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第三十一話 3番目のヒロインと僕

「全く、酷い目にあったぜ」

「髪も綺麗になったし気持ちよかったんだろう? 話していた通りじゃないか」

「いや、だって、気持ちいいってあれ……」

「ミリア姉さんは知っていたんですね」

「ナオ君はあの手の悪戯は良く仕掛けてくるから気を付けるんだな」

「ロロの時と全然ちがうじゃんかぁ……」



出立前に多少のトラブル(出来心)はあったものの荷馬車は順調に進んでいる。

御者席のあたりではミリアさんシトリィさんハンナさんが仲良くお喋りしているみたいだ。何の話をしているんだろう。



「そろそろ見えてくるにゃ」

「おぉ~、あれが目的地ですか」

「ミーナはちっさい頃住んでたんだよ」

「ナオは初めてにゃ。ブキシトンは臭いから覚悟しとくにゃ」


臭い? ってなんだろうと思っていたが、街が近づくにつれて言葉通りの意味だとわかった。


「なんていうか、独特な匂いがしてきますね」

「くさーい」

「ブキシトンは革細工が名物にゃ。その加工に使う薬液なんかの匂いにゃ」

「あー、なるほど。言われてみれば何かの薬品のような匂いですね」


そんな話をしている間にも馬車は順調に進み続け門の前にたどり着いた。門の前には見張りの人がいて街に入る人間をチェックしているようだ。そういえばあの見張りの人たちがこの世界で初めて見る男性だ。握手してもらおうかな。

シトリィさんたちは門番の人と顔なじみの様子で談笑しているしミリアさんはなにやら手続きをしているようだけど、僕は完全にミーナさんと同じ子供枠の扱いのようで特に何もすることもないまま、皆さんに連れられて街に入った。通行税的なものが掛かっていたのならあとでお返ししないとな。今は一文無しだけど。


「もうすぐ暗くなってくるから、今日は真っ直ぐ宿に戻るよ」



とても匂いのキツイ大通りを何本か外れたところにある宿に着くころには日もだいぶ傾き辺りは夕闇に包まれていた。このぐらいの時間を逢魔が時なんていうんだろうな、などとフラグっぽいことを考えてもみたけど、特になにも起こらなかった。どうなってんだこの世界、平和過ぎない? テンプレイベントまだ?


目的の宿屋は入ってすぐのところに受付らしきカウンターがあり、その横には酒場か食堂かといった雰囲気の場所がひろがっている。客室は二階かな? ラノベなんかでよくみる造りと言ってしまえばそれまでだけど、なんでこういう構造になってることが多いんだろう。なにか理由があるのかな? 関係ないことをボーっと考えていると奥の厨房と思しきところから女性が出てきた。


「ただいまー。おかみさん、お客様をお連れしたぜー」

「おかえり、三人とも。無事でなによりだよ」


出迎えてくれたのはちょっと恰幅の良いまさに肝っ玉母さん、といった風情の妙齢の女性だった。


「ご無沙汰してます、タバサさん」

「おやおや、ミリアちゃん。久しぶりだねぇ。アンタは相変わらず美人さんだね。いや、昔よりも女っぷりがあがったんじゃないかい? いやぁあやかりたいねぇ。あたしなんかもう小じわはふえるわ、腹は出るわでねぇ。女なんてもうとっくに止めちまったからいいんだけどさ。いつまでも綺麗ではいたいもんだよね。今回は急にシトリィたちがアンタを迎えに行くなんて言い出したもんだからビックリしちゃったんだよ。アンタが街を離れてもう3年にはなるのかね? 早いもんだよ、月日が経つのなんてさ」


見た目の印象通りといっていいのか、嵐のようによく喋るおかみさんとミリアさんも顔馴染みらしい。一気にそこまで捲し立てるとスッと視線がミリアさんの隣にいるミーナさんに向かったかと思えば、恐る恐る、といった様子で話しかける。


「ミーナちゃん、かい? おばちゃんのこと覚えているかい?」

「勿論覚えてるよ! タバサおばさん、お久しぶりです」

「あぁ、あぁ、大きくなって。お母さんそっくりの美人さんだねぇ。身体は平気かい? 馬車での移動は疲れただろう」

「おばさん、ミーナね、もう元気になったんだよ! ナオさんがミーナの病気を治してくれたの! だからもう平気なんだよ!」


ミーナさんが満面の笑みで持病の快癒を報告する。それを聞いたおかみさんがピタリと動きを止める。

マジマジとミーナさんを見つめ、そのまままるで何かに縋るような目でミリアさんを見る。目が合ったミリアさんが小さく頷く。


「ウ、ウゥ……ウワァー!」


そのまま膝から崩れ落ちるように座り込み、声を上げて号泣し始めてしまった。そんなおかみさんにミーナさんがそっと近寄り優しく抱きしめる。


「あぁぁ…… ミーナ…… ミーナ…… あぁ…… ミーナ……」


言葉にならない言葉をうわ言のように繰り返すおかみさん。何も言わずおかみさんを抱きしめているミーナさんとその二人ごと抱き寄せるミリアさん。ますます激しくなるおかみさんの泣き声。

僕はもうこの時点でおかみさん、タバサさんのことをかなり気に入ってしまっていた。


「さ、おかみさんも姉さんもいつまでもそんなとこに座り込んでないで立っておくれよ。おかみさんには紹介したい奴もいるんだしさ」


そういうシトリィさんも若干鼻声になっちゃってるし、目も少し潤んでいるようだ。


「だって、だって、ミーナが、治ったって。もう大丈夫って…… あたしゃ、あたしゃもう、てっきり…… あぁ…… あぁ……」


それでもタバサさんは泣き止まない。


「これはしばらく泣き止まないにゃ。ほっといてお茶でも飲むにゃ」


マイペースなロロさんが近くにあったテーブルに着くとハンナさんが仕方ないですね、と言いながらお茶を入れてくれた。お店の厨房勝手に使っちゃったっぽいけど大丈夫なのかな? というかこの宿、他にお客さんがいる気配がしないんだけど。


「タバサさんはミーナのことを本当に可愛がってましたから」

「にゃー、ミリアのとこに行くたびにミーナはどうしてたミーナは元気だったかってうるさかったにゃ」

「その、今回ミリア姉さんが街に戻るって話を聞いて、私たちも始めは来るべき時が来てしまったのか、と思いましたから……」


あぁ、そうか。ミーナさんの療養のために街を離れたミリアさんが街に戻るってことは、そうなってしまったと思うのも当然か。


「タバサはものすごくおちこんでたんにゃ。でも一番辛いのはミリアの筈だからいつも通りに出迎えるって気合い入れてたにゃ」


本当にいい人なんだな、タバサさん。まだ最初のご挨拶もしていないのに既に好感度がマックス近いぞ。

そんなタバサさんが落ち着くのを待つ間に色々とお話を聞かせて貰う。


元々この宿屋はタバサさんが旦那さんとご夫婦で経営されていたんだけど、5年前に旦那さんに先立たれてしまった為にタバサさん一人ではやっていけずに廃業したのだそうだ。旦那さんとの思い出の宿屋を守りたい気持ちもあったけど『二人の宿屋』は二人の宿屋のままにしておきたいとの選択。それ以降は宿屋としては廃業したけどそれまでの常連であったシトリィさんたちを掃除も食事の用意も何も無し! 寝床としてだけ使わせてやるよ、と格安で泊め続けてくれているのだそうだ。宿屋、というより下宿とかそういうイメージなのかな? タバサさん自身はこの街の名物の革細工にワンポイントの模様? をつける内職のような仕事もしており、それとシトリィさんたちからの宿代で生活しているらしい。ミリアさんもタバサさんご夫婦が経営されていた頃から宿の常連で、ミーナさんが産まれてからはここで暮らしていたということだ。


「あぁ、あぁ、やだねぇ。歳を取ると涙もろくなっちゃうってのは本当だね。あの人が逝っちまったときもこんなに泣かなかったってのにさ。いや、でもいいもんだね、嬉しい涙ってのは。こんなに嬉しいことがまだこの世にはあったんだねぇ。嬉しくて、嬉しくて、もぅ…… こ、言葉に、ならな……」


少し持ち直してきたかと思ったら喋っているうちに感極まってしまったらしくまた泣き出してしまったタバサさん。


「もう、嬉しいのは分かったからいい加減にしてくれよ、おかみさん。そんなに嬉しいんだったら尚のこと挨拶しないといけない奴がいるんだぜ」


シトリィさんにそう言うと、タバサさんは顔をグシグシとこすり涙を拭いてゆっくりと周りを見回し始める。抱きしめていたミーナさん、自分を抱きしめているミリアさん、あきれ顔しているシトリィさん。お茶も飲み干してしまってすっかり寛いでいるロロさん、優しく微笑んでいるハンナさんと順番に見た後、最後に僕と目が合った。


「はじめまして。ナオと言います」

「ナオ…… ナオ……? ミーナがさっき、ナオさんが治したって…… え、ナオ? アンタが? ナオした?」


あ、言っちゃいけないこと言っちゃったね、タバサさん。それだけは言わないでおこうと思っていたのに。


「いやだね、ごめんよ。居るなら居るって言っといておくれよ。あ~、恥ずかしい。挨拶もしないまま大泣きしちゃったよ。ごめんねぇ。こんなおばちゃんが大声でないちゃって、みっともないったらないよ」

「数年ぶりに元気な家族に会えたんでしょう? みっともないことなんてありませんよ」


むしろ僕の貴女にたいする好感度は爆上がりしてますよ?


「家族……? あたしと…… ミーナが?」

「それだけお互いのこと思い合ってれば、間違いなく家族ですよ。ね、ミーナさん」

「うん、ミーナ、タバサおばさんのこと大好きだよ! また会えて嬉しい!」


うむ、うちの大天使もお喜びだ。


「ウワァーン! ウ、ウ、ウ、ワァァーーー!!」


また大号泣が始まってしまった。この世界に来てから行く先々で女性が泣いている気がするな。そしてどんなチートがあろうとも僕は女性の涙の前では無力だ。

「アタシの番じゃないの!?」

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