第三話 僕が気にいられた理由って
「別の世界でもう一度……？」
「そうそう、異世界転生ってやつ。好きだよね、みんな。ボクも嫌いじゃないんだ」
「え、転生したんですか？」
「いや、させる方。チートもたせて放り込んで調子乗ったところで取り上げたり、当然チート貰えると思ってるやつに何もせずに言葉すらわからないまま途方に暮れさせたりはみんな一回くらいはやってるんじゃいかなぁ」
「みんなって、貴方以外にもそういうことしてる人がいるんですか」
「ボクらくらいになると基本的に暇だからね。暇つぶしに色々やるけど一回死んだのにもう一回チャンス上げるんだよ。少しは楽しませてくれても良いんじゃない」
あ、駄目だ。この人（？）本当に上位存在なんだ。人間の事情とか全然興味無いんだ。
人間でいうと子供がアリンコに飴あげるとか水掛けるとかそういうレベルで見てるんだ。
「アリンコね。うーん、まぁそれぐらいの認識でそれ程間違ってはないよ」
「で、その転生の新しい候補として僕が目をつけられた、と」
「目をつけたは酷くない？ 君にとっても悪い話じゃないんだけどな」
「さっきの例を挙げられた後でじゃあお願いします、なんて言えるほど向こう見ずじゃないですよ」
「アハハ、さっきのはどうでも良い奴らの対応さ。七桜君にはそんなことしないよ」
「僕の人生が面白いっていってたやつですか。確かに死因はしょうもない事故で余所から見たら面白いのかも知れませんけど」
いや、痴漢冤罪でオロオロしてたら線路に落とされて死にました、は別に面白い死に方でも無いか。
なんか妙にフレンドリーっていうか距離が近いっていうか、気さくに話してくれてるけど、上位存在に気に入られるような人生じゃなかった筈だけど。
「七桜君、君のお母さんは君を産んだときに亡くなっているね」
「……はい、そうです」
「そしてお父さんと数年前に亡くなったお祖父さん、お父さんの弟さんにあたる叔父さんが協力して君を育てた」
「はい。他の親戚筋はもう殆ど交流がなくて、お父さんたちが頑張ってくれました。なのに……」
「うんうん、で君が産れた病院の産婦人科の先生って男性だったでしょ」
「そうなんですか」
まぁ男女平等が叫ばれて久しいけれど、なんとなくお医者さんは男性が多いイメージはある。僕の病院の先生が男性でも別に不思議は無い。
「そして君のお母さんの場合は予定日から大きく外れた緊急手術だったんだ。だから分娩に立ち会った看護師さんたちもイレギュラーなメンツだった」
うん？ 何の話だ？ 僕が産れたときの話が何か関係あるの？
「具体的に言えば、全員男性だった。いやぁ男女平等だね」
うーん、たしかに出産とかそういう場には女性の看護師さんのイメージはあるな。でも予定外だったんだし、仕方ないんじゃないかなぁと思うのは僕が男だからだろうか。
「その後、七桜君はお父さん、叔父さん、お祖父さんに囲まれて愛されながらスクスクと育った。少し身体は弱かったみたいだけどね」
「愛……そうですね、愛されていた。愛して貰っていたと思います」
「で、君、女の子の友達いなかったでしょ」
「さっきから何のお話ですか？ それと僕の人生が面白いのと何か関係があるんですか」
「七桜君、君自分では気づいてないけど、15年の人生の中で一度も女性に触れたこと無いんだ」
え……
一度も……？ いや確かに女の子とは縁の無い生活だったけど。一度も……？ そんなことある？
「そうなんだよ。普通は七桜君の生活環境だとそんなこと無いんだ。男女比が極端に偏ってる世界の住人だとか女性は全て領主様の持ち物だとかいう生活環境ならともかく、君のいた世界・国で15年間一度も女性に触らないなんてまず無い」
上位存在が嬉しそうに説明してくれる。
「母親は君を命がけで産み、そして亡くなっている。親戚筋とは交流はなかったみたいだね。父親、祖父、叔父が必死になって君を育てた。小さい頃からあまり外で遊ぶ子供じゃ無かったし、近所の同年代の子供たちはみんな男の子だった。身体は丈夫では無かったけどお祖父さんが引退したお医者さんだったんだね、つきっきりで君を看ていたから病院のお世話になることも殆ど無かった」
「学校に入って共同生活が始まっても君はあまり社交的なタイプでは無かったから友達は少なかったし、女性に免疫が無いから女の子の前にたつと緊張して黙りこくってしまうタイプだったのでクラスの女の子には割と気持ち悪がられていたね」
衝撃の事実だ。僕、気持ち悪いって思われていたのか。
「見た目は悪くないのにね。まぁ、学校とか日常生活とかで異性に触れる事なんて珍しくないはずなんだ。なのに七桜君はそれが全くなかった。ひょんな事からそれを見つけたときはビックリしたよ。そんなことあるの！？ ってね」
上位存在に驚かれるレベルで女性に縁が無かったのか、僕……
「だからさ、その無接触の記録がどこまで伸びるか楽しみにしてたんだよね。20年超えたらお祝いしてあげようかと思ってたくらい。あ、君の国、今は18年で成人だっけ。18歳でチート手に入れて厨二病発症する七桜君みたかったなぁ」
「それは…… とても残念です……？」
そんな理由で気に掛けられてたの？ 僕、今完全に白目剥いてると思う。でもチートはちょっと欲しかったかも。
「そんな七桜君がだよ。15年間、女性に指一本触れた事がなかった七桜君が。よりにもよって痴漢冤罪掛けられた挙げ句死ぬって、ちょっと面白すぎるでしょ」
そう言って朗らかに笑う上位存在さん。とても楽しそうだ。僕を馬鹿にしてるわけじゃなく、純粋に自分が驚くレベルで女の子に縁が無く、指一本触れたことも無かった僕が女の子を触ったと言いがかりをつけられて人生が終わったという事が面白いんだろう。人の生死なんかは気にならないんだろうな、きっと。
「そういうことだね。普通に七桜君が事故死してたら記録は15年かぁ、で終わってたよ。でもそこに至る経緯がね、あんまりだなぁと思ってさ。だからちょっとサービスしてあげてもいいかなぁって」
「そのサービスが異世界転生ですか」
「そうそう、ちゃんと便利で面白い能力は上げるよ。このまま消えるよりはいいと思うけどな」
「貴方の仰る面白い能力には不安しか無いんですけど。そのサービスとかで僕を生き返らせて貰うことは出来ませんか」
まだまだ遣りたいことは沢山あった。せっかく高校にも受かったし、お医者さんになって、お金も稼いで、お父さんや叔父さんに恩返しは絶対にしたい。
「それは駄目だね。あの肉片を再生させて蘇生なんかしたら完全にまともな人生は送れなくなるよ」
そう言って僕だったものを指差す上位存在さん。確かにアレが再生して生き返ったりしたら新聞トップ記事どころじゃないだろう。実験動物として闇の組織に、みたいな話になりそうだ。
「まぁほぼ確実にそう言う流れになるね。再生の条件なんかを調べるために肉を削り、骨を砕き、指を切り落とし、死んだ方がマシだと思うくらいの事を死なないように充分配慮されながらやり続けられるだろうね。それでいいならやってあげなくも無いけど」
「いくら生き返れてもそれはキツいです。そうだ、時間を止められるんなら時間を巻き戻して事故を無かった事にするとか」
「それも駄目。それすると女性に触れた事無いのに痴漢扱いされて死んだ、っていう事実が無くなっちゃうでしょ。なら、ボクが七桜君にサービスする理由も無くなる」
時間を戻せない、とかじゃなくて死因が無くなることが問題なのか。再生の場合は一度死んではいるからいいんだな。本当に僕が死んだ事自体はどうでも良くてその死に方が面白かったからもうちょっと続きを見てみたい、くらいの感覚なんだろう。
「だいたいその認識でいいよ。で、どうする？ 異世界転生、する？」
そう言ってニッコリととても綺麗な顔で笑う上位存在さん。その笑顔にはなるほど、確かにこれは天使とか悪魔とか神とか邪神とか、なんかそういう存在だ。そう思わせられるほど異質な美しさがあった。
