったように聞いていますが」
「ミリアさん、でしたね。理由はいくつかあります。まず、子供たちにカサブタ以外の病気になって欲しくなかった。不衛生だとか飢えだとかで健康を損ねられては困るのです。データが狂う。そして孤児院であれば差し入れる物資によってある程度こちらで食生活を把握、コントロールできる。カサブタは身体に出来るでき物の類い、食事の内容が原因の一端を担っている可能性は高いと思っていた。
第二にミタ媼が街の誰もが知る人格者であったこと。彼女ならば渡した金や物資はキチンと子供たちの為に活かしてくれるだろうという信頼があったし、そんな人物に援助をしている篤志家という世間の評価も悪いものではなかった。
そしてコレが最も大きいのですが、ミタ媼がカサブタが治らなかった大人であった事。何故彼女はカサブタが治らなかったのか。年老いてなお、カサブタは少しずつではあるが悪化しているとも聞いていました。それが何故なのか。そこに私が求める答え、何某かのヒントがあるような気がしていたのです」
「すごい……」
素直に感心してしまう。この人、荒削りだけど『科学的な検証』の仕方を理解してるんだ。環境条件を出来るだけ揃えて、色んな子供たちを観察してそこに有意な偏りが無いか、とかミタお婆さんの継続観察とか。
「そして数日前のことです。ウチに出入りしている孤児院の子供の一人から『ミタ院長の足が治った』と聞かされたのは。ミタ媼の足が大きくなったカサブタの影響で動かなくなっていっていることは当然把握しておりました。それが治ったということは、すなわちカサブタが治ったということに他ならない!」
それまで穏やかな口調で話していた会頭さんが声を荒げる。そんな会頭さんを奥様は心配そうに見つめ、怖い人は相変わらずの無表情だ。チームならず者は全く興味が無いらしく、つまらなそうに欠伸をしている。
「…… 失礼。だが、私も子供の話をそのまま鵜呑みにするほど愚かでは無い。子供が意味も無く、悪意すら無く、変わった嘘をついて注目を集めようとすることは往々にしてある話だからね。
すぐに他の複数の子供からも話を聞き、物資を届けさせる際にミタ媼本人の様子も詳しく調べさせ…… 治ったのが事実である、と確信を得た。そうなれば当然、どうやって治したのか、誰が治したのかも調べるさ。すぐにわかったよ。
ミタ媼の足、他の誰にも治せなかった謎のカサブタ。治したのは貴方ですね。ナオさん」
会頭さんの、いや部屋にいる全員の視線が僕に集まる。退屈そうに話を聞いていたチームならず者も誰も治せなかったカサブタを治したという話には少しは興味があるようだ。
「失礼ですが、少し調べさせて頂きました。数日前にそちらのミリアさんと一緒にブキシトンに来られたこと、ミタ媼の孤児院の出身でこの街ではそれなりに名が知られているシトリィが率いる一団と友好的な関係であること。その一団がここ数日で急激に美しく変貌したということ。そして何より、その中の一人であるエルフのハンナ女史が貴方に異常なほどの敬意を払っている様子が傍目からも見て取れること。
おそらく、隠しているつもりでも無いのでしょうが…… 単刀直入にお聞きします。
ナオ様、貴方は与えられしものですね」
静かに、しかし力を込めて放たれた問いかけ。いや、問いかけというよりは確認、かな。会頭さんは僕が与えられしものだという確信を持っているようだ。
その言葉に奥様もとても驚いているし、怖い人も流石に目を見開いている。チームならず者も前のめりになって話を聞き出した。
ミリアさんは無表情、というか澄し顔だ。ほんと美人だなぁ。好き。謎のエルフはなんかブツブツ祈ってる。僕的にはこの人が一番謎なんだけど。
なんかこの状況、サスペンスドラマとかで名探偵に『犯人は貴方です』とか指差されてるみたいなシチュエーションじゃない? このあと場面転換して崖とか行く感じ? 犯人は僕です。
「そうですよ」




